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妻の転職

[1] スレッドオーナー: 八尾 :2026/08/11 (火) 20:41 ID:OnlBOyrY No.33067
1.

私、八尾和徳、五十七歳。
どこにでもいるようなサラリーマンであり、自分で言うのも変だが、典型的なオッサンだと思う。とは言っても“オッサン体型”というほどではく、他人からも年齢よりも少し若く見られているくらいだ。
中肉中背で、健康診断でも血圧に黄色信号が灯りかけている程度、このまま本格的に赤信号へ突入するのはさすがに嫌なので、最近は意識的に帰宅後にウォーキングを始めた。
と言っても、履き潰したスニーカーの底を減らしながら近所を二十〜三十分ほど歩くだけの、ほんの気休め程度の運動だが。

勤務先は中堅の電子機器メーカーの国内営業部で、一応は東日本地区の法人開拓チーム長という肩書がある。とはいえ、年収六百五十万ほどの平穏なポジションだ。
同期や後輩が順調に出世していくのを横目に、すでにレースからは外れた身として、マイペースに日々をこなしている。

我が家の一人息子 泰介 二十六歳 も すでに独立して県外勤務の一人暮らしをしており、今は三つ下の妻 由希子と二人きりだ。

泰介が家を出てから、二人きりの食卓にもすっかり慣れた。
由希子は私の好きなツマミを覚えていて少なくなってくると忘れずに買ってきてくれる、逆に私が帰り道で彼女の好きな洋菓子を見つければ、つい買って帰る。

「え? トウサン、また買ってきたのー?」

そう言いながら嬉しそうに笑う由希子を見ると、私はそれだけで満足だった。

大げさな愛情表現など、もう何年もしていないが、こういう小さなやり取りこそ夫婦というものなのだと思っている。

そういうわけで、自分でも少々照れ臭いが、私はかなりの愛妻家だと自認しているのだが……

ただ、その「愛しさ」と「男としての自信」は、ここ最近うまく噛み合っていない。

いつからか寝室も別となり 気がつけばセックスレスになって約十年ほどが過ぎていたが、最近になって急に EDの兆候が現れ始めたのだ。
愛する妻をイメージしながらも、情けなく萎えていく己の肉体…… 不甲斐なさと焦燥感が、ふとした瞬間に胸の奥を重く押し潰す。

そんな私は、夕食を終え、風呂も済ませ、パジャマ姿でリビングのソファに腰を下ろしてテレビ画面に釘付けになっていた。

六月に入り、プロ野球はセ・パ交流戦の時期を迎えていたのだ。

この時期になると、普段は対戦することのないセ・リーグとパ・リーグのチームが顔を合わせるので、私はレギュラーシーズン以上にテレビ中継が気になってしまう。

今夜もそうだった。

別に熱狂的なファンというほどではないのだが、昔から応援している贔屓チームがある。勝てばもちろん嬉しいし、負ければ翌朝まで少し気分が悪い。

贔屓チームは交流戦で、目下三連勝中。
そして今夜の相手はパ・リーグの強豪だった。
否が応でも私は期待をするしかなかった。

ところが贔屓チームの今夜の試合は、一点差のビハインド。
何度か巡ってきた得点チャンスを、ことごとく逃しているのだ。七回裏もそうだった。

「あぁ〜、なんだよ! またダメかぁ〜。今日も負けだな」

缶ビール(発泡酒だが;)片手に、ため息とともに思わず声が出た。
口の中に残る苦味が、敗色濃厚な試合展開と重なってどこか惨めだ。 選手に文句を言っているわけではない。 五十七歳にもなって、テレビの前で野球に腹を立てても仕方がないことくらい、私だってわかっている。
それでも、長年応援しているチームの試合となると、つい感情が入ってしまう。

