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妻の転職

[1] スレッドオーナー: 八尾 :2026/08/11 (火) 20:41 ID:OnlBOyrY No.33067
1.

私、八尾和徳、五十七歳。
どこにでもいるようなサラリーマンであり、自分で言うのも変だが、典型的なオッサンだと思う。とは言っても“オッサン体型”というほどではく、他人からも年齢よりも少し若く見られているくらいだ。
中肉中背で、健康診断でも血圧に黄色信号が灯りかけている程度、このまま本格的に赤信号へ突入するのはさすがに嫌なので、最近は意識的に帰宅後にウォーキングを始めた。
……と言っても履き潰したスニーカーの底を減らしながら近所を三十分ほど歩くだけの、気休め程度の運動だが。

勤務先は中堅の電子機器メーカーの国内営業部で、一応は東日本地区の法人開拓チーム長という肩書がある。とはいえ、年収六百五十万ほどの平穏なポジションだ。
同期や後輩が順調に出世していくのを横目に、すでにレースからは外れた身として、マイペースに日々をこなしている。

我が家の一人息子 泰介 二十六歳 も すでに独立して県外勤務の一人暮らしをしており、今は三つ下の妻 由希子と二人きりだ。自分でも少々照れ臭いが、私はかなりの愛妻家だと思う。

ただ、その「愛しさ」と「男としての自信」は、ここ最近うまく噛み合っていない。

いつからか寝室も別となり 気がつけばセックスレスになって約十年ほどが過ぎていたが、最近になって急に EDの兆候が現れ始めたのだ。
愛する妻をイメージしながらも、情けなく萎えていく己の肉体…… 不甲斐なさと焦燥感が、ふとした瞬間に胸の奥を重く押し潰す。

そんな私は、夕食を終え、風呂も済ませ、パジャマ姿でリビングのソファに腰を下ろしてテレビ画面に釘付けになっていた。

六月に入り、プロ野球はセ・パ交流戦の時期を迎えていたのだ。

この時期になると、普段は対戦することのないセ・リーグとパ・リーグのチームが顔を合わせるので、私はレギュラーシーズン以上にテレビ中継が気になってしまう。

今夜もそうだった。

別に熱狂的なファンというほどではないのだが、昔から応援している贔屓チームがある。勝てばもちろん嬉しいし、負ければ翌朝まで少し気分が悪い。

贔屓チームは交流戦で、目下三連勝中。
そして今夜の相手はパ・リーグの強豪だった。
否が応でも私は期待をするしかなかった。

ところが贔屓チームの今夜の試合は、一点差のビハインド。
何度か巡ってきた得点チャンスを、ことごとく逃しているのだ。七回裏もそうだった。

「あぁ〜、なんだよ! またダメかぁ〜。今日も負けだな」

缶ビール(発泡酒だが;)片手に、ため息とともに思わず声が出た。
口の中に残る苦味が、敗色濃厚な試合展開と重なってどこか惨めだ。 選手に文句を言っているわけではない。 五十七歳にもなって、テレビの前で野球に腹を立てても仕方がないことくらい、私だってわかっている。
それでも、長年応援しているチームの試合となると、つい感情が入ってしまう。

そして、まるで私のガッカリした気持ちをあざ笑うかのように、画面は陽気なタレントが叫ぶ清涼飲料水のCMに切り替わった。

私は ふっと背後を振り返った。
視線の先には 夕食後の食器を洗い終えた妻の由希子が、ダイニングの椅子に座っていた。

私たちは結婚して二十七年になる。
由希子は昔から家事をきちんとこなす女だった。特別几帳面というわけではないが、やるべきことはきちんとやる。仕事もそうだし、家のこともそうだ。

その由希子が、今夜は少し変だった。

ダイニングテーブルの上に置いたスマートフォンを両手で持ち、画面をじっと見つめている。

いつものようにテレビを眺めながら、私と適当に会話をしている様子ではない。
それどころか、眉間にほんの少し皺を寄せ、真剣な表情で指先を小さく滑らせながら画面を追っていた。

私はCMが終わるのを待って、再びテレビに向き直った。

やがて野球中継が再開される。

私は再び試合に集中しようとした。

しかし…… どういうわけか、目の端に映る由希子の姿が気になった。

(そういえば……)

