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妻の転職

[1] スレッドオーナー: 八尾 :2026/08/11 (火) 20:41 ID:OnlBOyrY No.33067
1.

私、八尾和徳、五十七歳。
どこにでもいるようなサラリーマンであり、自分で言うのも変だが、典型的なオッサンだと思う。とは言っても“オッサン体型”というほどではく、他人からも年齢よりも少し若く見られているくらいだ。
中肉中背で、健康診断でも血圧に黄色信号が灯りかけている程度、このまま本格的に赤信号へ突入するのはさすがに嫌なので、最近は意識的に帰宅後にウォーキングを始めた。
と言っても、履き潰したスニーカーの底を減らしながら近所を二十〜三十分ほど歩くだけの、ほんの気休め程度の運動だが。

勤務先は中堅の電子機器メーカーの国内営業部で、一応は東日本地区の法人開拓チーム長という肩書がある。とはいえ、年収六百五十万ほどの平穏なポジションだ。
同期や後輩が順調に出世していくのを横目に、すでにレースからは外れた身として、マイペースに日々をこなしている。

我が家の一人息子 泰介 二十六歳 も すでに独立して県外勤務の一人暮らしをしており、今は三つ下の妻 由希子と二人きりだ。

泰介が家を出てから、二人きりの食卓にもすっかり慣れた。
由希子は私の好きなツマミを覚えていて少なくなってくると忘れずに買ってきてくれる、逆に私が帰り道で彼女の好きな洋菓子を見つければ、つい買って帰る。

「え? トウサン、また買ってきたのー?」

そう言いながら嬉しそうに笑う由希子を見ると、私はそれだけで満足だった。

大げさな愛情表現など、もう何年もしていないが、こういう小さなやり取りこそ夫婦というものなのだと思っている。

そういうわけで、自分でも少々照れ臭いが、私はかなりの愛妻家だと自認しているのだが……

ただ、その「愛しさ」と「男としての自信」は、ここ最近うまく噛み合っていない。

いつからか寝室も別となり 気がつけばセックスレスになって約十年ほどが過ぎていたが、最近になって急に EDの兆候が現れ始めたのだ。
愛する妻をイメージしながらも、情けなく萎えていく己の肉体…… 不甲斐なさと焦燥感が、ふとした瞬間に胸の奥を重く押し潰す。

そんな私は、夕食を終え、風呂も済ませ、パジャマ姿でリビングのソファに腰を下ろしてテレビ画面に釘付けになっていた。

六月に入り、プロ野球はセ・パ交流戦の時期を迎えていたのだ。

この時期になると、普段は対戦することのないセ・リーグとパ・リーグのチームが顔を合わせるので、私はレギュラーシーズン以上にテレビ中継が気になってしまう。

今夜もそうだった。

別に熱狂的なファンというほどではないのだが、昔から応援している贔屓チームがある。勝てばもちろん嬉しいし、負ければ翌朝まで少し気分が悪い。

贔屓チームは交流戦で、目下三連勝中。
そして今夜の相手はパ・リーグの強豪だった。
否が応でも私は期待をするしかなかった。

ところが贔屓チームの今夜の試合は、一点差のビハインド。
何度か巡ってきた得点チャンスを、ことごとく逃しているのだ。七回裏もそうだった。

「あぁ〜、なんだよ! またダメかぁ〜。今日も負けだな」

缶ビール(発泡酒だが;)片手に、ため息とともに思わず声が出た。
口の中に残る苦味が、敗色濃厚な試合展開と重なってどこか惨めだ。 選手に文句を言っているわけではない。 五十七歳にもなって、テレビの前で野球に腹を立てても仕方がないことくらい、私だってわかっている。
それでも、長年応援しているチームの試合となると、つい感情が入ってしまう。