そして、まるで私のガッカリした気持ちをあざ笑うかのように、画面は陽気なタレントが叫ぶ清涼飲料水のCMに切り替わった。

私は ふっと背後を振り返った。
視線の先には 夕食後の食器を洗い終えた妻の由希子が、ダイニングの椅子に座っていた。

私たちは結婚して二十七年になる。
由希子は昔から家事をきちんとこなす女だった。特別几帳面というわけではないが、やるべきことはきちんとやる。 仕事(パート勤務)もそうだし、家のこともそうだ。

たとえば、洗濯物を取り込む時間が少し遅れただけでも、由希子は「今日は湿っぽくなっちゃった」と気にする。

私からすれば、その程度のことはどうでもいい。

「少々は大丈夫だろ…… 気になるんだったら、明日もう一回干せば?」 そう言うと、

「そうなんだけどね」と笑う。

そんな小さなところまで気にするのが、由希子という女だった。

その由希子が、今夜は いや今夜「も」、少し変だった。

ダイニングテーブルの上に置いたスマホを両手で持ち、画面をじっと見つめている。

いつものようにテレビを眺めながら、私と適当に会話をしている様子ではない。
それどころか、眉間にほんの少し皺を寄せ、真剣な表情で指先を小さく滑らせながら画面を追っていた。

私はCMが終わるのを待って、再びテレビに向き直った。

やがて野球中継が再開される。

私は再び試合に集中しようとした。

しかし…… どういうわけか、目の端に映る由希子の姿が気になった。

(そういえば……)

ここ一週間くらいだろうか。 いや、十日ほど前からだったか。
いや、もしかすると、もっと前からかもしれない。

由希子がスマホを見る時間が、妙に増えている気がする。
もっとも、私が見えている範囲だが。

朝、出勤前に私が身支度を整えている時。
休日の昼間、家事が一段落したとき。
夕方、私が会社から帰ってきたあと。
そして今のような、夕食後の団欒の時間にも。

もちろん、スマホを見ること自体は珍しいことではない。

私だってニュースを見たり、天気予報を確認したりする。
YOUTUBEだって、贔屓チームの応援サイトだって覗くこともある。

だから、それまでは特に気にも留めていなかった。

ただ……

最近の由希子は、何かを楽しんでいるというより、何かを探しているようにも見える。

(何かあるのかな?)

そう思ったときには、もう私は口にしていた。
試合はそっちのけで。

「なぁ、最近スマホばっかり見てない? 何か面白いサイトでも見つけた?」

由希子の指が ぴたりと止まった。 だが 彼女はすぐには顔を上げなかった。

「うーん…… 別に、というか ぜんぜん面白くないよー」

「じゃあ、どうして そんな真剣に?」私は笑いながら訊いた。

問い詰めるつもりはなかった。 本当に、ただの何気ない会話のつもりだった。

由希子はすぐには答えなかった。

スマホをテーブルの上に伏せると、今度は私のほうを見る。

「……ちょっとね…… 調べものしてて」

「調べもの?」

「うん」 彼女はそう言って、ふたたびスマホを手に取って画面に目をやる。

「何を?」

「だから…… ちょっと……」

その答え方が、妙に引っ掛かった。

由希子は昔から、必要以上に物事を説明しないタイプだった。
だから嫌なことがあっても、あまり人に話す女ではなかった。

泰介がまだ小学生だった頃、学校から電話がかかってきた時も、私には詳しいことを言わず、一人で学校へ行って話をつけてきたことがある。

「別に 大したことじゃないから……」 そう言って笑うのが、由希子のいつものやり方だった。

以前、近所の奥さんとちょっとした行き違いがあった時も、私が「何か言われたのか?」と訊くと、

「別に 大したことじゃないよ……」と、やはり笑って それ以上は何も話さなかった。

私は、そんな彼女を強い女なのだと思っていた。

いや……
今でも、そう思っている。

だからこそ、こういう時の由希子の「別に」は、私には少し厄介だった。

何もないなら、「何もない」と言えばいい。 ところが由希子は、何かある時ほど、妙に言葉を濁す。

「まあ、いいけど……」(問い詰めるほどのことでもないし……)