ここ一週間くらいだろうか。 いや、十日ほど前からだったか。
いや、もしかすると、もっと前からかもしれない。

由希子がスマホを見る時間が、妙に増えている気がする。
もっとも、私が見えている範囲だが。

朝、出勤前に私が身支度を整えている時。
休日の昼間、家事が一段落したとき。
夕方、私が会社から帰ってきたあと。
そして今のような、夕食後の団欒の時間にも。

もちろん、スマホを見ること自体は珍しいことではない。

私だってニュースを見たり、天気予報を確認したりする。
YOUTUBEだって、贔屓チームの応援サイトだって覗くこともある。

だから、それまでは特に気にも留めていなかった。

ただ……

最近の由希子は、何かを楽しんでいるというより、何かを探しているようにも見える。

(何かあるのかな?)

そう思ったときには、もう私は口にしていた。
試合はそっちのけで。

「なぁ、最近スマホばっかり見てない? 何か面白いサイトでも見つけた?」

由希子の指が ぴたりと止まった。 だが 彼女はすぐには顔を上げなかった。

「うーん…… 別に、というか ぜんぜん面白くないよー」

「じゃあ、どうして そんな真剣に?」私は笑いながら訊いた。

問い詰めるつもりはなかった。 本当に、ただの何気ない会話のつもりだった。

由希子はすぐには答えなかった。

スマホをテーブルの上に伏せると、今度は私のほうを見る。

「……ちょっとね…… 調べものしてて」

「調べもの?」

「うん」 彼女はそう言って、ふたたびスマホを手に取って画面に目をやる。

「何を?」

「だから…… ちょっと……」

その答え方が、妙に引っ掛かった。

由希子は昔から、必要以上に物事を説明しないタイプだった。
だから嫌なことがあっても、あまり人に話す女ではなかった。

泰介がまだ小学生だった頃、学校から電話がかかってきた時も、私には詳しいことを言わず、一人で学校へ行って話をつけてきたことがある。

「別に 大したことじゃないから……」

そう言って笑うのが、由希子のいつものやり方だった。

以前、近所の奥さんとちょっとした行き違いがあった時も、私が「何か言われたのか?」と訊くと、

「別に 大したことじゃないよ……」と、やはり笑って それ以上は何も話さなかった。

私は、そんな彼女を強い女なのだと思っていた。

いや…… 今でも、そう思っている。

だからこそ、こういう時の由希子の「別に」は、私には少し厄介だった。

何もないなら、何もないと言えばいい。

ところが由希子は、何かある時ほど、妙に言葉を濁す。

「まあ、いいけど……」(問い詰めるほどのことでもないし……)

私はそう言ってテレビへ視線を戻すと、同時に「ふっ……」と 彼女が吐息のような溜息をひとつ吐き出したのが聞こえた。


[26] Re: 妻の転職  dune :2026/09/17 (木) 22:20 ID:g9cdoZ7w No.33261
いよいよ《由希子》さんが登場。きっとこの話を引き受けて下さいますよね。この先がとても楽しみです。

[27] Re: 妻の転職  八尾 :2026/09/19 (土) 15:07 ID:Yctq0E0Y No.33263
小太郎さん、ヤマト隊長さん、duneさん ご感想有難うございます。


9.

「じゃあ、オレ 風呂入ってくるわ!」

「あら、ウォーキングは?」

どこか別の話題へと切り替わるのを待っていたかのように、むしろ救われたような明るい声で由希子が尋ねてきた。

「今日は…… なんか疲れたから、やめとくよ」

疲れなんかよりも、とてもそんな気分になれるはずもなかったのが本音だ。
重苦しい空気から逃げるように、私は背中を向け、そそくさと浴室へ向かった。

熱い湯船に首まで深く浸かり、溜め息をひとつ吐き出す。
ゆらゆらと揺れる湯面と、天井から滴り落ちる水滴を見つめながら、私は自分の取った浅はかな行動を何度も反芻していた。

