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ウェディングドレスの妻

[1] スレッドオーナー: 佐山 :2025/10/25 (土) 02:07 ID:fm1CrgoQ No.32402
『なんでも体験告白』から移りました リライト版です。

◇登場人物

・私、佐山康則(58歳)電機メーカー勤務
 身長165p 明るい性格 腰痛、肩こり、下戸 のイメージ  
 趣味は映画・スポーツ鑑賞、ハイキング

・妻、佐山幸代(旧姓伊藤)(55歳)スーパーでレジや品出しのパート社員
 身長158cm、普通体系 黒髪、肩にかかるボブ、ナチュラルメイク、
 スニーカー、靴下、自転車、ブランドよりもトップバリューのイメージ
 趣味は庭いじり 綺麗よりも笑顔が愛らしい可愛い系

・私たち夫婦は、結婚30年、シニアらしい平凡でのんびりとした普通の暮らし

・子供(長男:大樹(28歳)、長女:里奈(26歳))ともに成人未婚、県外勤務


◇本文 〜特に同年代の男性の方に自分に置き換えて読んでいただきたい〜

5月終わりの頃……

爽やかな風が、薄く開け放った掃き出し窓から部屋に入り込み、レースのカーテンをふわりと膨らませた。

庭の片隅にある小さな花壇では、妻 幸代(55)が手をかけて育てているミニバラの枝先に、ひとつだけ小さな花が静かにほころんでいた。
朝、彼女は軍手をはめた手で枝ぶりを整え、しゃがみ込んで黙々と土に向かっていた。
デニムとスニーカー、ゴムで束ねた髪。Tシャツの背中が陽の光を透かし、まるでひとつの風景画のようだった。

幸代は年齢的には50歳代の半ば、身長は157-158cmと比較的小柄ではあるが、体形も姿勢も全くと言っていいほど崩れることなく 若々しい外見で、特に外見に貫禄?の出始めた私からすれば、同年代として素直に羨ましく思えてくる。
いや それどころか、なぜか彼女だけは歳を取らないようで、悔しくもあり負けた気にすらなってしまう。

今日、日曜日の昼食は、冷やしうどんと昨晩の煮物の残りだった。
飾り気のない献立だけど、それが彼女らしい。
どこかに温もりがあって ほのぼの感があって、体の奥が「思い出してくる」ような味。

軽い昼食を終えた 私 佐山康則(58)は新聞を広げたまま、うたた寝をしていたらしい。
目を覚ましたとき、いつのまにか陽射しは傾き、室内の影が深くなっていた。

幸代はローテーブルに片腕を乗せて、もう一方の手でひざを軽く抱えるようにリラックスして座っていた。
黒髪をざっくりとひとつに束ね、グレーのコットンシャツとくたびれたベージュのパンツ、足元は白い靴下。
それだけの装いなのに、どこか整って見える。むしろ、年を重ねた女性だけが纏える、落ち着いた清潔感と“奥行き”のようなものが、そこにあった。

ふと、私の視線に気づいたのか、幸代がこちらを見た。

「あっ……トオサン? そういえば……」

「ん?」

まだ夢の名残をまとったような、鼻にかかった声が自分でも可笑しかった。

「再来週の日曜日だけど…… 午後って、なにか予定ある?」

「再来週? いや ないよ。 知ってるだろ? 日曜はいつもヒマしてるって」 私は即答した。

「ならよかった……」

「なんで? 何かある?」

「うん なんかねー、冗談みたいな、でもけっこう真面目な話で……」

彼女の声が、わずかに調子を変えた。
いつもより、ほんの少しだけかしこまった口調。
でもその奥には、どこか照れを含んだ笑みが滲んでいて、その“間”だけで私は胸の奥がざわついた。