私はそう言ってテレビへ視線を戻すと、同時に「ふっ……」と 彼女が吐息のような溜息をひとつ吐き出したのが聞こえた。


[38] Re: 妻の転職  古田の磐井 :2026/09/23 (水) 22:43 ID:E4TyOIMc No.33302
ccで副社長まではキツイですね。

[39] Re: 妻の転職  セカンドベースマン :2026/09/24 (木) 18:51 ID:vACnqrK2 No.33307
更新ありがとうございます。
ドキドキしながら読ませていただいています。
奥様の気持ちが固まり、引き受けるのか?
また、八尾さんも観念して?承諾してしまうのか?
興味は尽きません。


[40] Re: 妻の転職  八尾 :2026/09/28 (月) 17:30 ID:doJrnX5E No.33327
小太郎さん、古田の磐井さん、セカンドベースマンさん ご感想有難うございます。


12.

私は一瞬、その文字列の意味が理解できなかった。

だが 次の瞬間、その無機質なアルファベットの羅列が誰を指しているのかを思い知らされ、心臓が大きく跳ね跳ねた。

ta.morimoto@....... ネオプレシス社 副社長、森本達也のメールアドレスだった。

山口は この北海道の案件に関する業務メールを、森本副社長にも同時にCCとして送信していたのだ。

本来 この件は、私と山口の間(いわゆる現場の担当者レベル)で十分に処理・完結できる程度の規模に過ぎない。 ましてや わざわざ上級経営陣である副社長を巻き込むような大層な話では断じてなかった。
にもかかわらず、山口はあえて森本副社長のアドレスを宛先に並べたのだ。
決して誤送信などではない。 明白で 意図的で 計算し尽くされたメッセージだった

新規事業の案件を盾に取りながら、暗に「副社長自らが例の件の進捗を注視している」という強烈な圧力を、ビジネスの公式なルートを通じて叩きつけてきたのだ。

(……くそっ、山口さん…… そこまでやるか……!)

モニター画面から放たれる白い光が、私の顔を冷酷に照らし出す。
オフィスを行き交う社員たちの話し声やカタカタと響くキーボードの打鍵音が、まるで遠い世界の出来事のように遠のいていった。

背中にじっとりと嫌な冷や汗が伝うのを感じながら、私はただ、画面の中の文字列を絶望的な心地で見つめ続けることしかできなかった。

逃げ道は、着実に塞がれつつある。

このままでは、由希子を山口たちの前に差し出さざるを得なくなるのではないか……

そんな強い焦燥感に襲われる一方で、私の思考の裏側では、別の歪んだ感情が小さく蠢いていた。
抗えない巨大な力によって無力な自分へと追い込まれていく感覚。
その圧倒的な不条理さが、昨夜から胸の奥で燻っていたM的な被虐感を刺激し、理性に反して身体を熱くさせているのを自覚してしまったのだ。

(オレは 一体何を考えているんだ……)

湧き上がる自己嫌悪を振り払うように、私は激しく首を振った。

その日、私は結局、帰宅してからも由希子との間にこの話題を出すことができなかった。
わざと避けたわけではない。もちろん、忘れていたわけでもない。
ただ、どうしても切り出しづらかった。

さらにもう一つ大きな理由があった。
私の帰宅を待っていたかのように、一人息子の泰介から突然電話が入ってきたのだ。

「急なんだけどさ、来週から仕事でメキシコに行くことになったから……」

息子の言葉に、我が家は大騒ぎとなった。

「三か月くらいかなぁ? まっ 本場のタコスとテキーラ、楽しんでくるよ」と 呑気に話す泰介。

すぐに由希子はLINEのビデオ通話をつなぎ、彼女のみならず私も完全にそちらに気を取られてしまったのだった。

「向こうでの食事は大丈夫?」「治安は?」「お金は?」と心配そうに質問を繰り返す由希子の横顔を見つめながら、私はついに「例の件」を口にすることができないまま、夜を明かすことになった。

