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妻の転職

[1] スレッドオーナー: 八尾 :2026/08/11 (火) 20:41 ID:OnlBOyrY No.33067
1.

私、八尾和徳、五十七歳。
どこにでもいるようなサラリーマンであり、自分で言うのも変だが、典型的なオッサンだと思う。とは言っても“オッサン体型”というほどではく、他人からも年齢よりも少し若く見られているくらいだ。
身長は一六四センチの中肉中背で、健康診断でも血圧に黄色信号が灯りかけている程度、このまま本格的に赤信号へ突入するのはさすがに嫌なので、最近は意識的に帰宅後にウォーキングを始めた。

勤務先は中堅の電子機器メーカーの国内営業部で、一応は東日本地区の法人開拓チーム長という肩書がある。とはいえ、年収六百五十万ほどの平穏なポジションだ。
同期や後輩が順調に出世していくのを横目に、すでにレースからは外れた身として、マイペースに日々をこなしている。

我が家の一人息子 雅弘 二十六歳 も すでに独立して県外勤務の一人暮らしをしており、今は三つ下の妻 由希子と二人きりだ。自分でも少々照れ臭いが、私はかなりの愛妻家だと思う。

ただ、その「愛しさ」と「男としての自信」は、ここ最近うまく噛み合っていない。

気がつけばセックスレスになって約十年ほどが過ぎていたが、最近になって急に EDの兆候が現れ始めたのだ。
愛する妻を目の前にしながら、情けなく萎えていく己の肉体。不甲斐なさと焦燥感が、ふとした瞬間に胸の奥を重く押し潰す。

そんな私は、夕食を終え、風呂も済ませ、パジャマ姿でリビングのソファに腰を下ろしてテレビ画面に釘付けになっていた。

六月に入り、プロ野球はセ・パ交流戦の時期を迎えていたのだ。

この時期になると、普段は対戦することのないセ・リーグとパ・リーグのチームが顔を合わせるので、私はレギュラーシーズン以上にテレビ中継が気になってしまう。

今夜もそうだった。

別に熱狂的なファンというほどではないのだが、昔から応援している贔屓チームがある。勝てばもちろん嬉しいし、負ければ翌朝まで少し気分が悪い。

贔屓チームは交流戦で、目下三連勝中。
そして今夜の相手はパ・リーグの強豪だった。
否が応でも私は期待をするしかなかった。

ところが贔屓チームの今夜の試合は、一点差のビハインド。
何度か巡ってきた得点チャンスを、ことごとく逃してしているのだ。七回裏もそうだった。

「あぁ〜、なんだよ! またダメかぁ〜。今日も負けだな」

缶ビール(発泡酒)片手に、ため息とともに思わず声が出た。
選手に文句を言っているわけではない。五十七歳にもなって、テレビの前で野球に腹を立てても仕方がないことくらい、私だってわかっている。
それでも、長年応援しているチームの試合となると、つい感情が入ってしまう。

そして、まるで私のガッカリした気持ちをあざ笑うかのように、画面はCMに切り替わった。

私はふっと背後を振り返った。
夕食後の食器を洗い終えた妻の由希子が、ダイニングの椅子に座っていた。

私たちは結婚して二十七年になる。
由希子は昔から家事をきちんとこなす女だった。特別几帳面というわけではないが、やるべきことはきちんとやる。仕事もそうだし、家のこともそうだ。

その由希子が、今夜は少し変だった。

ダイニングテーブルの上に置いたスマートフォンを両手で持ち、画面をじっと見つめている。

いつものようにテレビを眺めながら、私と適当に会話をしている様子ではない。
それどころか、眉間にほんの少し皺を寄せ、真剣な表情で画面を追っていた。

私はCMが終わるのを待って、再びテレビに向き直った。

やがて野球中継が再開される。

私は再び試合に集中しようとした。

しかし……
どういうわけか、視線の端に映る由希子の姿が気になった。

(そういえば……)

ここ一週間くらいだろうか。
いや、十日ほど前からだったか。
いや、もしかすると、もっと前からかもしれない。

由希子がスマホを見る時間が、妙に増えている気がする。
もっとも、私が見えている範囲だが。

朝、出勤前に私が身支度を整えている時。
休日の昼間、家事が一段落したとき。
夕方、私が会社から帰ってきたあと。
そして今のような、夕食後の団欒の時間にも。

もちろん、スマホを見ること自体は珍しいことではない。

私だってニュースを見たり、天気予報を確認したりする。
YOUTUBEだって、贔屓チームの応援サイトだって覗くこともある。

だから、それまでは特に気にも留めていなかった。

ただ……

最近の由希子は、何かを楽しんでいるというより、何かを探しているように見える。

(何かあるのかな?)