「何? 真面目な話? カアサンの? 相談事か? それともトラブル?」

「ううん、そんな大げさなことじゃないけど……」

ぽつりぽつりと、幸代が話し始めた。

彼女がパートに行っている中堅スーパーが、最近 ブライダル関係の企業と業務提携を結んだという。
いわゆる異業種提携というやつだ。
その一環として “シニア世代のためのブライダル・プロモーション” なる企画を始めたらしい。

「“熟婚式”とか“再誓式”“新寿式”、あと“年輪婚”“円熟婚”“オトナ婚”とか呼ぶみたいで…… 人生の後半に、もう一度 節目をつくるんだって…… なんか最近 いろいろあるよね」

そんないわゆる「シニア婚」のパンフレットや動画に使う素材として、社内でモデルを公募していたらしく、なんと幸代が“花嫁モデル”に選ばれたのだという。

「何回も、ホントに何回も断ったんだけど……」
「だって、わたしなんかよりも…… ね」と回想する幸代。

更には パート仲間の強い推薦と、スーパーの課長から本社への熱い後押しもあったとのこと。

「シニアの生活感が出ている“ごく普通の一般の人”が求められていたんだって……」
「ちゃんとしたモデルさんじゃなくて、素人。 できれば“地元住みの女性”っていうのが、コンセプト?みたいなのに合うみたいで……」
「あと、年齢的には50代の半ばの人 って えっ? それ、わたし? って…… なんだかんだでドンピシャだったから……」

まるで誰かに言い訳でもするような口調で、立て続けに そして一方的に、私に捲し立てた流れで、

「ねぇ、どうしたら良いと思う?」と今度は真面目な顔で訊いてきた幸代。

「え? どうしたらって…… そんなのオレに聞かれても……」

突然、そんなことを振られて、私も どう答えて良いのか、わからない。

すると幸代が、ふっと軽く息を吐きだして、

「というか、もうほとんど 話は決まってて…… 断れない雰囲気なんだよね……」

そう言って、少しだけ視線をそらした彼女の口元に、かすかに恥じらいが浮かんでいた。

「は? マジで? 冗談だろ?」

少しトーンの上がった私に合わせるように幸代の音量もアップした。

「わたしだって冗談って思いたいよー!」

「え? じゃぁ、申し込んだの?」大げさに目を丸くした私。

「もぉ! そうじゃなくて…… 申し込まされたの!!」と頬を膨らませた幸代。

「あはは、罰ゲームだな、それ」

素直に笑いが喉の奥からこぼれた。
普通に滑稽で笑わずにはいられなかった、というのが私の最初のリアクションだった。

「あー 罰ゲーム…… たしかにね。 でもそれより酷いかも」

けれど、彼女の顔は笑っていなかった。
いや、笑ってはいたけど、それは“困惑の中にある照れ”のようで。
冗談で済まされるような話では、なさそうだった。

イベント自体も中堅どころの映画制作会社のしっかりとした撮影部隊が入るらしく、それなりのスケールで実施されるらしい。

「というか、ドレス着るの? それとも白無垢だっけ? 和服とか?」

私は別にどちらでも良いものの、なんとなくの興味本位と彼女との話し合わせのために聞いてみた。

「んー、それが…… ドレス、純白のウェディングドレスなんだよね…… せめて和装だったら、私もここまで悩まないのだけど、ね」

「へぇー、ヒラヒラの白いドレスか…… じゃぁ、オレはシニアの花婿か?」
「今さら加齢臭のオヤジがタキシード着て、蝶ネクタイして…… 鼻毛も切らないとな…… あははっ」

おチャラケ気味に私が言うと、意外にも真剣な表情で幸代が返してきた。

「じゃぁトオサンは…… 花婿さんの役を頼まれたら、本当にやりたいと思ってる? やってくれる?」

私は間髪入れずに返した。

「絶対に嫌だな、ムリ 無理、恥ずかしすぎるし、世間の笑いものになりたくないよ」

「そうよね…… やっぱり無理な話よね……」

幸代は口元に笑みを浮かべ そう答えたものの、ほんの一瞬だけ 冷めたような目線を左下に向け、そして軽く口先を締めた。
長年 生活を共にした私だけが知る、彼女が 機嫌を損ねた時や気分を害した時などに見せる ほんの微かな“ネガティブなジェスチャー”だった。

(あれ? ヤバいな……  これはマジで怒らせてしまったかな?)

