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ウェディングドレスの妻

[1] スレッドオーナー: 佐山 :2025/10/25 (土) 02:07 ID:fm1CrgoQ No.32402
『なんでも体験告白』から移りました リライト版です。

◇登場人物

・私、佐山康則(58歳)電機メーカー勤務
 身長165p 明るい性格 腰痛、肩こり、下戸 のイメージ  
 趣味は映画・スポーツ鑑賞、ハイキング

・妻、佐山幸代(旧姓伊藤)(55歳)スーパーでレジや品出しのパート社員
 身長158cm、普通体系 黒髪、肩にかかるボブ、ナチュラルメイク、
 スニーカー、靴下、自転車、ブランドよりもトップバリューのイメージ
 趣味は庭いじり 綺麗よりも笑顔が愛らしい可愛い系

・私たち夫婦は、結婚30年、シニアらしい平凡でのんびりとした普通の暮らし

・子供(長男:大樹(28歳)、長女:里奈(26歳))ともに成人未婚、県外勤務


◇本文 〜特に同年代の男性の方に自分に置き換えて読んでいただきたい〜

5月終わりの頃……

爽やかな風が、薄く開け放った掃き出し窓から部屋に入り込み、レースのカーテンをふわりと膨らませた。

庭の片隅にある小さな花壇では、妻 幸代(55)が手をかけて育てているミニバラの枝先に、ひとつだけ小さな花が静かにほころんでいた。
朝、彼女は軍手をはめた手で枝ぶりを整え、しゃがみ込んで黙々と土に向かっていた。
デニムとスニーカー、ゴムで束ねた髪。Tシャツの背中が陽の光を透かし、まるでひとつの風景画のようだった。

幸代は年齢的には50歳代の半ば、身長は157-158cmと比較的小柄ではあるが、体形も姿勢も全くと言っていいほど崩れることなく 若々しい外見で、特に外見に貫禄?の出始めた私からすれば、同年代として素直に羨ましく思えてくる。
いや それどころか、なぜか彼女だけは歳を取らないようで、悔しくもあり負けた気にすらなってしまう。

今日、日曜日の昼食は、冷やしうどんと昨晩の煮物の残りだった。
飾り気のない献立だけど、それが彼女らしい。
どこかに温もりがあって ほのぼの感があって、体の奥が「思い出してくる」ような味。

軽い昼食を終えた 私 佐山康則(58)は新聞を広げたまま、うたた寝をしていたらしい。
目を覚ましたとき、いつのまにか陽射しは傾き、室内の影が深くなっていた。

幸代はローテーブルに片腕を乗せて、もう一方の手でひざを軽く抱えるようにリラックスして座っていた。
黒髪をざっくりとひとつに束ね、グレーのコットンシャツとくたびれたベージュのパンツ、足元は白い靴下。
それだけの装いなのに、どこか整って見える。むしろ、年を重ねた女性だけが纏える、落ち着いた清潔感と“奥行き”のようなものが、そこにあった。

ふと、私の視線に気づいたのか、幸代がこちらを見た。

「あっ……トオサン? そういえば……」

「ん?」

まだ夢の名残をまとったような、鼻にかかった声が自分でも可笑しかった。

「再来週の日曜日だけど…… 午後って、なにか予定ある?」

「再来週? いや ないよ。 知ってるだろ? 日曜はいつもヒマしてるって」 私は即答した。

「ならよかった……」

「なんで? 何かある?」

「うん なんかねー、冗談みたいな、でもけっこう真面目な話で……」

彼女の声が、わずかに調子を変えた。
いつもより、ほんの少しだけかしこまった口調。
でもその奥には、どこか照れを含んだ笑みが滲んでいて、その“間”だけで私は胸の奥がざわついた。