そして、まるで私のガッカリした気持ちをあざ笑うかのように、画面は陽気なタレントが叫ぶ清涼飲料水のCMに切り替わった。

私は ふっと背後を振り返った。
視線の先には 夕食後の食器を洗い終えた妻の由希子が、ダイニングの椅子に座っていた。

私たちは結婚して二十七年になる。
由希子は昔から家事をきちんとこなす女だった。特別几帳面というわけではないが、やるべきことはきちんとやる。 仕事(パート勤務)もそうだし、家のこともそうだ。

たとえば、洗濯物を取り込む時間が少し遅れただけでも、由希子は「今日は湿っぽくなっちゃった」と気にする。

私からすれば、その程度のことはどうでもいい。

「少々は大丈夫だろ…… 気になるんだったら、明日もう一回干せば?」 そう言うと、

「そうなんだけどね」と笑う。

そんな小さなところまで気にするのが、由希子という女だった。

その由希子が、今夜は いや今夜「も」、少し変だった。

ダイニングテーブルの上に置いたスマホを両手で持ち、画面をじっと見つめている。

いつものようにテレビを眺めながら、私と適当に会話をしている様子ではない。
それどころか、眉間にほんの少し皺を寄せ、真剣な表情で指先を小さく滑らせながら画面を追っていた。

私はCMが終わるのを待って、再びテレビに向き直った。

やがて野球中継が再開される。

私は再び試合に集中しようとした。

しかし…… どういうわけか、目の端に映る由希子の姿が気になった。

(そういえば……)

ここ一週間くらいだろうか。 いや、十日ほど前からだったか。
いや、もしかすると、もっと前からかもしれない。

由希子がスマホを見る時間が、妙に増えている気がする。
もっとも、私が見えている範囲だが。

朝、出勤前に私が身支度を整えている時。
休日の昼間、家事が一段落したとき。
夕方、私が会社から帰ってきたあと。
そして今のような、夕食後の団欒の時間にも。

もちろん、スマホを見ること自体は珍しいことではない。

私だってニュースを見たり、天気予報を確認したりする。
YOUTUBEだって、贔屓チームの応援サイトだって覗くこともある。

だから、それまでは特に気にも留めていなかった。

ただ……

最近の由希子は、何かを楽しんでいるというより、何かを探しているようにも見える。

(何かあるのかな?)

そう思ったときには、もう私は口にしていた。
試合はそっちのけで。

「なぁ、最近スマホばっかり見てない? 何か面白いサイトでも見つけた?」

由希子の指が ぴたりと止まった。 だが 彼女はすぐには顔を上げなかった。

「うーん…… 別に、というか ぜんぜん面白くないよー」

「じゃあ、どうして そんな真剣に?」私は笑いながら訊いた。

問い詰めるつもりはなかった。 本当に、ただの何気ない会話のつもりだった。

由希子はすぐには答えなかった。

スマホをテーブルの上に伏せると、今度は私のほうを見る。

「……ちょっとね…… 調べものしてて」

「調べもの?」

「うん」 彼女はそう言って、ふたたびスマホを手に取って画面に目をやる。

「何を?」

「だから…… ちょっと……」

その答え方が、妙に引っ掛かった。

由希子は昔から、必要以上に物事を説明しないタイプだった。
だから嫌なことがあっても、あまり人に話す女ではなかった。

泰介がまだ小学生だった頃、学校から電話がかかってきた時も、私には詳しいことを言わず、一人で学校へ行って話をつけてきたことがある。

「別に 大したことじゃないから……」 そう言って笑うのが、由希子のいつものやり方だった。

以前、近所の奥さんとちょっとした行き違いがあった時も、私が「何か言われたのか?」と訊くと、

「別に 大したことじゃないよ……」と、やはり笑って それ以上は何も話さなかった。

私は、そんな彼女を強い女なのだと思っていた。

いや……
今でも、そう思っている。

だからこそ、こういう時の由希子の「別に」は、私には少し厄介だった。

何もないなら、「何もない」と言えばいい。 ところが由希子は、何かある時ほど、妙に言葉を濁す。

「まあ、いいけど……」(問い詰めるほどのことでもないし……)