そう思ったときには、もう私は口にしていた。
試合はそっちのけで。

「なぁ、最近スマホばっかり見てない? 何か面白いサイトでも見つけた?」

由希子は顔を上げなかった。

「うーん…… 別に、というか、ぜんぜん面白くないよ」

彼女は そう言って、少し間を置いた。


[21] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/12 (土) 21:33 ID:xbi27O3Y No.33237
正に断れない、取引先の山口さんからのお願い。
副社長にもすぐ報告されてしまいますから、今後の商売の
付き合いに大きな影響が出る案件になってしまいましたね。
奥さんを他の男に差し出すという八尾さんの寝取られ性癖に
火を付け、奥さんをどうやって説得するのか?

続きを楽しみにしています。


[22] Re: 妻の転職  セカンドベースマン :2026/09/13 (日) 02:12 ID:1QRtNAoY No.33239
お待ちしてました。
この先の展開が気になります。続きを楽しみにお待ちしています。


[23] Re: 妻の転職  八尾 :2026/09/17 (木) 15:25 ID:qfpuiOeE No.33256
小太郎さん、セカンドベースマンさん 感想有難うございます。


8.

自社に戻り 残務を整理し、定時を過ぎて 帰路に就くまでの間 ずっと、そして混み合う通勤電車に揺られている間も、私の頭の中には山口とのやり取りが絶え間なくリフレインしていた。

(山口さんも相当追い詰められているんだろうな…… それにしても、五十七にもなって、なんでオレがこんな妙な板挟みに遭わなきゃならないんだ)

車窓の暗闇に映る自分の疲れた顔を見つめながら、私は溜め息を殺した。

(なぜ、あの場ですぐにはっきりと断らなかったんだ……)

込み上げてくるのは、自分に対する強い自責の念だった。
先月の大幅な恩を盾にされたとはいえ、由希子を巻き込むような話だ。 本来なら、その場で毅然と断るのが夫としての筋というものだろう。

家について由希子に言わなくてもいいのではないか。いっそのこと 何も言わず、明日 山口に「妻に聞いたが、絶対に無理だと一蹴された」と嘘の報告をすれば済む話ではないか。
そんな考えも頭をよぎった。

だが、長年付き合ってきた山口のあの切羽詰まった顔を思い出すと、どうしてもそこまで腹を括りきれない。
とりあえず、話すだけ話してみよう。どうせ由希子だって「そんなの無理に決まってるじゃない」と呆れて断るに違いない。妻からの「NO」という確実な答えを手に提げて、それをそのまま山口に返せばいい。

そう自分に言い聞かせると、胸のつかえが少しだけ軽くなった気がした。

しかし……

理屈ではそう納得させながらも、本当にそれで良いのだろうか、この手で完全に摘み取ってしまうことが、どこか惜しいような、そんな恐ろしい感情が渦巻いていたのも事実である。

一度 芽生えてしまった「他の男の隣に立つ愛妻」という禁断の想像……

事務所のデスクで感じたあの下腹部の熱さ、背筋を走ったゾクゾクするような痺れ。断る理由を探しながらも、どこかで「万が一、由希子が受け入れたら……」という密かな期待を捨てきれていない自分がいるのも確かだった。

もちろん、こんなものは一時的な気の迷いであり、本意であるはずがない。 夫としてあってはならない邪心だ……
そう頭では理解しつつも、自分の抑えきれない歪んだ欲望に戸惑いながら、私は我が家の玄関をくぐった。