「何? 真面目な話? カアサンの? 相談事か? それともトラブル?」

「ううん、そんな大げさなことじゃないけど……」

ぽつりぽつりと、幸代が話し始めた。

彼女がパートに行っている中堅スーパーが、最近 ブライダル関係の企業と業務提携を結んだという。
いわゆる異業種提携というやつだ。
その一環として “シニア世代のためのブライダル・プロモーション” なる企画を始めたらしい。

「“熟婚式”とか“再誓式”“新寿式”、あと“年輪婚”“円熟婚”“オトナ婚”とか呼ぶみたいで…… 人生の後半に、もう一度 節目をつくるんだって…… なんか最近 いろいろあるよね」

そんないわゆる「シニア婚」のパンフレットや動画に使う素材として、社内でモデルを公募していたらしく、なんと幸代が“花嫁モデル”に選ばれたのだという。

「何回も、ホントに何回も断ったんだけど……」
「だって、わたしなんかよりも…… ね」と回想する幸代。

更には パート仲間の強い推薦と、スーパーの課長から本社への熱い後押しもあったとのこと。

「シニアの生活感が出ている“ごく普通の一般の人”が求められていたんだって……」
「ちゃんとしたモデルさんじゃなくて、素人。 できれば“地元住みの女性”っていうのが、コンセプト?みたいなのに合うみたいで……」
「あと、年齢的には50代の半ばの人 って えっ? それ、わたし? って…… なんだかんだでドンピシャだったから……」

まるで誰かに言い訳でもするような口調で、立て続けに そして一方的に、私に捲し立てた流れで、

「ねぇ、どうしたら良いと思う?」と今度は真面目な顔で訊いてきた幸代。

「え? どうしたらって…… そんなのオレに聞かれても……」

突然、そんなことを振られて、私も どう答えて良いのか、わからない。

すると幸代が、ふっと軽く息を吐きだして、

「というか、もうほとんど 話は決まってて…… 断れない雰囲気なんだよね……」

そう言って、少しだけ視線をそらした彼女の口元に、かすかに恥じらいが浮かんでいた。

「は? マジで? 冗談だろ?」

少しトーンの上がった私に合わせるように幸代の音量もアップした。

「わたしだって冗談って思いたいよー!」

「え? じゃぁ、申し込んだの?」大げさに目を丸くした私。

「もぉ! そうじゃなくて…… 申し込まされたの!!」と頬を膨らませた幸代。

「あはは、罰ゲームだな、それ」

素直に笑いが喉の奥からこぼれた。
普通に滑稽で笑わずにはいられなかった、というのが私の最初のリアクションだった。

「あー 罰ゲーム…… たしかにね。 でもそれより酷いかも」

けれど、彼女の顔は笑っていなかった。
いや、笑ってはいたけど、それは“困惑の中にある照れ”のようで。
冗談で済まされるような話では、なさそうだった。

イベント自体も中堅どころの映画制作会社のしっかりとした撮影部隊が入るらしく、それなりのスケールで実施されるらしい。

「というか、ドレス着るの? それとも白無垢だっけ? 和服とか?」

私は別にどちらでも良いものの、なんとなくの興味本位と彼女との話し合わせのために聞いてみた。

「んー、それが…… ドレス、純白のウェディングドレスなんだよね…… せめて和装だったら、私もここまで悩まないのだけど、ね」

「へぇー、ヒラヒラの白いドレスか…… じゃぁ、オレはシニアの花婿か?」
「今さら加齢臭のオヤジがタキシード着て、蝶ネクタイして…… 鼻毛も切らないとな…… あははっ」

おチャラケ気味に私が言うと、意外にも真剣な表情で幸代が返してきた。

「じゃぁトオサンは…… 花婿さんの役を頼まれたら、本当にやりたいと思ってる? やってくれる?」

私は間髪入れずに返した。

「絶対に嫌だな、ムリ 無理、恥ずかしすぎるし、世間の笑いものになりたくないよ」

「そうよね…… やっぱり無理な話よね……」

幸代は口元に笑みを浮かべ そう答えたものの、ほんの一瞬だけ 冷めたような目線を左下に向け、そして軽く口先を締めた。
長年 生活を共にした私だけが知る、彼女が 機嫌を損ねた時や気分を害した時などに見せる ほんの微かな“ネガティブなジェスチャー”だった。

(あれ? ヤバいな……  これはマジで怒らせてしまったかな?)