放置して進展がないままにしてしまった不安と、山口の影、いや あのメールのCC欄に鎮座していた「森本」という名への恐怖が胸に閊えたまま、翌朝を迎えた。

朝食の席で向き合った由希子は、昨夜の泰介とのやり取りで 少し疲れた様子を見せつつも、いつも通り私のために味噌汁を温め直してくれていた。

「例の話だけどさ……」

喉のすぐ手前まで出かかったその一言を、私は結局呑み込んでしまった。
ここで蒸し返せば、また彼女の表情を さらに曇らせてしまうかもしれない。 そんな保身のような言い訳で土壇場のチャンスを自ら手放してしまったのだ。

もちろん、泰介の急な出張という想定外の出来事があったのは確かだ。
だが、それは単なる表面上の言い訳に過ぎない。
山口に あれほど必死に頭を下げられ、期待を持たせるような態度をとっておきながら、私自身が何ひとつ動けておらず、何の進展も作れていない……
そんな、一番あってはならない無能な進捗状況を山口に返さなければならない恐怖が私を包んでいた。

「行ってきます」と家を出た瞬間から、猛烈な後悔と焦燥に胸が締め付けられた。

あそこで一言確認しておけば、こんなモヤモヤを抱えずに済んだのに……

由希子と向き合うことすら避けてしまった己の情けなさに苛立ちながら向かったオフィスで、午前中の業務も、正気に戻っては上の空になり、到底50%も集中できているとは言える状態ではなかった。

それでも午後三時を過ぎた。
あと二時間もすれば、この重い気持ちから解放される……

そんなことを思いながら、冷房の効いたオフィスで、週報の数字を追っていたときだった。

デスクの隅に置いていた社用スマホが、ブブッ と小さく震えた。

画面に浮かび上がったのは『ネオプレシス 山口』。

(…… あぁ…… やっぱり 来たか)

私は無意識に重い息を漏らした。
もちろん連絡があるのはわかっていたことだ。 それに むしろ、こちらから状況を連絡すべき段階にまで重要性が跳ね上がっていることも理解していた。
しかし、私の方から自発的に話を持ち出せば、まるで私が由希子をその気にさせようと背中を押しているように受け取られかねない。
それが怖くて連絡を控えていた、という本音もあった。

由希子から明確な答えが出たわけでもなく、私の心が固まったわけでもない。
だからこそ、着信画面をタップする指先は鉛のように重かった。

「……八尾です」

「あ、八尾さん。 どうも、ネオプレシス山口です。 お忙しいところ すみません」

スマホから聞こえる声は、相変わらず丁寧だった。
だが、その声音の奥には、昨日までの焦りとは違う、どこか粘り気のある熱のようなものが潜んでいた。

もし山口が「例の件……」と切り出してきたら、今回も前回以上に強く「仕事に私用を持ち込まないでくれ」と毅然と牽制するつもりだった。

だが山口も それを見越していたかのように、無機質に淡々と語り始めたのは、メールで送られてきた北海道の件についてだった。

「昨日のメールの件ですが、北海道サイドからの条件を一部修正しまして……」

「ええ、確認しましたよ。 まぁ その条件なら ウチとしても問題なく進められるかと」

私もビジネスマンとして適当に話を合わせながら、電話越しに山口の表情を探った。
内容自体は至ってシンプルで、今すぐどうこうという緊急性の高い話ではない。
早々に会話が終わりを告げようとしていた。

山口が頑なに「例の件」を口にしないことに、私はかえって不気味さを覚えた。
私は少しだけ優位に立とうと、鼻にかけるような軽い口調で探りを入れた。

「……そういえば山口さん、昨日のメールですが、CCに森本副社長が入っていましたが?  たかが あの程度の話、しかもこの件は そこまで大層なことでもないでしょうに……」