私はそう言ってテレビへ視線を戻すと、同時に「ふっ……」と 彼女が吐息のような溜息をひとつ吐き出したのが聞こえた。


[34] Re: 妻の転職  dune :2026/09/21 (月) 07:46 ID:ZUTpgC.g No.33277
連日の投稿、ほんとに驚きました。ありがとうございます。
うるわしい夫婦のやりとりに心がほっこりしましたが、山口氏にはしっかりテコ入れしてくれ、と期待します。


[35] Re: 妻の転職  勝手に妄想 :2026/09/21 (月) 08:32 ID:4r.OMAD2 No.33278
どうせありへん世界を描くならぶっ飛んで、毒のある世界を描いて頂きたいものです。
奥さんが徐々に心を病んで変わってていく、性犯罪者に堕ちるような世界を願いたいです。


[36] Re: 妻の転職  八尾 :2026/09/23 (水) 14:24 ID:3j3yHfMQ No.33297
ヤマト隊長さん、小太郎さん、duneさん、勝手に妄想さん ご感想有難うございます。


11.

「はい、八尾ですが……」

私は社用スマートフォンの画面を確かめ、できるだけ普段と変わらない平静なトーンを心掛けて第一声を発した。

「あ、八尾さん?  ネオプレシス 山口です」

スピーカーから聞こえてきたのは、いつもの山口の定型のセリフ。
ただ、いつもなら少し間を置いてから落ち着いて話す男なのに、今日は妙に言葉が早い。
昨日応接室で見せた重々しく洗練された雰囲気とは異なり、どこか急いたような、隠しきれない焦りが声の端に滲んでいた。

「お世話になります、山口さん…… 例の件、ですよね?」

「ええ…… そちらの進捗は、いかがかなと思いまして」

そう言って探るように言葉を濁す山口に対し、私は即座に釘を刺すべく、冷ややかな先制パンチを放った。

「山口さん、申し訳ないのですが…… 例の件はあくまで『個人的なお願いごと』という認識でおります。 なので できれば、業務時間外か、お昼の休憩時間にお話しをさせていただけませんか?  こちらも今、午前の業務が立て込んでおりまして……」 とにかく冷静に、ゆっくりと落ち着いたトーンで。

「……っ」

受話器の向こうで山口が息を呑む気配がした。

「個人的なお願いごと」という言葉をわざと強調したのは、公私の境界線を明確にするためだけではない。 そんなに軽く首を縦に振る話ではない という意思を、山口にも分からせておきたかったのだ。
これは私なりのささやかな抵抗だった。 拒絶とまでは言えないまでも、少なくとも簡単には引き受けないという意思表示であり牽制でもあった。

「……おっしゃる通りです。失礼いたしました、八尾さん」

山口は素直に引いた。

私はそこでようやく小さく息を吐いた。

本当なら、もっと強い口調で「妻を巻き込む話を仕事中にされても困ります」と言いたかった。だが、十年来の付き合いがある相手だけに、そこまで突き放すこともできなかった。

彼もさすがに長年修羅場をくぐってきた営業マンだけに、引き際は心得ている。

「実は、例の件とは別の件で ですね、かねてよりご相談していた、例の北海道関連の新規事業における業務見積もりの件ですが……」

即座に仕事の会話へと切り替えた山口に応じ、私も思考をビジネスモードへと強制的にシフトさせた。

数字やスペックのやり取りを交わしながらも、私の神経は電話越しに伝わってくる山口の微かな息遣いや声のトーンを不自然なほど敏感に拾い集めていた。
本来なら営業マンとして集中すべき話なのに、数字がほとんど頭に入ってこない。
北海道の案件どころではない。 向こうもこちらも、頭の半分以上は「例の件」に支配されているのだ。