そう思った私は、新聞を折り畳みながら、わざとらしくため息をついてみせた。
いちおうは、幸代の気持ちに寄り添うようにしないといけない、と思ったのだ。


[8] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:17 ID:fm1CrgoQ No.32409
荘厳なチャペルの白壁が初夏の陽光を跳ね返していた。

周囲の緑が鮮やかに映える中、この建築物だけが異質な静けさを放っていた。
晴天に向かって真っ直ぐ伸びる白い尖塔の先端は、まるで天と手を繋いでいるかのように青へと溶け込んでいる。

まるでここだけ時間が止まったかのような、異質な空気が静かに漂っていた。

「マジ すげぇな……こんなに凄い所だったんだ。 しかも、けっこうデカいよなー」

思わず 私の喉の奥から漏れ出た言葉。
幸代のキャリーバックを片手に引く私は この建物に圧倒されっぱなしだった。

隣に並ぶ幸代は、何も返さなかった。
ただ唇をきゅっと結び、視線の先にある白亜の建築を、息を呑むように見上げていた。
その表情には、驚きなのか戸惑いなのか判別のつかない、淡い翳りが差していた。

重厚な扉をゆっくりと開ける。
冷ややかな空気が静かに漏れ出し、私たち二人をその内へと誘った。

中はまるで別世界だった。

高く広がる天井にゴシック様式のアーチが静かに頭上を包み込む。
整然と並んだ木製のベンチシートの隙間から差し込む光は、ステンドグラスを透して床に虹色の帯を描いていた。

幸代は沈黙したまま一歩を踏み出す。
だが、その足元は ほんのわずか かすかに震えていた。

「わたし、本当に大丈夫かな…… これって もう後戻りできないよね?」

幸代の呟きは、自分自身への静かな呪文のように響いた。
恐れと覚悟が入り混じる中、彼女の足はゆっくりと先へ進んでいった。

私は、そっと肩をすくめて、できるだけ笑顔になって軽やかに声をかけた。

「カアサン! これから嫁いでいくんだから、後戻りなんて言うなよー」

もちろん、精一杯の冗談を混ぜたつもりの軽い口調だった。

「そういう意味で言ったんじゃないよ……」と幸代。

「大丈夫、心配しすぎだって。 結婚式って言っても、撮影だけ ただの“ごっこ”だと思えば気が楽になるだろ? せいぜい1時間そこそこだろうし、ダメ元で適当にやれば?」

「……ごっこ……ごっこねー。 ごっこになるのかな……」

幸代は繰り返すように呟き、唇だけで微かに笑みを浮かべた。

だがその笑みは、まるで水に映った月のように、一瞬で消えた。
冗談のつもりだった私の言葉が、胸の奥にふと冷たい影を落とす。

(ごっこだろ? そうだよ、ごっこだよ…… な?)

むしろ私の方が心の中で自身に言い聞かせていた。

それでも胸の奥の何かがざわつき、違和感が静かに広がっていく。

楽しみにしていたはずの幸代のウェディングドレス姿。
それがついに目の前に迫り、実際に自分の目で見ることになると思うと、なぜだか 恐怖が募ってきていた。

その恐怖はまだ漠然としていた…… 
ただ確かなのは、これまでの日常が音もなく崩れていく予感が胸を締めつけていることだった。


[9] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/10/25 (土) 04:19 ID:IKir3CuM No.32410
お待ちしておりました。
やはり、こちらでの投稿が正解だと思いました。
なんかゴッコではないという言葉にドキドキして来ました。
奥様は旦那さんには言えない何かを、会社から言われたのでしょうか?なのでただごとではないんですね。続きお待ちしてます。