探るような私の言葉に、山口は一瞬の間を置いた後、グッと声を落として囁くように言った。

「八尾さん…… 実はこの北海道の件、森本が非常に強い関心を持ってましてね。ぜひよろしくお願いいたします」

「非常に強い関心……ですか? この件にですか? 副社長さんともあろう お方が?」

「ええ、まぁ…… もちろん それって 私が個人的に八尾さんにお願い申し上げた“例の件”も含めてのことになりますが……」

「……っ!」

動揺する私に畳みかけるように、山口は言葉を続けた。

「この場でお聞きするのは大変恐縮なんですが…… その後、奥さんのご検討は いかがですかね?」

社用スマホを握る手にじんわりと汗が滲む。
私は数秒の間を置き、深く呼吸を整えてから、ゆっくりと答えた。

「ええと…… まだはっきりした返事は出ていなくて。 実は きのうの夜も家の中でバタバタしてまして話ができなかったんですよ。 ただ、本人も考えてはくれてるみたいですけど…… なんとなく、やっぱり無理のような気もしますよ…… それよりも、他は当たられてるんですか?」

「断られた」とは言わず、かといって「進展した」とも言えない、さらに焦点を変えるように私は話した。
この言葉で 私からは「これ以上どうにもできない」ことを察して引き下がってほしい、という 精一杯のSOSであり拒絶、そして願いだった。

だが山口の返答は冷酷だった。

「そうですか…… それでも前向きにご検討いただいているということであれば、私どもとしては大変心強い限りですね。 先ほども申しましたが、八尾さんとは個人的な関係はもちろんですし、弊社としても 今後さらに『良いお付き合い』をさせていただきたいと考えてます…… 実は森本も そのように申しておりまして……」

(今後の良いお付き合い……?)

唐突に挟み込まれた、決定的なフレーズ。
一見すれば、取引先に対する定型句に過ぎない。
だが、長年営業の修羅場を潜ってきた人間であれば、その一言に込められた”逃げ場のない”威圧(プレッシャー)を感じ取らずにはいられなかった。

切り札を出されたのだ、「意味は わかっていますよね?」と。

(……待てよ もしかして……?)

脳裏に、恐ろしい疑念が浮かび上がった。
先月、山口が無理を通して我が社に有利な契約条件を呑んでくれたあの出来事。
もしかして あの時点で すでに、この狂ったシナリオや駆け引きが水面下で存在していたのではないか?

背筋に ツーッと冷たいものが走った。

私は一度深く目を閉じ、脳内で思考を高速回転させた。

ここで引き下がれば、完全に飲み込まれてしまう。
私は慎重に言葉を選びながら、私なりに思いついた “切り札”を静かに切り出した。


[41] Re: 妻の転職  古田の磐井 :2026/09/28 (月) 18:58 ID:IrisssIk No.33328
なんとか山口に一泡ふかしてやりたいです。そちらのほうに興味もあります。

[42] Re: 妻の転職  セカンドベースマン :2026/09/28 (月) 22:26 ID:Ghl3eXzU No.33329
更新ありがとうございます。
素晴らしい文章力で話に引き込まれます。
八尾さんの心境が良くわかります。
この先どうなるのか?興味は尽きません。


[43] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/28 (月) 23:09 ID:qSCDxKS2 No.33330
今後の更なる良いお付き合い、と来ましたね。
副社長を巻き込みながら、八尾さんの逃げ道を
どんどん塞いでいく山口さん。
八尾さんの切り札とは何なのでしょうか?

続きを楽しみにしています。


[44] Re: 妻の転職  dune :2026/09/29 (火) 08:46 ID:hMbs0p2U No.33333
続きが気になっておりまして、週末は何度も覗いていたのですが、昨日(月曜日)はうっかりしていてチェックしていませんでした。更新、ありがとうございます。この山口氏と八尾さまの攻防はしばらく続くのでしょうか。切り札ってなんなのか次回が楽しみです。

[45] Re: 妻の転職  ファン :2026/10/02 (金) 00:02 ID:ekelS4BI No.33350
立体感のある描写に引き込まれました。
更新が待ち遠しいです。


[46] Re: 妻の転職  八尾 :2026/10/10 (土) 16:27 ID:n3w.mUtA No.33409
古田の磐井さん、セカンドベースマンさん、小太郎さん、duneさん、ファンさん 
ご感想有難うございます。とても励みになります。


13.