「……では、北海道サイドと擦り合わせをした修正案をのちほどメールでお送りします。 あと…… 例の件は、また後ほど」

「そうしていただけるとありがたいです。 よろしくお願いします」と私。

五・六分程度の取り繕った業務連絡が終わり、一旦電話は切れた。

昼休みになり、私は社員食堂で日替わり定食を胃に流し込んだが、相変わらず食べ物の味はほとんどしなかった。頭の中では「どうやって山口を納得させて断るか」という言い訳のシミュレーションが延々と渦巻いていた。

食堂を出て、自席へと戻った頃のことだ。
先ほどの電話から、およそ四十分が経過していた。

ポケットの中で、今度は社用ではない「個人所有のスマートフォン」が静かに振動した。
画面を見ると、『取引先 山口隆宏』の文字と山口の個人の携帯番号が表示されている。

仕事の話なら社用スマートフォンにかけるのが普通だ。まして今日は、午前中に一度話しているのだから。
それでも個人の番号にかけてきたということは、今度こそ「例の件」の話なのだろう。

(……フッ、社用じゃなく個人の方にかけてくるあたり、山口さんらしいな)

私は苦笑いを浮かべながら、まるで周囲の目を盗むように、昼休憩中で無人となっている応接ブースへと足早に移動し、通話ボタンをスライドさせた。

「……八尾です」

「八尾さん、度々すみません。昼休みに失礼します……」

山口の声は、先ほど以上に周囲をはばかるように低く、押し殺されていた。

「実はあれから、森本も『八尾さんのところはどうなった?』と何度も聞いてきましてね……。こちらも、正直なところ かなり時間が迫っておりまして」

「はぁ……」

「……あれからも あらゆるツテを血眼になって当たってみたんですが、やっぱり他に頼れるアテがないんです。 というか 完全に全滅でして…… なんとか 奥様に……」

「そうですねぇ…… もっと他に いないのですか?」

受話器の向こうの山口の声には、業界でも有数の優秀な商社マンらしい余裕や矜持は微塵もなかった。

「……八尾さん。 どうか…… お願いできませんか……」

その一言を聞いた瞬間、胸の奥がずしりと重くなった。

そこにあったのは、切迫した焦燥と、格下の取引相手である私に対する、恥を捨てたかすかな“哀願”だった。

(山口さんほどの人間に、ここまで言わせるか……)

普段なら決して見せない男の弱さを見せられて、胸が苦しくなった。
だが、私の本音を言えば、「どこかで誰でもいいから女性を見つけておいてほしかった」というのが偽らざる気持ちだった。

「誰でもいい」…… そう思った瞬間、私は自分でも妙な引っ掛かりを覚えた。

(とにかく 誰でもいいから、由希子だけは この話から外してほしい……)

それだけのことだ。

ネオプレシス社の切実な事情も、山口が社内で追い詰められている立場も痛いほど理解できる。 しかし、これはあまりにも社会通念や夫婦の常識を逸脱した不条理な依頼なのだ。
そう自分に言い聞かせるように、私は小さく息を吐き、ブースに備わる何も映っていない真っ黒のモニター画面を見つめた。

会社というビジネスの場に身を置いていると、どうしても物事を「損得」や「義理」の観点で計算してしまう己の狡猾さに嫌気がさす。
ネオプレシス社とは長年の深い取引関係があり、何より先月、山口は自社の役員会議で無理を通して 我が社の厳しい契約条件を呑んでくれたばかりなのだ。

あの時、電話口で山口が「八尾さん、今回は私の方で何とかしますよ」と言ってくれた声を、私は今でも覚えている。
その絶大な恩義がある以上、だからこそ、今ここで あっさりと無下に「嫌です、無理です」と突っぱねるのは、あまりにも薄情な気がして、社会人として、また一人の営業マンとして、さらに彼との個人的な付き合いを含めても、極めて困難だった。
断るにしても、相手がぐうの音も出ないような「誰しもが納得する致命的な理由」が必要になってしまう。