[10] Re: ウェディングドレスの妻  tetu :2025/10/25 (土) 08:10 ID:JobVGDfo No.32411
待ってましたよ
これからどうなるのかドキドキです。


[11] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 11:10 ID:fm1CrgoQ No.32412
けんけんさま、tetsuさま  有難うございます。


静寂の中、コツ コツ コツ…… とヒールの音を軽やかに響かせながら、紺色のフォーマルスーツを纏ったスレンダーな女性スタッフが、迷いなく近づいてきた。

20代後半か30代前半だろうか、涼しげな目元、そしてきちんとアップに整えられた髪。
外見に隙のない その女性が放つ雰囲気は、空間の空気をほんの少し引き締めた。

「失礼いたします…… 佐山幸代さまでいらっしゃいますよね?」

少し驚いたように目を丸くして、「はい」と幸代は小さくうなずいた。

「やっぱり、そうですね…… よかったです」ニッコリと笑顔になった女性は続けて、

「ご来館、ありがとうございます。 イベント会社のチーフマネージャーを務めております、村川と申します。 今日一日、新婦 幸代さまの担当をさせていただきます」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」

深く丁寧に頭を下げ、笑顔を浮かべて 幸代に名刺を差し出す所作は完璧で、言葉の温度も端正だった。

そんな村川さん、どこか揺るぎない芯のようなものが感じられ 洗練された雰囲気を漂わせていた。

「幸代さま、あらためまして本日はおめでとうございます」
「新郎新婦さまにとって、素敵なお式になるように誠心誠意 務めさせていただきます」
「ご不明なことがあれば、なんでも言ってくださいね」

上品な それであって柔らかな笑みを浮かべた村川さんから発せられた言葉が、私の胸に鋭く刺さった。

(はぁ? 何が おめでたいんだ? それに今、新婦さまって言ったよな?)

特に“新婦さま”と言うその響きが私の耳の奥で何度も反響し、まるで鈍い耳鳴りのように続いた。

これまで私の中では、このイベントはどこか牧歌的な“花嫁さんごっこ”のはずだった。
照れて恥ずかしがる幸代を茶化したり、そんな彼女のドレス姿を楽しみにしたり…… 
今日の今まで ずっと、私はそんな気軽な気持ちで過ごしてきたのだから。

だが、目の前で第三者が ごく当たり前のように幸代のことを「新婦さま」と呼んだ瞬間、すべてが一変した。
「ごっこ」などでは到底済まされない 確かな現実に、私は一気に押し潰されそうになったのだ。

「え?…… やっぱり嫌。 トオサン、わたし 行きたくない…… 帰りたい……」

幸代のかすかな呟きは、私にだけ聞こえた。
彼女の声は震え、明らかに迷い 動揺し、恐怖さえ入り混じっていた。

私もまた、幸代が新婦となり、誰かのもとへ嫁ぐという重みを、ここにきて初めて実感していた。 
しかも(当然だが)、まだ心の準備は全くできていなかった。

(……いったい、これから どうなるんだ?)