そう思った私は、新聞を折り畳みながら、わざとらしくため息をついてみせた。
いちおうは、幸代の気持ちに寄り添うようにしないといけない、と思ったのだ。


[2] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:10 ID:fm1CrgoQ No.32403
「それにしても、50代のオバサンにウェディングドレスかぁ……」

もちろん私は、本気で揶揄するつもりなど毛頭ない。
それでも、このテの“ちょっかい”は、逆に幸代の心の奥をくすぐる。

「なんか……嫌だなぁ。 恥さらしって感じしない?」
「わたしなんかに ドレスなんて、似合うわけないよね?」

幸代なりに自分で否定しながら、実は私には肯定をしてほしいような、そんな雰囲気が伝わってき始めた。
ここは空気を読んで彼女の気持ちを尊重したほうが良さそうな気がしたのだ。

「そんなことないって。 むしろ、シニア世代の星だろ! 50代以上の男女に夢と希望と……あと勇気を与える、みたいな」

私は口調こそ真面目にしたが、目は笑っていた。

「トオサン それ! ぜったい本気で言ってないでしょ!」

頬をふくらませた彼女は、怒ったふりをして、私を睨む。
だけどその目には、ふとした瞬間に浮かぶような、浮ついた光があった。

「で? シニア用のヒラヒラドレスなんて、本当にあるの?」
「純白のドレスに孫さえいる年齢って、ちょっと想像しづらくない?」
「というか、しみとか皺とか白髪は大丈夫?」

次から次に からかうように言いながら、ちらりと横目を送る。
幸代はわかりやすく ムッとして、眉をひそめた。

「歳のことばかり言わないでよ! それ、一番 気にしてるんだから!」

そう言いながらも、どこか不安げで。
まるで子どものように目を伏せる彼女を見ると、つい笑いが込み上げてきた。
怒っているのではなく、ただ照れているだけだ。
昔から変わらない、幸代の不器用な自己防衛なのだ。

「“50代の” とか、“シニアの” とか……なんでそこを強調するかな! ホント失礼ね!」
「トオサンだってわたしと変わらないくせに!!」

確かに声はむすっとしているのに、頬のあたりが、ほんのり赤く染まっている。

「いやいや悪い意味じゃないって。 むしろ良い経験だろ? 今の歳でウェディングドレスを着るとか、そうそう ないチャンスだし」

私がそう言うと、幸代は湯呑みを手に取った。
淡い桜色の湯呑みにそっと唇を寄せ、一口だけ含む。
その動作の最中、わずかに手元が揺れ、茶器がカタ、と静かに鳴った。

その仕草が、妙に愛おしく思えた。
彼女が本当に「嫌だ」と思っているなら、とっくにこの話は終わらせているはず。
言葉では「無理」と言いながら、心のどこかでは、そのシーンを期待しているのだと、私にはわかる。

若い頃からそうだった。
嬉しいときほど、「嬉しい」とは言わない。
喜びを真っ直ぐには受け取らず、いつも何かの裏に隠す。
だから私は、あえて軽口を叩いて、その“隠された気持ち”を引き出す役を担ってきた。

「じゃぁ、俺は親族代表の役としてスピーチでもしたら良い?」
「え〜 本日はお日柄も良く、って……」

私は とぼけて言うと、幸代は吹き出しそうになって、慌てて口元を整えた。

「あっ違う、そういうのじゃないの。 ちゃんとわたし、トオサンのこと、お願いしておいたから」

「お願い?」

「うん、特別にお願いしたの、エキストラさんの枠で。 そしたら招待客さん役をする人たちの席の一番後ろに入れてもらえるって。 それだったら、なんとかOK、って言われたよ」