「ただいまー」

「お帰りなさい お疲れさまー」

いつもの我が家の玄関。いつもの由希子の出迎え。
いつも通りに振る舞う私に、由希子もまた、何の疑いもなく微笑みを返してくれた。
漂う出汁の匂いと、その無防備な妻の笑顔に、私はどこかホッと毒気を抜かれるような気がしていた。 長年かけて築いてきたこの穏やかで愛おしい日常の中に、異物のような「外の」話を持ち込もうとしていることに、ちくりとした微かな罪悪感が走ってしまった。

我が家の夕食は、派手さはないがいつも温かい。
今夜の献立は、カレイの煮付けと、大根や人参、里芋を合わせた根菜の炊き合わせだった。
じっくりと味が染みた煮物の香り、白い湯気の名残、そしてテレビから流れる どこか気の抜けたバラエティ番組の音。

我が家の一人息子が独立して以来、この平凡な食卓が二人の日常だった。
会話が途切れることのなかった若い頃とは違い、特に何もない夜は、ぽつり、ぽつりと交わされる言葉くらいしかない。だが、五十七歳と五十四歳の夫婦など、どこもこんなものだろう。 この適度な距離感と静けさが、私にとっては心地よかった。

夕食を終え、由希子が湯呑みや皿を重ねて片づけ始める手元を眺めながら、私はまだ切り出すべき言葉とタイミングを迷っていた。

その時、廊下のインターホンパネルから、電子音のブザーが鳴った。

『お風呂が沸きました』

「あっ、お風呂沸いたみたいだけど、ウォーキング行く?」

由希子が手を止め、ちらりとこちらを見た。
私は返事の代わりに、わざとらしく小さく咳払いをした。

「あー…… いや、今日はやめとく それよりカアサン、ちょっと聞いてほしいことがあって……」

声が少し固くなってしまったかもしれない。
由希子は洗剤の泡がついた手を止め、首をかしげた。

「なに? あらたまって…… なんか怖いんだけど」

クスクスと悪戯っぽく笑う由希子。
ただ いつもは食後にウォーキングに出る私が、今日は出ないことに少々違和感を抱いたのかもしれない。

私は引きつった笑みのまま「いや、そんな大層な話じゃないんだけど…… でも、ちょっと真面目な話かな」と付け加えると、彼女の眉がわずかに寄った。

我が妻の“悪い予感”センサーは、昔から妙に鋭い。

「なにかあった?  もしかして……外壁のこと?」

由希子の声が、一転していささか弾んだ。

築二十年を超えた我が家の外壁塗装について、彼女はここ最近「そろそろ塗り直さないと雨漏りとか ひび割れとか 心配よね」と事あるごとに口にしていたのだ。
私が自ら 彼女にその話題を振ったのだと思い、期待したのだろう。

「いや……ごめん、違う。 仕事の事と言えば、仕事の事なんだけど……」

「え? あっ、お仕事?」

「うん、まぁ…… 仕事っていうか、取引先絡みの…… ちょっと変わった相談……みたいな感じかなー」

私はテーブルの上のリモコンを取り、テレビの音量を少し下げた。
画面の中ではお笑い芸人が大げさに転んだりして笑いを取っていたが、その滑稽さすら今の私には遠い世界の出来事に思えた。

「もし仮にさ…… あっ ホントに“たとえば”の話として聞いてほしいんだけど」

私はなるべく軽いトーンを装いながら、ダイニングチェアに腰を下ろした彼女の目を覗き込んだ。

「カアサンが、誰かの“パートナー役”を一時的に引き受けてほしいって言われたら、どう思う?」

「……は?」

由希子の表情が、完全に固まった。

「パートナー役? 何それ。 何のパートナー? え? どういうこと?」

「だから、フォーマルな場に同伴者として行くってだけのアテンドの話。 見た目上の話であって、パートナーと言っても、実際には何の関係もない、夫婦でも恋人でもない…… あくまで体裁としてね。 もちろん、当たり前のことだけど、本物の夫婦とか恋人とか じゃないから、男女のそういう関係には まったくならないわけだけど……」