私はスマホを強く握り直し、慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「山口さん……。一応 この件は、昨日の夜、家内には話をしてみたんです」

「えっ! 本当ですか!?」

山口の声が一気に跳ね上がった。

「ええ…… 家内は…… 一応、少しだけ考えてみるとは言ってくれました。……ですが、正直なところ、やっぱり難しいと思いますよ。 可能性としては…… 僕が話を聞いた感触では、ゼロに近いです」

『ゼロに近い』……

その言葉には、由希子の不安や迷いだけでなく、私自身の「これ以上、愛する妻をこんな狂った企みに巻き込みたくない」という切実な拒絶と防衛本能が込められていた。

しかし、崖っぷちに立たされた山口の受け止め方は、私の予想とは大きく違っていた。
私は「ほぼ断り」のつもりで言ったのに、山口にとっては「まだ可能性がある」という意味にしか聞こえなかったのだ。

「ゼロに近い……! いや、それでも『考えてみる』と言っていただけただけで、本当にありがたいです! ゼロじゃないなら、まだ望みはある! すぐに森本にもそう報告します。 八尾さん、本当にありがとうございます! 引き続きお願いいたします」

「あ、いや……山口さん! 期待はしないでください、ほぼ無理だという話で」

「わかっています!  ですが、本当に助かります。 では、また連絡します!」

「あ、ちょっと……」

私の制止を振り切るように、一方的に弾んだ声で感謝を述べると、山口は嵐のように電話を切ってしまった。

ツーツーという空しい電子音が耳元に響く。
私はハッと息をつき、ゆっくりとスマホを耳から離した。

(違う…… そうじゃないんだ、山口さん……)

断るための強烈な予防線として張ったつもりの言葉が、溺れる者にとっては縋りつくべき一本の蜘蛛の糸に見えてしまったのだ。
「断られた」のではなく「可能性が残った」と解釈されてしまった恐怖。

私は重い足取りでデスクに戻り、パソコンのモニターに映る風光明媚な景色の壁紙をぼんやりと眺めた。

(まだ、何も決まったわけではない……)

自分にそう言い聞かせる。
由希子が正式に「受ける」と承諾したわけでもないし、私が山口に『妻を出します』と返答したわけでもない。

そう何度も脳内で反芻しながらも、私の手元はどこかおぼつかず、マウスを握る指先が、かすかに震えているのを自覚していた。

午後三時過ぎ、パソコンのメールソフトが新着通知を知らせる電子音を鳴らした。
差出人は山口からだった。

件名は『【ご確認】北海道新規プロジェクトの件』

昼前に電話でやり取りした業務内容について、箇条書きで分かりやすくまとめられたメモが添付されていた。至って正常な、ビジネスのメールだ。

しかし、本文の最後に添えられた結びの文章を目にした瞬間、私の全身の血が引いていく感覚がした。

『本件業務につきまして、何卒ご検討のほど 宜しくお願い申し上げます。
 また、先ほどお電話にてお話しいたしました“例の件”につきましても、弊社および私個人といたしまして、重ねて切にお願いを申し上げます。
 どうか何卒、何卒よろしくお願いいたします』

本来の業務メールでは考えられない あからさまに大げさで、異常なほど平身低頭な懇願の言葉……

さらに 私の視線は、送信先のヘッダー部分(cc欄)に固定されてしまった。

ta.morimoto@.......


[37] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/23 (水) 21:30 ID:hkmxjHho No.33301
山口さんとしては、こんな提案は二つ返事で断られると
覚悟していたので、八尾さんが奥さんにすでに説明して
奥さんが少しは考えてみると言ってくれた事が、とても
前向きな回答に思えたのではないでしょうか?

新規商談メールのccに副社長が入っているという事は
今回の例の件への八尾さんの回答次第ではこの商談の
行く末に関わって来るという事を山口さんは伝えて
いるのでしょうね。
果たして帰宅後に八尾さんは奥さんにどのように話す
のでしょうか?