本当に、我が家にまでこんな異様な話を持ち込んで、妻を惑わせるべきだったのだろうか?
いや それどころか、自社に持ち帰る検討すら待たず、あの冷房の効いたネオプレシス社の応接室で、山口に対してキッパリと「不可能です」「ムリです」「お断りします」と突っぱねておくべきだったのではないか。

世話になっている山口が どれだけ「国際基準のフォーマルなアテンド」と言い繕おうと、他人のプライベートや夫婦の聖域に踏み込んだ異質な依頼であることに変わりはない。
由希子は今頃、リビングで動揺しているはずだ。
彼女は彼女でパート先でのドロドロとした人間関係に嫌気がさし、「仕事」や「対人関係」という言葉そのものに過敏になっている時期でもある。
自分がどう思われているのか、夫のためにどう振る舞うべきなのか…… もしかしたら、一人で頭を抱え込ませてしまったのではないか。

それにしても……。

取引先の営業担当の妻を、代表者のパートナーとして社交の場に立てるなど、やり方を間違えれば 第三者の目には極めて歪で妙な色合いに映るはずだ。
コンプライアンスやハラスメントと騒がしい このご時世、いくら表向きは交流のある個人間、いわゆる「友達」の善意の協力であったとしても、無用な誤解を生まない、という保証など どこにもないのだから。

私は湯の中に沈めた自分の両手を見つめた。
いつの間に、こんなにも歳をとってしまったのだろう。
水にふやけた指先の節々に深く刻まれたシワが、逃げ場のない己の衰えと年齢を容赦なく突きつけてくるようだった。

風呂から上がると、脱衣所の前で入れ替わりに風呂へ向かおうとする由希子の気配がした。

「お湯加減、どうだった?」

「ああ、ちょうどよかったよ…… じゃあ、お先に…… おやすみ」

互いに視線を合わせきれず、いつになくぎこちない言葉を交わして、私は逃げるように自分の寝室へ向かった。

その後、風呂から上がった由希子も、いつになく静かに自室へ入っていったようだった。
家の中はしんと静まり返り、表面上はいつもの平穏が戻っているように感じられた。

自室で ベッドに入り、部屋の明かりを消しても、瞼の裏に眠気が訪れる気配は一向になかった。

暗闇の中で一人 天井を見つめていると、昼間に山口から浴びせられた言葉と、先ほどリビングで戸惑っていた由希子の無防備な素顔が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。

(おもてなし…… 社交の場…… 最高級ホテル…… カリスマ副社長……)

ゆっくりと目を閉じると、眩いシャンデリアの光の下、華やかなイブニングドレスに身を包んだ由希子の姿が、不意に鮮明な映像となって脳裏に浮かび上がった。

普段の素朴なボブヘアを結い上げ、首筋を見せた由希子。
その隣には、自分と同い歳でありながら洗練された仕立てのいいタキシードを纏う森本副社長が立っている。二人はワイングラスを片手に、外国人の前で洗練された笑みを交わしているのだ。
そして…… 由希子の腰には、森本の片手が自然に回されている。それが悔しいほど美しく、二人の姿に何の違和感もないのだ。

(ダメだろ…… やめろ…… バカな想像をするな……)

自責の念と恐ろしい想像への拒絶反応。
だが、その葛藤のすぐ裏側を、背筋をすーっと撫でていく怪しい痺れが走り抜けた。

(そんなことになってほしくない、由希子には行ってほしくない、いや行かせない)

頭で強く否定すればするほど、その禁断の痺れは全身の細胞を麻痺させるように広がっていく。

気づけば妄想はさらに深く、悪魔的な物語へと加速していた。
まるで幼い頃に読んだ おとぎ話の「生贄」のように、自分の会社での立場や先月の大商いの代わりに、愛する妻が悪魔の城へ差し出されていく光景。

豪華なホテルのスイートルーム。照明を落とした静寂の中、巨大なベッドの脇に呆然と立ち尽くす由希子の姿があった。

身体に纏わされているのは、普段の彼女なら絶対に選ばないであろう、肌を過剰に透かす艶めかしいレースの黒いランジェリー。 
それだけではない。
いつもの素顔に近い控えめなメイクとは一変し、その顔には毒々しいほど攻撃的な塗りが施されていた。
夜の闇に妖しく浮き立つ、血のように爛れた深紅の唇。切れ長な目元を冷たく強調する細いアイラインと、落ち窪んだ陰影を作る濃いアイシャドウ。
おそらく森本や山口の手によって、逃げ場を奪われたまま 半ば強引に着せ替えられ、塗りつぶされたのだろう。