私の胸の中でざわめきが広がった。

続いて村川さんは私に視線を向け、淡々と尋ねてきた。

「失礼ですが…… ?」

「あっ、僕ですか? えっと、僕は……  招待客の役というか、拍手だけの……」

言葉がうまく出てこなくて、最初は もごもごと詰まってしまったが、なんとか軽い笑顔を作って 自分の役割を伝えた。

「エキストラ、ですね?」と無表情の村川さん。

彼女の目が冷たく光り、そして声には微かな冷たさが混じっているような気がした。

「あっ はい、そうです そうです」

うまく伝えられなかった恥ずかしさと照れもあったのだが、なんとか強がりを込めて、私は少しだけ胸を張って答えた。

「そうですか…… まだ時間が早いので、別のスタッフからの指示があるまで、こちらでお待ちください」

その冷静な口調が、私の存在を一瞬で区別したように感じた。
新婦と招待客の扱いの違いが肌で伝わってきたのだ。

もちろん村川さんの態度が冷たいわけではなかった。
ただ、彼女にとっての「主役」は幸代であり、私は「背景」だった。
それだけのことだった。

私はあらためて、自分が今どこに立っているのか見渡した。

これから幸代が立つのは、光の当たる祭壇の中央。
私の居場所は、まるで影のように光の届かぬ端。
そして、幸代の隣に並ぶのは、私ではない。

「それでは 新婦さまのお控室にご案内いたします。 準備は整っておりますので、こちらへどうぞ」
「あっ、そちらのキャリーバックをお預かりいたしますね」

優しい笑顔の村川さんに促され、「はい……」と静かに頷いた幸代はゆっくりと歩き出した。

だが数歩進んだところで、幸代は不意に立ち止まり、こちらを振り返った。

言葉はない。 ただ、潤った目が私を捉えていたのだ。
迷いと不安が入り混じる複雑な色を湛え、何かを問いかけるように。

私は幸代に向けてそっと右手を上げた。

「行ってこい。 がんばれ」

声は掠れ、少し震えた。

「……うん」

幸代は目を伏せて 頷くこともなく “新婦”になるために 一歩踏み出した。


[12] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/10/26 (日) 21:12 ID:03QvZ.oU No.32413
何か奥様はご主人に言わなきゃいけないことを言えてない気がします。ごっこでは無い様な展開ですね。続きお待ちしてます。

[13] Re: ウェディングドレスの妻  きーくん :2025/10/29 (水) 10:54 ID:rNk8GicQ No.32420
佐山さん

いよいよ事が動き出しましたね。
自分に置き換えてゾクゾクしています。

妻が妻でなくなる喪失感、恐怖感と
相反する期待感、興奮が複雑に交差します。

今後の展開を心待ちしています。


[14] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/29 (水) 22:02 ID:HgNBIVPI No.32425
まるで白い光の中に吸い込まれるように、幸代の背中はゆっくりと遠ざかっていった。

その姿が完全に視界から消えるまで、私は言葉も動きも失い、ただただその場に立ち尽くしていた。

胸に広がっていたのは、言葉にできないざわめきだった。
痛みでもなく、悲しみでもない。

不安だ……

深くて静かな不安が、私の胸の底をひたひたと濡らしていた。

それでも唯一の救いだったのは、不安なのか緊張なのか 表情を強張らせ「行きたくない」とまで言っていた幸代が、村川さんと話をしながらでも なんとか前に歩みを進めていたことだった。
もしかしたら あれだけ(“新婦”ではなく)“花嫁”として ウェディングドレスが着られることを楽しみに、ワクワクと嬉しそうに待ち望んでいた気持ち に戻ってくれたのかもしれない…… 
一方的ではあるが、私は幸代のことを そんなふうにポジティブに思うようにした。

一人で佇んでいた私は、チャペル内の設営で 忙しなく動き回り始めたスタッフの邪魔にならないように、とりあえずチャペルの外へ出ようとした。

その時 背後から、

「招待客役のエキストラさん? お疲れさんです。 えっと お名前は?」

水色のスタッフ用のトレーナーを着た若い男性が私に声を掛けてきた。

「あっ 佐山です。…… 佐山康則 ですが……」

すぐに彼は手にしていたバインダーに閉じられていたリストを捲り、所定のページから座席一覧を指しながら、

「んと、佐山さんの席はココ。 まだ1時間、いや1時間半くらいあると思うので、座って待ってもらっていても良いですよ」
「あんまりウロウロされると ウチらの邪魔になってもいけないので…… あっ、危ないからね」

言い方に悪気がないのは わかっている。
けれど、息子くらいの年齢の男に、邪魔だとか言われると、正直 気持ちは穏やかではなかった。
ただ彼は彼なりにプロとしての役割をもって設営の仕事に没頭しているのは理解できた。
それに、こんなところで腹を立てても仕方がない。