「ちょっと待って、全然ついていけないよ…… それって誰が? 私が? 誰のパートナー? トウサンの?」

「まぁ……うん。カアサンが……だね。 あっ、相手はね、オレじゃなくて、先方の……というか、いつもお世話になってる大口の取引先の、副社長さんなんだけど」

由希子の口が半開きになったまま、数秒間、完全にフリーズした。
それからゆっくりと目を細め、眉間に深いシワを寄せて返してきた。

「え? ますます、意味がわからないんだけど…… どういうこと?」

「うーん、まぁ、オレも よくわからないまま話してるんだけどさ……」

私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「もぉ!なにそれー」 

と、由希子は呆れたように薄笑いを浮かべ、

「というか、冗談でしょ?  これ、何かのドッキリ?  パートナーって…… 五十代のオバサンだよ? わたし……」

「違うって。 この話はドッキリでも冗談でもなくて…… これ、本当にマジな依頼というか、正式な“相談”として、今日 その取引先から持ちかけられたんだ」

私はできるだけ平静を保ちながら、今日の午後にネオプレシス社の応接室で山口と交わしたやり取りを、順を追ってゆっくりと説明した。

・スイスの精密機器協会の理事長夫妻が来日すること。
・ホスト役は和徳の勤める会社の大口の取引先であるネオプレシスという会社の副社長 森本氏であること。
・彼は和徳と同い年、いろいろあってバツイチであること(ここは少々茶目っ気を混ぜて)
・プロトコル上、理事長夫妻をアテンドする同伴の女性が必要だが、社内事情やコンプライアンスで誰も立てられないこと。そして、理事長夫人の年齢に合う、落ち着いた女性を探していること。

由希子は黙ったまま、テーブルの上に両肘をつき、顎を乗せてじっと私を見ていた。

「……それで? どうして わたしに?」

「いやぁ、どうやら、以前その取引先との懇親会か何かで、誰かが「八尾さんの奥さんは品があって素敵だ」とか「人当たりが良い」とかって言っていたらしくて。 それを担当の山口さんって人が覚えていて…… 彼は、ふと その話を思い出したんだって……」

私は少し言葉を濁しながら答えた。

「えーっ!? 上品って……わたし!? ただの地味なオバチャンじゃない! 誰よ! そんなテキトーなことを言ったのは……」

その由希子の口調があまりにもノリが良さそうな軽い感じだったので、私は思わず、

「いや、先方がそう言うんだ…… 綺麗だとか美人だとか…… よくも まぁ、って感じだよなー」

と、思わず色を付けてしまった。

言った瞬間、何を自分から乗せようとしているんだ、と胸がチクリとしたが、口から出た言葉は戻らない。

「あーっ!トウサン! もぉ! 見る人が見たら違うのかもよ? なぁーんて……  フフッ……」

由希子は思わず吹き出し、座ったままで自分の姿を見下ろした。

今日の装いも、いつもの綿シャツに、少し伸びきったネイビーのパンツ。
足元の靴下には、彼女が日々ささやかな楽しみにしている帰宅後の庭いじりでついた、うっすらとした草ジミの跡が残っている。
どう見ても、どこにでもいる普通の主婦の部屋着だ。

だが、由希子は自嘲気味に笑いながらも、無意識のうちに自分の髪を指先でそっと整え、シャツの襟元に手をやった。

ほんの一瞬、彼女の瞳の奥に「一人の女性として褒められた」ことに対する、少女のような照れと戸惑いが交錯したのを、私は見逃さなかった。
長年連れ添った妻の中に、久しく忘れていた「女」の顔が垣間見えた気がして、私の胸が軽く跳ねた。

「でもトウサン、それって…… 私を“奥さん役”として、その取引先に貸し出すってこと?」

「そんなふうに言うなよ。 貸し出すとか、そういう話じゃなくて……」

私は慌てて手を振った。

「あくまで一日か二日限りの、一時的な“付き添い”だから。 取引先のゲストの奥さんを連れて、観光地を少し案内してお茶を飲んだり、夜はホテルでのパーティーに同席するとか。それだけのことらしいし」