意図せぬ淫靡で娼婦のような姿に晒され、恥じらいと困惑に震える由希子の表情が、暗がりの中で嫌に生々しく浮き彫りになる。

そして、その光景を ただ指をくわえて物陰から見ていることしかできない、無力で情けない夫としての自分。

己の惨めさと無力さを噛み締めるほどに、不思議なことに脳髄を刺すような背徳の歓喜が突き上げてくる。

(おぃ! 嘘だろ…… オレ…… こんなことで……?)

数年すっかり影を潜めていたはずの、下腹部の奥底にあった熱い塊が、じわりと、力強く蠢き始めていた。
驚きと戸惑いの中、私の右手は吸い寄せられるようにパジャマの中へと潜り込んでいた。

手応えがあった……

完全ではないにしろ、パジャマの上からでもはっきりと分かるほどの弾力を取り戻した砲身を、私は震える指先で静かに撫で擦った。

(カアサン…… そっちに行ったらダメだ、戻ってきてくれ……)

情けなさと戸惑い、それを遥かに凌駕する背徳の予感。
暗闇の中でゆっくりと目を閉じ、私は喉を鳴らして息を呑んだ。

「そんなはずはない」「あってはならない」と良識ある夫としての理性を必死に働かせれば働かせるほど、脳裏には残酷なほど最悪で美しいシナリオばかりが鮮明に浮き彫りになっていった。

行ってほしくない。他の男のもとになど、口が裂けても行ってほしくなどないのだ……

しかし、その強い拒絶の裏側で、己の醜い欲望が蠢いているのを私は感じていた。

もしも、あの洗練されたカリスマ副社長の腕の中で、自分など一度も引き出してやれなかった由希子の「女」としての悦びが開花してしまったら――。
長年連れ添い、性的な対象としては枯れ果てたはずの妻が、他の男の情熱によってみっともなく乱され、雌としての歓喜に打ち震える姿。自分には決して見せない淫らな表情でその男を受け入れ、与えられた欲望に溺れていく光景。

その時、脳裏の由希子が、過激なランジェリーと毒々しい濃いメイクに包まれた姿のまま、ゆっくりとこちらを振り返った。
罪悪感に押しつぶされそうな、痛々しいほど申し訳なさそうな表情。その瞳に涙を浮べながら、彼女は艶のある毒々しい深紅の唇をかすかに震わせ、静かに囁いたのだ。

「トウサン…… ごめんなさい……」

私に対する断腸の思いを残したまま、彼女は静かに私へ背を向け、暗がりの中へと去っていってしまう……

夫としては絶望であり、破滅そのもののはずのイメージ。
しかし、その切なすぎる裏切りと、屈辱・背徳に塗れた最悪のイマジネーションこそが、私の興奮を極限のピークへと跳ね上げる。
皮肉にも、長年眠っていた私の男としての本能を、強烈な毒のように侵し、覚醒させていった。

(やめろ…… 頼むから行かないでくれ…… カアサン、いや 由希子……)

引き留めたいという愛おしさと、その先にある禁断の蜜を覗き込みたいという淫靡な飢餓感。
相反する二つの感情が脳内で渦を巻き、胸を締め付けるほどの切なさと共に、下腹部へとなだれ込んでいく。

(こんなことをしてはいけない)と、頭では わかっていながら、裏切られる恐怖と歪んだ快楽を自ら確かめるように、私は惨めでネガティブな妄想を何度も何度も、中毒者のように反芻するしかなかった。

(行け…… いや、行かないでくれ……頼むから…… 由希子…… オレ以外の男のところに…… 行かなぃ…… 行ってくれ……)

暗闇の中、熱く硬度を増していく己の愚かな肉体を握り締めながら、私は必死に手のひらや指先を動かし、喉を鳴らして深く息を吐き捨てた。

長い間 忘れていた 男としての血が激しく滾っていくのを、もはや否定することは不可能だった。
驚くほどの熱量が身体を突き動かしていたのだ。

(そうだ……もう少しだ……! もう少しで、あと少しで オレは『男』に戻れる……!)