続きを楽しみにしています。


[38] Re: 妻の転職  古田の磐井 :2026/09/23 (水) 22:43 ID:E4TyOIMc No.33302
ccで副社長まではキツイですね。

[39] Re: 妻の転職  セカンドベースマン :2026/09/24 (木) 18:51 ID:vACnqrK2 No.33307
更新ありがとうございます。
ドキドキしながら読ませていただいています。
奥様の気持ちが固まり、引き受けるのか?
また、八尾さんも観念して?承諾してしまうのか?
興味は尽きません。


[40] Re: 妻の転職  八尾 :2026/09/28 (月) 17:30 ID:doJrnX5E No.33327
小太郎さん、古田の磐井さん、セカンドベースマンさん ご感想有難うございます。


12.

私は一瞬、その文字列の意味が理解できなかった。

だが 次の瞬間、その無機質なアルファベットの羅列が誰を指しているのかを思い知らされ、心臓が大きく跳ね跳ねた。

ta.morimoto@....... ネオプレシス社 副社長、森本達也のメールアドレスだった。

山口は この北海道の案件に関する業務メールを、森本副社長にも同時にCCとして送信していたのだ。

本来 この件は、私と山口の間(いわゆる現場の担当者レベル)で十分に処理・完結できる程度の規模に過ぎない。 ましてや わざわざ上級経営陣である副社長を巻き込むような大層な話では断じてなかった。
にもかかわらず、山口はあえて森本副社長のアドレスを宛先に並べたのだ。
決して誤送信などではない。 明白で 意図的で 計算し尽くされたメッセージだった

新規事業の案件を盾に取りながら、暗に「副社長自らが例の件の進捗を注視している」という強烈な圧力を、ビジネスの公式なルートを通じて叩きつけてきたのだ。

(……くそっ、山口さん…… そこまでやるか……!)

モニター画面から放たれる白い光が、私の顔を冷酷に照らし出す。
オフィスを行き交う社員たちの話し声やカタカタと響くキーボードの打鍵音が、まるで遠い世界の出来事のように遠のいていった。

背中にじっとりと嫌な冷や汗が伝うのを感じながら、私はただ、画面の中の文字列を絶望的な心地で見つめ続けることしかできなかった。

逃げ道は、着実に塞がれつつある。

このままでは、由希子を山口たちの前に差し出さざるを得なくなるのではないか……

そんな強い焦燥感に襲われる一方で、私の思考の裏側では、別の歪んだ感情が小さく蠢いていた。
抗えない巨大な力によって無力な自分へと追い込まれていく感覚。
その圧倒的な不条理さが、昨夜から胸の奥で燻っていたM的な被虐感を刺激し、理性に反して身体を熱くさせているのを自覚してしまったのだ。

(オレは 一体何を考えているんだ……)

湧き上がる自己嫌悪を振り払うように、私は激しく首を振った。

その日、私は結局、帰宅してからも由希子との間にこの話題を出すことができなかった。
わざと避けたわけではない。もちろん、忘れていたわけでもない。
ただ、どうしても切り出しづらかった。

さらにもう一つ大きな理由があった。
私の帰宅を待っていたかのように、一人息子の泰介から突然電話が入ってきたのだ。

「急なんだけどさ、来週から仕事でメキシコに行くことになったから」

息子の言葉に、我が家は大騒ぎとなった。

「三か月くらいかなぁ? 本場のタコスとテキーラ、楽しんでくるよ」と 呑気に話す泰介。

すぐに由希子はLINEのビデオ通話をつなぎ、彼女のみならず私も完全にそちらに気を取られてしまったのだった。

「向こうでの食事は大丈夫?」「治安は?」「お金は?」と心配そうに質問を繰り返す由希子の横顔を見つめながら、私はついに「例の件」を口にすることができないまま、夜を明かすことになった。