「そうですね…… はい、わかりました」

素直に私は若いスタッフの指示に従うことにした。

彼の指していた席は、招待客席エリアの一番後ろの 一番隅っこで、残念ながら ヴァージン・ロードからは一番遠い所だった。
そういえば、と幸代が無理を言って私をエキストラに入れてくれたことを思い出して、それだと尚更、不満など言える立場ではないことも自覚した。

ベンチに腰を下ろすと、背中に触れた木の冷たさが じわじわと染み込んできた。

(外は、あんなに初夏の陽気だったのに……)

まるで私自身のテンションの低さが、そのままこの冷気に繋がっているかのような気がした。

何気に、左前方に設置されていた白いスクリーンに視線を向けると、その下には“新郎役”と思われる男が立っていた。

遠目に見たところ、まるでK川晃司さんを思わせるような、体格も良くてワイルドで品のある都会的な雰囲気を纏っていた。
シルバーグレーのタキシードがその精悍な表情に溶け込み、彼は数名のスタッフと軽口を交わしながら、自然な笑顔を浮かべていた。

おそらく私と同じくらいの年齢だろう、撮影の映えもあるのか、背が高くてスラリと伸びたその立ち姿がひときわ目を引いた。

背が高くてスラリ……か、 
彼の背丈と私の背丈……は?

先ほど声を掛けてきた若いスタッフが私と同じくらいの背丈だったこともあり、そのスタッフと並び 話をしている“新郎役”の彼は、そのスタッフ“つまり私”よりも、頭ひとつ分くらい背が高いのが 離れた席からでも見て取れた。

おそらく175〜180cmだろうか、いや もっと……?
私の身長は165cmだから、コンプレックスを抱いたのも事実だ。

それに加えて、彼の醸し出す それとない余裕と安定感に、私は言葉にできない距離を感じていた。

(……負けたな)

さらに、幸代とその男が並ぶ姿を想像してしまい、胸の奥がきゅっと縮こまった。

そんなふうに感じている自分が嫌で、無理に自分に言い聞かせた。

(いや、160cmもない幸代と並んだら むしろ凸凹して絶対にバランスが悪いだろう、全然 似合わないな、見映えだって良くないし……)

そんな言葉が頭をよぎった、いや 無理にでも よぎらせた。

(わかっている…… これは自己防衛なんだ)

自分自身を守るために作り上げた つまらない理屈/屁理屈で、胸の奥に広がる引け目を どうにかして消し去りたくて、必死に言い聞かせているだけだとわかっていた。
だけど、そう思わずにはいられなかったのだ。

とにかく私は彼から視線を剥がし、ふたたびヴァージン・ロードから、その先の祭壇へと這わせた。

そこは幸代が立つ舞台。
真っ白なドレスに包まれた“新婦”としての場所。

さっきまでの私はその姿を見たいと思っていた。
でも今は、見てはいけない、それどころか見たくもない気がしていた。

彼女の晴れ姿を見てしまったら、何かが壊れて、もう戻れなくなってしまうのではないか?
そんな予感が、胸の奥で静かに疼き始めていたから。

チャペルの天井は高く、その荘厳な空気が肌に絡みつく。
それは祝福の場に流れるはずの空気ではなく、まるで“儀式”の場にしか存在しない神聖で重厚で冷徹な沈黙だった。

私は ただ、黙って座り続けた。


[15] Re: ウェディングドレスの妻  ボルボ男爵 :2025/11/02 (日) 17:31 ID:YP5lGNhE No.32431
佐山様
どうかお願いです。最後まで書ききってください。
まるでサスペンスドラマのようでワクワク、ドキドキが止まりません。
文章も秀逸で引き込まれます。切なく悲しいラストが待っているような・・・・。
よろしくお願いします。


[16] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/11/04 (火) 07:37 ID:sd5pR5L2 No.32434
けんけんさま、きーくんさま、ボルボ男爵さま 応援、ありがとうございます。