思いついた“私なりの”切り札……

私は荒くなりかけた呼吸を整え、冷静さを取り戻すために一呼吸置いてから口を開いた。

「山口さんのお気持ちはホントにありがたいのですが…… 実は少しだけ気になっている点がありまして……」

「……というと?」

社用スマホから聞こえる山口の声から、わずかにトーンが落ちた。
私の出答を探るような、警戒を含んだ響きだ。
私はあえて声を落とし、諭すようにゆっくりと話し始めた。

「はい。 ウチの重要な取引先であるネオプレシスさんが、ウチの 一社員…… 私なんかの家族に対して個別に業務を依頼するとなると、いかに個人的なツテや紹介だと言い張ったところでですね…… 何と言いますか、見方によっては利益供与やコンプライアンス上の問題と受け取られる恐れがあるのではないかなと、思ってましてね……」

ここで私は一度言葉を切り、向こうの反応を確かめるように伺いを立てた。

「……あぁ…… なるほど…… そうですね……」

山口が少し間を空けて、そして低い声で返してきた。

その声を聞いた瞬間、(感触的には悪くない!)と私の胸の中で小さな勝利の確信が芽生えた。
ビジネスマンにとって「コンプライアンス違反」は最も致命的なワードだ。
どれほど大手の商社といえども、ここを突かれれば下手に強弁することはできないはずだ。

(ここで慌てて畳みかけるとカッコ悪いな……)

そんなことを考えるくらい、私の心には久しぶりに大きな余裕が生まれていた。 長年叩き込まれてきた営業マンとしての経験と知恵が、自分をこの絶体絶命のピンチから救い出してくれる……

(これぞ まさに逆転ホームランだな)

そう確信し、私は自分自身の完璧な立ち回りにどこか酔いしれていた。

さらに、追い詰められた山口の立場を気遣う余裕すら見せながら、言葉を繋いだ。

「こういう形でのご依頼は、お互いの会社にとってもそうですが…… 何より、山口さんと私とのこれまでの個人的な関係にも、決して良い形ではないと思うんですよ。 こんな形で しこりが残ったら、これからも二人で野球を観たり、いつもの居酒屋で飲むにしても、行きづらくなっちゃいますからねぇ……」

最後のフレーズは、苦悩しているであろう十年来の付き合いのある知人、いや友人 山口の気持ちを救い上げるための、私なりの配慮であり、茶目っ気を交えた和解の打診でもあった。
コンプライアンスという絶対的な盾を使い、ビジネスの倫理観を突きつけながら、同時に個人的な友情の価値を提示する。
それが、私が絶望の縁で絞り出した完璧な反撃であり着地点だった。

スマホの向こうで、山口は一瞬だけ、息をのむような完全な沈黙に陥っていた。

「…… ……」

きっと山口は苦虫を噛み潰したような顔で天を仰いでいるに違いない。
スマホのスピーカーから山口の周囲で交わされている社内の誰かの話し声や、コピー機の作動音がかすかに聞こえてくる。 私はその重苦しい顔を頭の中で思い浮かべながら、彼が「参ったなぁ」と諦めの言葉を吐き出すのを優越感と共に待った。