放置して進展がないままにしてしまった不安と、山口の影、いや あのメールのCC欄に鎮座していた「森本」という名への恐怖が胸に閊えたまま、翌朝を迎えた。

朝食の席で向き合った由希子は、昨夜の泰介とのやり取りで 少し疲れた様子を見せつつも、いつも通り私のために味噌汁を温め直してくれていた。

「例の話だけどさ……」

喉のすぐ手前まで出かかったその一言を、私は結局呑み込んでしまった。
ここで蒸し返せば、また彼女の表情を さらに曇らせてしまうかもしれない。 そんな保身のような言い訳で土壇場のチャンスを自ら手放してしまったのだ。

もちろん、泰介の急な出張という想定外の出来事があったのは確かだ。
だが、それは単なる表面上の言い訳に過ぎない。
山口に あれほど必死に頭を下げられ、期待を持たせるような態度をとっておきながら、私自身が何ひとつ動けておらず、何の進展も作れていない……
そんな、一番あってはならない無能な進捗状況を山口に返さなければならない恐怖が私を包んでいた。

「行ってきます」と家を出た瞬間から、猛烈な後悔と焦燥に胸が締め付けられた。

あそこで一言確認しておけば、こんなモヤモヤを抱えずに済んだのに……

由希子と向き合うことすら避けてしまった己の情けなさに苛立ちながら向かったオフィスで、午前中の業務も、正気に戻っては上の空になり、到底50%も集中できているとは言える状態ではなかった。

それでも午後三時を過ぎた。
あと二時間もすれば、この重い気持ちから解放される……

そんなことを思いながら、冷房の効いたオフィスで、週報の数字を追っていたときだった。

デスクの隅に置いていた社用スマホが、ブブッ と小さく震えた。

画面に浮かび上がったのは『ネオプレシス 山口』。

(…… あぁ…… やっぱり 来たか)

私は無意識に重い息を漏らした。
もちろん連絡があるのはわかっていたことだ。 それに むしろ、こちらから状況を連絡すべき段階にまで重要性が跳ね上がっていることも理解していた。
しかし、私の方から自発的に話を持ち出せば、まるで私が由希子をその気にさせようと背中を押しているように受け取られかねない。
それが怖くて連絡を控えていた、という本音もあった。

由希子から明確な答えが出たわけでもなく、私の心が固まったわけでもない。
だからこそ、着信画面をタップする指先は鉛のように重かった。

「……八尾です」

「あ、八尾さん。 どうも、ネオプレシス山口です。 お忙しいところ すみません」

受話器から聞こえる声は、相変わらず丁寧だった。
だが、その声音の奥には、昨日までの焦りとは違う、どこか粘り気のある熱のようなものが潜んでいた。

もし山口が「例の件……」と切り出してきたら、今回も前回以上に強く「仕事に私用を持ち込まないでくれ」と毅然と牽制するつもりだった。

だが山口も それを見越していたかのように、無機質に淡々と語り始めたのは、メールで送られてきた北海道の件についてだった。

「昨日のメールの件ですが、北海道サイドからの条件を一部修正しまして……」

「ええ、確認しましたよ。 まぁ その条件なら 弊社としても問題なく進められるかと」

私もビジネスマンとして適当に話を合わせながら、電話越しに山口の表情を探った。
内容自体は至ってシンプルで、今すぐどうこうという緊急性の高い話ではない。
早々に会話が終わりを告げようとしていた。

山口が頑なに「例の件」を口にしないことに、私はかえって不気味さを覚えた。
私は少しだけ優位に立とうと、鼻にかけるような軽い口調で探りを入れた。

「……そういえば山口さん、昨日のメールですが、CCに森本副社長が入っていましたが?  たかが あの程度の話、しかもこの件は そこまで大層なことでもないでしょうに」