由希子はしばらく黙っていた。
自分の前に置かれた湯呑みをじっと見つめながら、そっと小さな息を吐く。

「なんだか…… 話が急すぎて、頭が全然ついていかないよ」

その声には、私を責める色はなかった。
怒りでも、呆れでもない。
ただただ突拍子もない話に対する戸惑いだけが、深く滲んでいた。

「だよな…… ま、そういう妙な話があったってことでさ……」

私も、それ以上言葉を重ねて説得するような真似はできなかった。

音量を下げたテレビから小さく漏れる笑い声だけが、ぽつんとリビングに響いている。由希子は手元の湯呑みをじっと見つめたままで、私もまた彼女と目を合わせることができずにいた。

いつもの細やかな団らんだったはずなのに、何かが違う。
部屋の中の空気が、ほんの少しだけ重く、密度の高いものに変わっていた。


[24] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/17 (木) 16:54 ID:6pH/yMog No.33257
さすがに八尾さんの大手取引先の副社長案件だけあって
奥さんも二つ返事で断る訳にはいかないと感じているので
しょうね、八尾さんの説明に戸惑ってますね。
ここで奥さんの気持ちをもう一押しする為に、転職に絡めた
提案にするのでしょうか?
続きを楽しみにしています。


[25] Re: 妻の転職  ヤマト隊長 :2026/09/17 (木) 18:13 ID:GItkYABw No.33258
とても面白い、興味をそそられるお話しです
私も年齢が近い夫婦でもあるので、余計この先のお話しが楽しみです
奥さんの語り口調が妙にリアルなのも何か、感情移入してしまいます
更新を楽しみに待っております。


[26] Re: 妻の転職  dune :2026/09/17 (木) 22:20 ID:g9cdoZ7w No.33261
いよいよ《由希子》さんが登場。きっとこの話を引き受けて下さいますよね。この先がとても楽しみです。

[27] Re: 妻の転職  八尾 :2026/09/19 (土) 15:07 ID:Yctq0E0Y No.33263
小太郎さん、ヤマト隊長さん、duneさん ご感想有難うございます。


9.

「じゃあ、オレ 風呂入ってくるわ!」

「あら、ウォーキングは?」

どこか別の話題へと切り替わるのを待っていたかのように、むしろ救われたような明るい声で由希子が尋ねてきた。

「今日は…… なんか疲れたから、やめとくよ」

疲れなんかよりも、とてもそんな気分になれるはずもなかったのが本音だ。
重苦しい空気から逃げるように、私は背中を向け、そそくさと浴室へ向かった。

熱い湯船に首まで深く浸かり、溜め息をひとつ吐き出す。
ゆらゆらと揺れる湯面と、天井から滴り落ちる水滴を見つめながら、私は自分の取った浅はかな行動を何度も反芻していた。

本当に、我が家にまでこんな異様な話を持ち込んで、妻を惑わせるべきだったのだろうか?
いや それどころか、自社に持ち帰る検討すら待たず、あの冷房の効いたネオプレシス社の応接室で、山口に対してキッパリと「不可能です」「ムリです」「お断りします」と突っぱねておくべきだったのではないか。

世話になっている山口が どれだけ「国際基準のフォーマルなアテンド」と言い繕おうと、他人のプライベートや夫婦の聖域に踏み込んだ異質な依頼であることに変わりはない。
由希子は今頃、リビングで動揺しているはずだ。
彼女は彼女でパート先でのドロドロとした人間関係に嫌気がさし、「仕事」や「対人関係」という言葉そのものに過敏になっている時期でもある。
自分がどう思われているのか、夫のためにどう振る舞うべきなのか…… もしかしたら、一人で頭を抱え込ませてしまったのではないか。

それにしても……。

取引先の営業担当の妻を、代表者のパートナーとして社交の場に立てるなど、やり方を間違えれば 第三者の目には極めて歪で妙な色合いに映るはずだ。
コンプライアンスやハラスメントと騒がしい このご時世、いくら表向きは交流のある個人間、いわゆる「友達」の善意の協力であったとしても、無用な誤解を生まない、という保証など どこにもないのだから。

私は湯の中に沈めた自分の両手を見つめた。
いつの間に、こんなにも歳をとってしまったのだろう。
水にふやけた指先の節々に深く刻まれたシワが、逃げ場のない己の衰えと年齢を容赦なく突きつけてくるようだった。