八割……いや、八割七分。間違いなく、あと一息で絶頂の扉を突き破れるところまで到達していた。
脳裏を焼く背徳の毒が身体の隅々まで行き渡り、失われていたはずの男としての生々しい本能が、指先を通じて力強く脈打っている。数年ぶりの感覚に胸が高鳴り、私はすがるような思いで必死に腰を揺らし 右手のひらを熱くした。

だが…… あと一歩のところで、残酷な限界が訪れる。

そこから先の、たった一割の境界線が、まるで立ち塞がる巨大な壁のようにどこまでも遠かった。

どれだけ脳内で歪んだ興奮を燃やし上がらせても、長年放置されてきた私の身体は、絶頂の境界線を越えるための最後の一線をどうしても跨ぐことができなかった。過熱していた血が まるで潮が引くように冷めはじめ、手のひらの中で、頼りなく硬度を失っていく肉体の虚しい感触が伝わってくる。

「……くそっ……」

喉の奥で、掠れた苦笑混じりの呟きが漏れた。

どんなに脳裏で艶めかしい妄想を膨らませようと、五十七歳という年齢と衰えきった現実は、容赦なく私を打ちのめす。どうしても、どう足掻いてもフィニッシュには至らない。その情けない現実に直面し、私は諦めてパジャマの中から手を抜いた。

暗闇にポツンと取り残されたような、何とも言えない虚しさと悔しさ。
しかしその一方で、冷めていく肉体の奥底には「これで良かったのだ」という安堵にも似た感覚が、どこかホッとしたように広がっていくのも事実だった。

自分はいったい何をしているのか……

こんな歪んだ妄想で興奮し、愛妻を勝手に生贄にして昂ろうとした己の浅しさへの戸惑いが、じわじわと胸を苛む。

(ごめんな 由希子、いや カアサン……)

壁一枚隔てた隣の部屋で眠っているであろう妻に対し、強い申し訳なさと愛おしさがこみ上げてくる。
自分は情けない夫だ。仕事の都合に振り回され、こんな異様な妄想に逃げ込むことしかできないのだから。

湧き上がる様々な感情が頭の中でぐちゃぐちゃに交錯し、渦を巻きながらも、肉体の疲労と精神的な消耗がどっと押し寄せてきた。
私は重い瞼を静かに閉じ、暗闇の底へと深く沈み込むように、いつの間にか微睡みの中へと落ちていった。


[28] Re: 妻の転職  dune :2026/09/19 (土) 20:05 ID:njOlyS3c No.33265
連休中にきっと更新してくださるとは思っておりましたが、なんと初日から長文の投稿をしてくださり、とても驚き、そして喜んでいます。内容も、M男の妄想が全開で、まるで自分を見ているようでした。素晴らしい!ありがとうございました☆ さてこの先、話がどう進むのか……楽しみにしております。

[29] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/19 (土) 22:09 ID:GiWMWAxw No.33266
八尾さん、更新どうもありがとうございます。
奥さんに重い荷物を負わしてしまったという後悔とは裏腹に
奥さんが副社長に寝取られる妄想に取り憑かれてしまい
ましたね。

一夜明けて、奥さんはどういう反応を示すのか?
相手の副社長が八尾さんの大手取引先の人間と奥さんは
知っているのですよね? だとすれば奥さんは八尾さんの
為に一肌脱ぐのでしょうか?

続きを楽しみにしています。


[30] Re: 妻の転職  セカンドベースマン :2026/09/20 (日) 00:11 ID:8FO3eSNY No.33268
更新お待ちしてました。
続きをよろしくお願いします。


[31] Re: 妻の転職  八尾 :2026/09/20 (日) 23:25 ID:plD6./9. No.33273
duneさん、小太郎さん、セカンドベースマンさん ご感想有難うございます。


10.