探るような私の言葉に、山口は一瞬の間を置いた後、グッと声を落として囁くように言った。

「八尾さん…… 実はこの北海道の件、森本が非常に強い関心を持っていましてね。ぜひよろしくお願いいたします」

「非常に強い関心……ですか? この件にですか? 副社長さんともあろう お方が?」

「ええ、まぁ…… もちろん それって 私が個人的に八尾さんにお願い申し上げた“例の件”も含めてのことになりますが……」

「……っ!」

動揺する私に畳みかけるように、山口は言葉を続けた。

「この場でお聞きするのは大変恐縮なのですが…… その後、奥さんのご検討はいかがでしょうか?」

社用スマホを握る手にじんわりと汗が滲む。
私は数秒の間を置き、深く呼吸を整えてから、ゆっくりと答えた。

「ええと…… まだはっきりした返事は出ていなくて。 実は昨夜、家の中でバタバタしてまして話ができなかったんです。 ただ、本人も考えてはくれてるみたいですが…… なんとなく、やっぱり無理のような気もしますよ…… それよりも、他は当たられているんですか?」

「断られた」とは言わず、かといって「進展した」とも言えない、さらに焦点を変えるように私は話した。
この言葉で 私からは「これ以上どうにもできない」ことを察して引き下がってほしい、という 精一杯のSOSであり拒絶、そして願いだった。

だが山口の返答は冷酷だった。

「そうですか…… それでも前向きにご検討いただいているということであれば、私どもとしては大変心強い限りです。 先ほども申し上げましたが、八尾さんとは個人的な関係はもちろんのこと、弊社としても 今後さらに『良いお付き合い』をさせていただきたいと考えておりますし…… 実は森本も そのように申しておりまして……」

今後の良いお付き合い……?

唐突に挟み込まれた、決定的なフレーズ。
一見すれば、取引先に対する定型句に過ぎない。
だが、長年営業の修羅場を潜ってきた人間であれば、その一言に込められた逃げ場のない「威圧(プレッシャー)」を感じ取らずにはいられなかった。

切り札を出されたのだ、「意味はわかっていますよね?」と。

(……待てよ もしかして……?)

脳裏に、恐ろしい疑念が浮かび上がった。
先月、山口が無理を通して我が社に有利な契約条件を呑んでくれたあの出来事。
もしかして あの時点で すでに、この狂ったシナリオや駆け引きが水面下で存在していたのではないか?

背筋に ツーッと冷たいものが走った。

私は一度深く目を閉じ、脳内で思考を高速回転させた。

ここで引き下がれば、完全に飲み込まれてしまう。
私は慎重に言葉を選びながら、私なりに思いついた “切り札”を静かに切り出した。


[41] Re: 妻の転職  古田の磐井 :2026/09/28 (月) 18:58 ID:IrisssIk No.33328
なんとか山口に一泡ふかしてやりたいです。そちらのほうに興味もあります。

[42] Re: 妻の転職  セカンドベースマン :2026/09/28 (月) 22:26 ID:Ghl3eXzU No.33329
更新ありがとうございます。
素晴らしい文章力で話に引き込まれます。
八尾さんの心境が良くわかります。
この先どうなるのか?興味は尽きません。


[43] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/28 (月) 23:09 ID:qSCDxKS2 No.33330
今後の更なる良いお付き合い、と来ましたね。
副社長を巻き込みながら、八尾さんの逃げ道を
どんどん塞いでいく山口さん。
八尾さんの切り札とは何なのでしょうか?

続きを楽しみにしています。



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・お手数ですが、交際専用BBSと画像掲示板とを組み合わせてご利用いただく場合は、必ずその旨を明記してください。
 【例】「交際BBS(東・西)で募集している〇〇です」、または「募集板(東・西)の No.****** で募集している〇〇です」など。
・上記のような一文を入れていただきますと、管理人が間違ってスレッドを削除してしまうことが無くなります。
・万一、上記内容に違反するような投稿をされた場合は、妻と勃起した男達の各コーナーのご利用を制限させて頂きますでご注意ください。
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