風呂から上がると、脱衣所の前で入れ替わりに風呂へ向かおうとする由希子の気配がした。

「お湯加減、どうだった?」

「ああ、ちょうどよかったよ…… じゃあ、お先に…… おやすみ」

互いに視線を合わせきれず、いつになくぎこちない言葉を交わして、私は逃げるように自分の寝室へ向かった。

その後、風呂から上がった由希子も、いつになく静かに自室へ入っていったようだった。
家の中はしんと静まり返り、表面上はいつもの平穏が戻っているように感じられた。

自室で ベッドに入り、部屋の明かりを消しても、瞼の裏に眠気が訪れる気配は一向になかった。

暗闇の中で一人 天井を見つめていると、昼間に山口から浴びせられた言葉と、先ほどリビングで戸惑っていた由希子の無防備な素顔が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。

(おもてなし…… 社交の場…… 最高級ホテル…… カリスマ副社長……)

ゆっくりと目を閉じると、眩いシャンデリアの光の下、華やかなイブニングドレスに身を包んだ由希子の姿が、不意に鮮明な映像となって脳裏に浮かび上がった。

普段の素朴なボブヘアを結い上げ、首筋を見せた由希子。
その隣には、自分と同い歳でありながら洗練された仕立てのいいタキシードを纏う森本副社長が立っている。二人はワイングラスを片手に、外国人の前で洗練された笑みを交わしているのだ。
そして…… 由希子の腰には、森本の片手が自然に回されている。それが悔しいほど美しく、二人の姿に何の違和感もないのだ。

(ダメだろ…… やめろ…… バカな想像をするな……)

自責の念と恐ろしい想像への拒絶反応。
だが、その葛藤のすぐ裏側を、背筋をすーっと撫でていく怪しい痺れが走り抜けた。

(そんなことになってほしくない、由希子には行ってほしくない、いや行かせない)

頭で強く否定すればするほど、その禁断の痺れは全身の細胞を麻痺させるように広がっていく。

気づけば妄想はさらに深く、悪魔的な物語へと加速していた。
まるで幼い頃に読んだ おとぎ話の「生贄」のように、自分の会社での立場や先月の大商いの代わりに、愛する妻が悪魔の城へ差し出されていく光景。

豪華なホテルのスイートルーム。照明を落とした静寂の中、巨大なベッドの脇に呆然と立ち尽くす由希子の姿があった。

身体に纏わされているのは、普段の彼女なら絶対に選ばないであろう、肌を過剰に透かす艶めかしいレースの黒いランジェリー。 
それだけではない。
いつもの素顔に近い控えめなメイクとは一変し、その顔には毒々しいほど攻撃的な塗りが施されていた。
夜の闇に妖しく浮き立つ、血のように爛れた深紅の唇。切れ長な目元を冷たく強調する細いアイラインと、落ち窪んだ陰影を作る濃いアイシャドウ。
おそらく森本や山口の手によって、逃げ場を奪われたまま 半ば強引に着せ替えられ、塗りつぶされたのだろう。

意図せぬ淫靡で娼婦のような姿に晒され、恥じらいと困惑に震える由希子の表情が、暗がりの中で嫌に生々しく浮き彫りになる。

そして、その光景を ただ指をくわえて物陰から見ていることしかできない、無力で情けない夫としての自分。

己の惨めさと無力さを噛み締めるほどに、不思議なことに脳髄を刺すような背徳の歓喜が突き上げてくる。

(おぃ! 嘘だろ…… オレ…… こんなことで……?)