枕元のスマートフォンから流れる電子音のアラームで、私は目を覚ました。
画面の表示は午前七時三十分。
歳のせいか、最近はいつも五時台、早い時には三時や四時台に目が冴えてしまうことも珍しくない。これほど泥のように深く眠り、アラームに起こされたのは いつ以来だろうか。

頭の中は驚くほどすっきりとしており、全身を軽い爽快感が包んでいた。
だが、その快適な目覚めも束の間、意識が完全に覚醒すると同時に、昨夜の暗闇の中で繰り広げた毒々しい妄想と自らの愚行が、怒濤のように脳裏へと蘇ってきた。

(…… ゆうべ、オレは一体 何を考えていたんだ……)

湧き上がってきたのは、あまりにも強い自己嫌悪だった。
長年連れ添ってきた愛妻を、脳内で毒々しいメイクや妖艶なランジェリーで装わせ、他の男に差し出すような妄想をして一人で興奮していたのだ。しかも、最後は情けなく萎えてフィニッシュすらできずに終わったのだから、救いようがない。

私はたまらずベッドから起き上がり、深いため息をつきながら窓のカーテンを大きく開けた。
梅雨の合間の薄日が部屋いっぱいに差し込み、庭の樹木から聞こえる雀のさえずりが耳に届く。窓を開けると、湿気を含んだ朝の生温かい風が肌を撫でた。
その現実的な光景と音に触れると、昨夜の暗闇の中で蠢いていた歪んだ欲望や恐ろしい妄想は、まるで悪夢が霧散するように一気にくだらない戯言へと変わっていった。

(そうだ…… あんなのは深夜のテンションの狂気だ。 山口さんの話に翻弄されて頭がおかしくなって、寝つきまで悪くなっていただけなんだ……)

自分の中でそう無理やり整理をつけると、胸のつかえが少しだけ軽くなった。

自室のドアを少し開けると、階下のキッチンから、出汁の香ばしい匂いと味噌汁の湯気の気配がかすかに漂ってきた。そこにあるのは、間違いなく私が守るべき平和で温かな日常だった。

洗面所に移動し、鏡に向かってワイシャツの襟を整える。
鏡に映る自分の疲れた中年男の顔を見つめながら、私は心の中で固く決意を固めていた。

昨夜、唐突に「パートナー役」などという妙な話を持ち出して、由希子を余計に混乱させてしまった。
朝食の席で、きちんと彼女に“撤回”を伝えよう。

「昨日の話だけどさ、やっぱり どこか非常識だし、よく考えたら 断るのが当たり前だから、カアサンは気にしないで忘れてくれ」

そうハッキリと言えば、彼女も胸を撫で下ろすはずだ。
むしろ、夫としてそうするのが当然の筋というものだろう。

(よし…… ちゃんと伝えて、山口さんにはキッパリ断ろう)

腹を括り、洗面所のドアを開けようとした、その時だった。

「トウサン? おはよう……」

背後から、エプロン姿の由希子の声がした。

振り返った瞬間、昨夜の暗闇の中で悶々と思い描いた淫らな残像――深紅の口紅を引き、黒レースのランジェリー姿で 他の男の手にかかり、屈辱に濡れた瞳で喘ぐ由希子の姿が、鮮烈なフラッシュバックとなって脳裏を交錯した。

(っ……!)

強烈な恥ずかしさと底知れない罪悪感がこみ上げ、私は思わず彼女の顔を直視できず、視線を泳がせるように落としてしまった。
目の前にいるのは、いつもの素朴で愛くるしい妻だというのに、自分の頭の中が毒されているせいで、まともに目を合わせることすらできない。

「おっ…… カアサン、おはよう…… どうした?」

声を少し裏返らせながら、私は努めて平静を装って問いかけた。
彼女は流しのシンクに置いた手をタオルで拭きながら、どこか言いにくそうに視線を彷徨わせている。

「あっ、あの…… 昨日の話なんだけど……」

言いかけて、由希子は言葉を探すように小さな口を半開きにしたまま一瞬黙り込んだ。
私の方から「あの話はナシにしよう」と言い出そうとした矢先だったが、私は動揺を悟られまいと、まだ まともに彼女の目を見られないまま生唾を飲み込んだ。