「なるほど……」

長すぎる沈黙の後、山口が再び呟くように言った。

「いかがでしょうかね? 僕としては、他ならぬ山口さんからの話ですし、お役に立ちたい気持ちは山々なんですがね……」

落ち着いた大人な口調で返した自分に、私はさらに満足していた。

「なるほど……」

山口は全く同じ言葉を繰り返した。

だが…… その声の「芯」が、先ほどまでとは明らかに変わっていた。
焦りや怯みといった湿り気は一切消え失せ、冷酷なまでに研ぎ澄まされた低音だったのだ。

「…… 八尾さん。そこはですね、ご安心いただいて大丈夫なんですよ」

「……え?」

「コンプライアンスや利益供与の件については、こちらで完全にクリアできるように用意してますので」

その一言が耳に届いた瞬間、私の中で弾けていたささやかな優越感と余裕は、まるで氷水を浴びせられたかのように一瞬で氷解した。

「え……?」

「八尾さんのご懸念、もっとも だと思います。 ですが 実は、そちらの件につきましては弊社内でもすでに法務部門を交えて念入りに話し合いを進めておりましてね」

「は……? 法務、ですか……?」

「ええ。今回、奥さんにお願いしたい“役割”につきましては、形式上、弊社の一時的な外部協力者として、正式に契約書を交わす方向で調整を終えているんです」

山口の口から滑らかに繰り出されたその言葉は、私の想定を遥かに超えた、完全な“領域外”からのパンチだった。

「契約……ですか?」

「はい、もちろんですよ! 形式上はアルバイトやパート契約、あるいは短期の中途採用という形でもOKですが、きちんと契約書を交わし、一定期間“弊社に一時的に所属していただく”という建付けにするんです。 稼働期間も明記して、業務委託手当や対価として正当な報酬もお支払いし、ウチの記録にも残しますから」

「えー そこまで…… 準備されているんですか……?」

私は掠れた声で問い返すのが精一杯だった。

「はい、もちろん。 森本とも共有済みですし、法務のコンプライアンスチェックもクリアしてますから。 いわば、これは私 個人の話じゃなくて、我が社の『正式な業務としての依頼』なんです。…… まあ、表向きはあくまで『役員秘書的なサポート』という名目にはなりますがね。 ただ、ウチとしても『そこまでお膳立てしたのに』という気持ちが、ないと言えば嘘になりますが…… あっ、これって八尾さんだからこそ話せる本音なんですけどね……」

法務を通している。契約書もある。ビジネスとしての筋は完璧に通されている。
私はスマホを握りしめたまま、完全に無言になった。

“意表を突かれる”とは、まさにこのことだ。

冷め切った頭のどこかで、他人事のような声が響いていた。
営業マンとして、個人として、絞り出した最後の反撃の盾すらも、山口は最初から見越した上で軽々と踏みつぶしてきたのだ。

沈黙の中、胸の奥に広がるのは、凄まじい徒労感と、逃げ場を完全に塞がれたという諦めにも似た覚悟だった。

「だから、ご心配なく、大丈夫ですよ…… お任せください…… あっ、それよりも今回の件について、そこまで深くご検討してもらい、重ねてありがとうございますね。 森本にも ちゃんと伝えておきますね…… それにしても、そういうところ やっぱり八尾さんで良かったですよ。 ぜひまた飲みに行きましょう」

山口の優しく柔らかい口調がとても鋭く私の胸に刺さった。
彼の声に、どこか安堵と、かすかな勝利の誇らしさが混じっていたのが、妙に耳にこびりついた。
「これでもう、あなたに逃げ場はないですよ」と、言葉の端々から無言の含みが透けて見えてもいたのだ。

「……そうでしたか、そういうことでしたか…… うん、分かりました……」

その後、記憶に残らないレベルの業務の会話を簡単に済ませて、通話を終えた。

スマホをデスクに置いた後も、私はしばらく立ち上がることができなかった。
手元にある部下から提出された業務レポートを開いても、そこに並ぶ数字や文字が全く頭に入ってこない。

慎重に先手を打ったつもりが、いつの間にか完璧に“先回り”されていたのだ。
もはや、こちらから断るための理屈や正論は、すべて綺麗に潰されてしまった。

(……覚悟を決めるしかないのか)

その日の夕方、退社時刻を迎えた私は、重い足取りでオフィスを後にした。
帰宅したら、由希子に「この件」を正面から持ちかけよう。
もう相談なんかではない、「頼むから受けてくれ」と懇願するしかないのだ。