数年すっかり影を潜めていたはずの、下腹部の奥底にあった熱い塊が、じわりと、力強く蠢き始めていた。
驚きと戸惑いの中、私の右手は吸い寄せられるようにパジャマの中へと潜り込んでいた。

手応えがあった……

完全ではないにしろ、パジャマの上からでもはっきりと分かるほどの弾力を取り戻した砲身を、私は震える指先で静かに撫で擦った。

(カアサン…… そっちに行ったらダメだ、戻ってきてくれ……)

情けなさと戸惑い、それを遥かに凌駕する背徳の予感。
暗闇の中でゆっくりと目を閉じ、私は喉を鳴らして息を呑んだ。

「そんなはずはない」「あってはならない」と良識ある夫としての理性を必死に働かせれば働かせるほど、脳裏には残酷なほど最悪で美しいシナリオばかりが鮮明に浮き彫りになっていった。

行ってほしくない。他人の男のもとになど、口が裂けても行ってほしくなどないのだ
……

しかし、その強い拒絶の裏側で、己の醜い欲望が蠢いているのを私は感じていた。

もしも、あの洗練されたカリスマ副社長の腕の中で、自分など一度も引き出してやれなかった由希子の「女」としての悦びが開花してしまったら――。
長年連れ添い、性的な対象としては枯れ果てたはずの妻が、他人の男の情熱によってみっともなく乱され、雌としての歓喜に打ち震える姿。自分には決して見せない淫らな表情でその男を受け入れ、与えられた欲望に溺れていく光景。

その時、脳裏の由希子が、過激なランジェリーと毒々しいメイクに包まれた姿のまま、ゆっくりとこちらを振り返った。
罪悪感に押しつぶされそうな、痛々しいほど申し訳なさそうな表情。その瞳に涙を浮べながら、彼女は艶のある毒々しい深紅の唇をかすかに震わせ、静かに囁いたのだ。

「トウサン…… ごめんなさい……」

私に対する断腸の思いを残したまま、彼女は静かに私へ背を向け、暗がりの中へと去っていってしまう……

夫としては絶望であり、破滅そのもののはずのイメージ。
しかし、その切なすぎる裏切りと、屈辱・背徳に塗れた最悪のイマジネーションこそが、私の興奮を極限のピークへと跳ね上げる。
皮肉にも、長年眠っていた私の男としての本能を、強烈な毒のように侵し、覚醒させていった。

(やめろ…… 頼むから行かないでくれ…… カアサン、いや 由希子……)

引き留めたいという愛おしさと、その先にある禁断の蜜を覗き込みたいという淫靡な飢餓感。
相反する二つの感情が脳内で渦を巻き、胸を締め付けるほどの切なさと共に、下腹部へとなだれ込んでいく。

(こんなことをしてはいけない)と、頭では わかっていながら、裏切られる恐怖と歪んだ快楽を自ら確かめるように、私は惨めでネガティブな妄想を何度も何度も、中毒者のように反芻するしかなかった。

(行け…… いや、行かないでくれ……頼むから…… 由希子…… オレ以外の男のところに…… 行かな…… 行ってくれ……)

暗闇の中、熱く硬度を増していく己の愚かな肉体を握り締めながら、私は必死に手のひらや指先を動かし、喉を鳴らして深く息を吐き捨てた。

長い間 忘れていた 男としての血が激しく滾っていくのを、もはや否定することは不可能だった。
驚くほどの熱量が身体を突き動かしていたのだ。

(そうだ……もう少しだ……! もう少しで、俺は『男』に戻れる……!)

八割……いや、八割七分。間違いなく、あと一息で絶頂の扉を突き破れるところまで到達していた。
脳裏を焼く背徳の毒が身体の隅々まで行き渡り、失われていたはずの男としての生々しい本能が、指先を通じて力強く脈打っている。数年ぶりの感覚に胸が高鳴り、私はすがるような思いで必死に腰を揺らし 右手のひらを熱くした。

だが…… あと一歩のところで、残酷な限界が訪れる。

そこから先の、たった一割の境界線が、まるで立ち塞がる巨大な壁のようにどこまでも遠かった。

どれだけ脳内で歪んだ興奮を燃やし上がらせても、長年放置されてきた私の身体は、絶頂の境界線を越えるための最後の一線をどうしても跨ぐことができなかった。過熱していた血が まるで潮が引くように冷めはじめ、手のひらの中で、頼りなく硬度を失っていく肉体の虚しい感触が伝わってくる。

「……くそっ……」

喉の奥で、掠れた苦笑混じりの呟きが漏れた。

どんなに脳裏で艶めかしい妄想を膨らませようと、五十七歳という年齢と衰えきった現実は、容赦なく私を打ちのめす。どうしても、どう足掻いてもフィニッシュには至らない。その情けない現実に直面し、私は諦めてパジャマの中から手を抜いた。