「昨日の話? どうかした?」

「うん…… まだ、ちゃんとは答えられないんだけど」

そう言って、由希子は小さく息をついた。 その表情には、どこか固さと不安の色が色濃く影を落としている。

「ただ…… もし本当に、トウサンの仕事の役に立つんだったら…… その…… 前向きに考えてみてもいいのかなって」

「……え?」 

私は自分の耳を疑い、間抜けな声までが漏れた。

「いや、マジで……? カアサン、ホントに?」

「うん……でも、わたしなんかで本当にいいのかなって……」

うつむき加減に呟く由希子の顔を、私は凝視した。
由希子はタオルを握り締め直すと、申し訳なさそうに眉をひそめた。

「だって、そんな大事なお客様を迎える正式な場所でしょう? わたし、ちゃんとしたマナーなんてわからないし、うまく振舞える気がしないから……」

「あ、いや…… そこは…… まぁ、普通にお茶を飲んで、適当に笑顔で相槌でも打っておけばいいとは思うけど……」

「そうはいかないでしょう! わたしなんかが行ったら、かえってトウサンや相手の方に迷惑をかけたり、恥をかかせちゃったりするんじゃないかって…… 昨日の夜、ずっと考えてて……」

そう言った由希子の目元には、普段の柔らかい微笑みではなく、本気の戸惑いと、どこか痛々しいほどの緊張感が滲んでいた。

私は絶句した……

それは軽はずみな好奇心でも、単なる謙遜でもなかった。
彼女は昨夜、私が自室で愚かな妄想に耽っていた間も、本気で「夫の仕事や立場」のために自分に何ができるのかを悩み、胃を痛めるような思いで考えてくれていたのだ。

パート先での人間関係に疲れ果て、「どこかへ逃げ出したい」と漏らしていた彼女の姿が脳裏をよぎる。 職場では誰からも正当に評価されず、ただ揉め事に巻き込まれてすり減っていた由希子。
そんな彼女の心の奥底に、自分の存在が「誰かに必要とされている」「夫の役に立てる」という微かな自尊心の揺らぎがあったのかもしれない。

「カアサン…… 無理してまでやってほしいとか、オレは全然思ってないから」

私は努めて穏やかなトーンを装い、自分に言い聞かせるように言葉を重ねた。

「だから、全然 断ってくれてもいい話だし…… というか…… 実はオレも、今日山口さんに『やっぱり無理でした』って 断ろうと思ってたところで……」

由希子は黙ったまま視線を落とし、力なく口元に苦笑いを浮かべた。
だが、その笑みの奥には、ぬぐい去れない深い迷いと不安が、ゆらゆらと揺れているのが見えた。

「とにかく、急かさないし、絶対に無理だけはしないでくれよな。 オレのカオとか、仕事の都合とか、一切 気にしなくていいから…… でも、そこまで真剣に考えてくれたのは、本当にありがたいよ、というか 悪かったな……」

「うん…… わかった。 ありがとう、トウサン」

「いや、こちらこそ…… でもホント、ゆっくりでいいから、ゆっくりで……」

ダイニングに戻り、テーブルについたものの、味噌汁の味はあまりしなかった。
妻が自分のためにそこまで思い詰めてくれていたことへの申し訳なさと愛おしさが、胸に重くのしかかっていた。

同時に、こんな時はちょっとしたお返しとばかり、彼女のために何かできることを、と考えていた。

「で、カアサンは今日も例の『女特有の世界』に飛び込むの?」と私。

由希子は苦笑いを浮かべながら、

「うん まぁ…… あっ、でも今日はね、道の駅に入る日だから……」

「そっか、それならよかったな」

「あー、でもね…… この前テレビで紹介されてから、すごくお客さんが増えて忙しくなったんだよ」

「へぇ〜 そりゃ、大変だな……」とおおげさに驚く私。

「うん、でもなんだかんだ言っても、わたしは お店に出ているほうが 気が楽かな」

私的には、正直 半分以上は気に留める話でもなかったが、彼女が私の難題に対して 昨夜ずっと悩み考えてくれたことへのお返し とばかり、彼女の苦労話を聞く(フリだけでもする)ことによって、彼女の精神的な負荷の軽減を図っていたのだ。