そう心に決めた瞬間、焦燥と諦めの隙間を縫うように、昨夜自室で広げたあの毒々しい悪夢が、恐ろしいほどの鮮明さで脳裏に蘇ってきた。

愛する妻が、夫である私自身の手によって、狂った男たちの宴へと捧げられる生贄(人身御供)……。

夕暮れ時の街を歩く私の視界の裏側で、恐ろしい妄想が勝手に動き出す。

見たこともない絢爛なドレス…… いや、彼女が身に纏っていたのは、あまりにも現実的で、だからこそ生々しい“副社長パートナーとしての鎧”だったのだ。
カチッとした黒のビジネススーツに、身体のラインを控えめに誇示するタイトスカート。
胸元の白く光沢のあるブラウスは、とろみのある柔らかな素材でボウタイがエレガントに結ばれている。
いつもの柔和なボブカットは隙なくコンパクトに纏められ、唇には普段の彼女なら絶対に塗らない、攻撃的な紅いルージュが引かれていた。
カツンカツンと舗装路に響く、薄黒のストッキングを包む踵の細いハイヒールの音。

「行かないでくれ……!」と必死に縋りつく私に対し、彼女は静かに目を伏せ、諦めと悲壮感の混ざった辛い表情を浮かべる。
「仕方がないよ、トウサン……」と言わんばかりに小さく首を振り、切ない声で「行ってきます」と口にすると、静かにネオプレシス社の回転扉へと消えていく。

その回転扉の先…… エントランスでは、山口が溢れんばかりの好意的な笑顔で彼女を出迎えている。 さらにその奥、絢爛豪華な応接室のソファでは、あのやり手の森本副社長がジェントルな高級スーツ姿で静かにグラスを傾けて待っているのだ……。

気がつくと、夕風に吹かれながら歩く私のパジャマではなくスーツの下、下半身がじわりと熱く昂り、狂おしいほどの硬度を帯び始めていることに気づいた。
己の弱さと無能さのせいで妻を売るような真似をしているというのに、その屈辱的なシチュエーションに、男としての本能が抗いようもなく反応してしまう。

(……くそっ……!)

自分が心底恐ろしく、そして情けなかった。
こんな土壇場になってもなお、妄想と後悔、焦燥、そして「もし本当に妻があの場所に立ったら」という仄かな、愚かな期待が、グルグルと頭の中を渦巻いていた。

(とにかく、どう切り出せばいい?)

「もう断れない状況になった」と決定事項として頼むしかないのか?
それとも、夫としてのプライドを投げ捨てて、土下座までして泣きつくべきなのか?

答えの出ない問いを自問自答し続けるうちに、私の足は、いつの間にか見慣れた我が家の玄関前へと たどり着いていた。


[47] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/10/10 (土) 18:23 ID:ZhJeKAoA No.33410
八尾さんの切り札も見事に対策されてましたね。
山口さんは八尾さんの先手を打ってコンプラ問題を解決し
八尾さんが受けざるをえない状況に周到に追い込みましたね。
奥さんには、八尾さんは新たな転職先として説明するのでしょうか?
奥さんは八尾さんの説明に対して、どういう反応を示すのか?

続きを楽しみにしています。



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・ご夫婦、カップルの方に限り、交際BBSと組み合わせてご利用いただく場合は、全く問題ありませんのでドンドンご利用ください。
・なお、交際専用BBSにスレッドを作成できるのはご夫婦、カップルの方のみですのでご注意ください。
・お手数ですが、交際専用BBSと画像掲示板とを組み合わせてご利用いただく場合は、必ずその旨を明記してください。
 【例】「交際BBS(東・西)で募集している〇〇です」、または「募集板(東・西)の No.****** で募集している〇〇です」など。
・上記のような一文を入れていただきますと、管理人が間違ってスレッドを削除してしまうことが無くなります。
・万一、上記内容に違反するような投稿をされた場合は、妻と勃起した男達の各コーナーのご利用を制限させて頂きますでご注意ください。
・当サイトは安全で安心できる楽しい「大人のエロサイト」です。腹を立てるのではなく、楽しくチ●ポを勃ててくださいネ!