暗闇にポツンと取り残されたような、何とも言えない虚しさと悔しさ。
しかしその一方で、冷めていく肉体の奥底には「これで良かったのだ」という安堵にも似た感覚が、どこかホッとしたように広がっていくのも事実だった。

自分はいったい何をしているのか……

こんな歪んだ妄想で興奮し、愛妻を勝手に生贄にして昂ろうとした己の浅しさへの戸惑いが、じわじわと胸を苛む。

(ごめんな 由希子、いや カアサン……)

壁一枚隔てた隣の部屋で眠っているであろう妻に対し、強い申し訳なさと愛おしさがこみ上げてくる。
自分は情けない夫だ。仕事の都合に振り回され、こんな異様な妄想に逃げ込むことしかできないのだから。

湧き上がる様々な感情が頭の中でぐちゃぐちゃに交錯し、渦を巻きながらも、肉体の疲労と精神的な消耗がどっと押し寄せてきた。
私は重い瞼を静かに閉じ、暗闇の底へと深く沈み込むように、いつの間にか微睡みの中へと落ちていった。


[28] Re: 妻の転職  dune :2026/09/19 (土) 20:05 ID:njOlyS3c No.33265
連休中にきっと更新してくださるとは思っておりましたが、なんと初日から長文の投稿をしてくださり、とても驚き、そして喜んでいます。内容も、M男の妄想が全開で、まるで自分を見ているようでした。素晴らしい!ありがとうございました☆ さてこの先、話がどう進むのか……楽しみにしております。

[29] Re: 妻の転職  小太郎 :2026/09/19 (土) 22:09 ID:GiWMWAxw No.33266
八尾さん、更新どうもありがとうございます。
奥さんに重い荷物を負わしてしまったという後悔とは裏腹に
奥さんが副社長に寝取られる妄想に取り憑かれてしまい
ましたね。

一夜明けて、奥さんはどういう反応を示すのか?
相手の副社長が八尾さんの大手取引先の人間と奥さんは
知っているのですよね? だとすれば奥さんは八尾さんの
為に一肌脱ぐのでしょうか?

続きを楽しみにしています。


[30] Re: 妻の転職  セカンドベースマン :2026/09/20 (日) 00:11 ID:8FO3eSNY No.33268
更新お待ちしてました。
続きをよろしくお願いします。



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・誹謗中傷には大人の良識に反するような「汚い言葉」等も当然含まれます。
・規約違反や違法な投稿を発見した場合に、レス投稿で攻撃することは厳禁です。(即時削除)
・規約違反や違法な投稿を発見した場合は、管理人宛に削除依頼等でご連絡ください。
・この掲示板は体験談や小説、エロエロ話等を楽しんでいただくための掲示板ですので、募集を目的とした投稿は厳禁です。(即時削除)
・投稿文冒頭から「メールをください」等の記載がある等、明らかに募集目的のみと思われる投稿も厳禁です。(即時削除)
・ただし、レスの流れの中でメールのやり取りをするのは全く問題ありません。
・ご夫婦、カップルの方に限り、交際BBSと組み合わせてご利用いただく場合は、全く問題ありませんのでドンドンご利用ください。
・なお、交際専用BBSにスレッドを作成できるのはご夫婦、カップルの方のみですのでご注意ください。
・お手数ですが、交際専用BBSと画像掲示板とを組み合わせてご利用いただく場合は、必ずその旨を明記してください。
 【例】「交際BBS(東・西)で募集している〇〇です」、または「募集板(東・西)の No.****** で募集している〇〇です」など。
・上記のような一文を入れていただきますと、管理人が間違ってスレッドを削除してしまうことが無くなります。
・万一、上記内容に違反するような投稿をされた場合は、妻と勃起した男達の各コーナーのご利用を制限させて頂きますでご注意ください。
・当サイトは安全で安心できる楽しい「大人のエロサイト」です。腹を立てるのではなく、楽しくチ●ポを勃ててくださいネ!