数名の設営スタッフが慌ただしく行き来していたチャペルの中も、 少しずつ“儀式”の場にふさわしい静寂に向けた重々しく清々しい雰囲気へと変わりつつあった。

それでもまだ 時間的には式の始まりには早く、招待客役のエキストラもまばらで、その分だけ広い空間が不自然なほど冷たく、非現実的な浮遊感を漂わせていた。

私は指定された招待客席の末席に座ったまま、スマートフォンを無意味にいじっていた。
通知はひとつも来ていない、来るはずもない。
SNSは眺めるだけで、まったく頭の中に入ってこない。
なのに、指だけが勝手に動く。
画面を見て、閉じて、また開いて、ポケットに戻して、また取り出す…… そんな動作を何度繰り返しただろう。 
ただ、その動きが私の心のざわつきを隠す唯一の手段だった。

胸の奥に居座る感情は、言葉にしがたいものだった。
不安、緊張、苛立ち、嫉妬…… そんな単語を当てはめても、どれもピタリとこない。
もっと原始的な、ざわざわとした胸騒ぎが、呼吸の奥をかき乱していた。

自分なりに理解はしているのだ。
間違いなく これはシニア婚という企業の商品PRのための「撮影イベント」だ。 だから結婚式の演出も 幸代の新婦役というのも 単なる「ごっこ」なんだ、と。
幸代も 私も そして先ほど目にした新郎も、全員がこの日 いや、この時限りの“役者”“偽物” でしかないのだ、と。

幾度となく そんなことを頭の中に巡らせながら、いつのまにか私の体は自然と動き出した。
理由もなく私は立ち上がり、意味もなく私はチャペルの外へ出た。
スタッフに見咎められるのが嫌で、影を縫うようにして 隣の管理棟と思われる洋館風な建物に繋がる渡り廊下を歩いた。

どこに行くつもりなのか、自分でもわからなかった。
ただ、あの場所にずっと座っているのが耐えられなかった。

そして、足が止まった。

目の前にあるのは、真っ白な扉。
その中央に、金色の横長の小さなプレートがひとつ掛けられていた。

《新婦御控室》

たった五文字。
けれど、その言葉の重さに、喉が詰まる。

(やめておけ)

どこかで声がした。 
自分の内側からの警告だった。
でももう届かなかった。

間違いなく、この扉の先には、照れながら 恥ずかしがりながら、それでも少しだけ微笑み、ハニかんで嬉しそうにドレスの裾を整えている、そんな可憐な幸代がいるのだ。

純白のウェディングドレスをあれだけ楽しみにしていた幸代が、「トオサン、どうかな?」と 私をニッコリと恥じらいの笑顔で迎えてくれるはずだ。

「カアサン、意外にお似合いだな〜……」と私が言えば、

「意外だ なんて……もぉ! 失礼ね!」と膨れっ面をしながら優しく柔らかい目をして応えてくれる幸代。

私は、そんな明るく朗らかで微笑ましい やり取りのイメージだけを、頭の中に描いた。
イメージに近ければ、私が今抱えているモヤモヤした気持ちは 一瞬にして消え去るに違いない。

ポジティブなテンションに切り替えた私は、
(よし! 一言、オバサンを冷やかしてやるか)と、ジョークの一つでも頭の片隅に浮かべながら、とりあえず 笑みを作って扉に手を伸ばした。

あえてノックはしなかった。
きっと独りで寂しがっているだろう幸代に、ちょっとしたサプライズという思いも込めていたから。
だから ゆっくりと、静かに 覗くように、厚めの扉を押し開けた。


[17] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/11/05 (水) 05:52 ID:xKf9l3tU No.32435
更新ありがとうございます。新婦の控室に入るのですね。ご主人であれば当たり前の行為なんですけど。なんかドキドキしますね。その先には何が待ち構えているのかすごく気になります。続きお待ちしてます。


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