こうして、重くのしかかっていた「パートナー役」の件で、ややもすれば重苦しい空気のまま家を出ることになるかもしれないと危惧していたのだが、私のささやかな気遣いが功を奏したのか、食卓にはいつもの静かで温かな時間が戻っていた。

妻の苦労に(いちおう)耳を傾け、他愛もない会話を交わせたことで、重荷を背負わせてしまった罪悪感は わずかに薄らぎ、私の中で『夫としての責任は果たせた』という妙な安堵感が広がっていたのだ。

だが……

家を出て、駅へ向かう通勤電車の揺れに身を任せていると、思考の裏側から、じわりと別の感情が鎌首をもたげてきた。

(由希子が「前向きに考えている」ということは?)

昨夜、あれほど恐れ そして愚かにも興奮してしまった「他の男の隣に立つ愛妻」という禁断のシーンに、現実が確実に一歩近づいたということではないか。

(おいおい…… 待て待て。 何を考えてるんだ オレは!!)

頭の中で必死に打ち消そうとする。 しかし、理性の制止をあざ笑うかのように、私の身体は残酷なほど素直だった。
ワイシャツの胸元が息苦しくなり、背筋にぞくぞくとした怪しい痺れが走り抜ける。下腹部の奥底が、じわりと熱を帯び始めていた。
由希子の健気な優しさに毒気を抜かれたはずなのに、その優しさが巡り巡って、己の狂った欲望の引き足を引こうとしている。

(オイオイ! バカなことを考えるな……)

私は駅から会社までの道をいつもよりも早足で歩き、逃げ込むようにオフィスへと足を踏み入れた。

午前中は幸いにも、チームの進捗会議や来期の予算調整など、息をつく暇もないほど打ち合わせが詰まっていた。頭と身体を強制的にビジネスモードへと切り替えることで、どうにか頭の中の邪念を追い払うことができた。

午前十一時半を過ぎ、ようやく自席に戻ってメールチェックを終えた時のことだ。
デスクの隅に置いた社用スマートフォンが、ブッと短い振動と共に鳴り響いた。

ディスプレイに表示された名前を見て、私の心臓が跳ねた。

『ネオプレシス山口』

(……来たか)

私はゴクリと唾を呑み込み、少し喉を整えてから通話ボタンをスライドさせた。


[32] Re: 妻の転職  ヤマト隊長 :2026/09/21 (月) 02:01 ID:HYvzVZxY No.33274
連休中の連続の更新ありがとうございます
とうとうその日に向けて動き出してきましたね
やっぱり奥さんは真面目な方なんですね
気になるのは、旦那さんが思うようになぜ奥さんにその役をどうしてもさせたいのかですよね、
作中に奥さんの容姿について、愛嬌のある笑顔がとありましたが、
八尾さんの中で芸能人とか特定のイメージされている方はいらっしゃるのでしょうか?
もしイメージの方がいらっしゃるのでしたら、教えていただけたらありがたいです
更新本当に楽しみにしております。


[33] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/21 (月) 04:54 ID:uz3QG9zI No.33275
八尾さん、更新どうもありがとうございます。

奥さん、やっぱり八尾さんの為に一肌脱ごうと考えていたのですね。
八尾さんを思い遣る奥さん、優しいですね。
奥さんの方から八尾さんに前向きに考えると言ったという事は
もう奥さんの中では覚悟が出来ているのではないでしょうか?
山口さんからのフォローの電話に八尾さんも前向きに答える
のでしょうか?

続きを楽しみにしています。


[34] Re: 妻の転職  dune :2026/09/21 (月) 07:46 ID:ZUTpgC.g No.33277
連日の投稿、ほんとに驚きました。ありがとうございます。
うるわしい夫婦のやりとりに心がほっこりしましたが、山口氏にはしっかりテコ入れしてくれ、と期待します。


[35] Re: 妻の転職  勝手に妄想 :2026/09/21 (月) 08:32 ID:4r.OMAD2 No.33278
どうせありへん世界を描くならぶっ飛んで、毒のある世界を描いて頂きたいものです。
奥さんが徐々に心を病んで変わってていく、性犯罪者に堕ちるような世界を願いたいです。



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