声の調子はあくまでも控えめだったが、その奥に、ほんの少しだけ誇らしげな響きがあった。

「エキストラ?? ふぅーん、わりと本格的な撮影なんだな…… そっか、そんな所に、マジで良いの?」

「だって、知らない人たちばかりの中で、一人は 正直ちょっと怖いし。 それにトオサン、チャペルまで送ってくれるでしょ? わたし、行ったことないから」

「それはぜんぜん良いけど…… でも、オレ行っても ど素人だよ?」

「あっ、素人さんだから 逆に良いらしいよ。 だって、わたしもだけど、ほとんどみんな素人らしいよ」

そう言って、幸代はまっすぐに私を見た。
照れたようにうつむいた頬が、柔らかく紅をさしたように見えた。

「そっか、行ったことないなら、送り迎えもしてやらないとな」
「でも、オレもそんな厳かなところには、行ったことがないし」
「まっ エキストラだからな……」

そう言いながらも、

「でも大丈夫だ、ナビで設定すれば……」

チャペル行きが現実的になったその瞬間、不意に私の心の奥に灯がともった。

(幸代のドレス姿がこの目で、しかも近くで見ることができるのか)

白い光に包まれたチャペルの中、バージンロードを静かに歩く彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
背筋を伸ばし、ぎこちない足取りで、照れながら、恥ずかしがりながら、少しだけ微笑みながらドレスの裾を整える。

最初は冗談のようにしか思っていなかったのに、
今では、その花嫁姿が 妙に眩しく思えてならない。

結婚して30年。
彼女のことは、すべて知っていると思っていた。
でも、こうして新しい光のなかに立つ彼女を想像するたび、
まだ私の知らない“彼女”が、きっとどこかにいるのだと感じた。

「うん、お願い。 それと招待客役も、ね。 立ったり座ったりと、あと拍手するくらいだから、そんなに難しくないと思うし……」

「あはは、カアサン見て、しっかり拍手してやるよ。 純白のドレス姿、たぶん? 意外に? 似合うと思うよ あ、ドレスに躓いてコケないように、な」

幸代はわざとらしく肩をすくめ、でもその目にはくすぐったいような喜びがにじんでいた。

「もぉ! “たぶん”とか“意外に”って…… 失礼なんだから!」
「絶対に コケないし!!」

その表情は、とても50代とは思えない少女のような輝きがあった。


[3] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:11 ID:fm1CrgoQ No.32404
「はぁ〜…… 今さら わたしなんかに純白のウェディングドレスだとか」
「……やっぱり、変だよね〜 どう考えても」
「他の人が選ばれた方がよかったのかもね……」

ある晩の食後もキッチンで食器を洗っていた幸代が、ふと背中越しにそう漏らした。
水の流れる音にまぎれて、確かに届いたその独り言。
少しだけ掠れた声には、照れともためらいともとれる微かな震えが混じっていた。

私はダイニングの椅子に座って、テレビの音に身を預けながらも、耳だけは彼女に向けていた。

(あぁ、また始まったな…… これで何度目だ?)

ここ最近、幸代は折に触れてはこのテのセリフを口にするようになった。
「嫌だ」「やっぱり無理よ」「わたしなんか……」と、まるで誰かに予防線を張るかのように。

だがその言葉の裏にある、ほのかな高揚感を私はもう見逃さない。

「またその話か。 人生二度目のウェディングドレスだろ? ある意味 特別なことなんだから、もっと派手に喜べよ……」

わざと少し冗談めかして返してやる。
言葉に棘はない。ただ少しだけ角度をつけて投げ返す。
そうしないと、幸代の奥にある“本音”に、うまく届かない気がして。

「この歳にもなって純白のドレスを着て、撮影とはいえ 本当の教会で結婚式を挙げるとか、冥途の土産にはなるだろ?」

茶化すように言いながらも、私は本当にそう思っていた。

キッチンから水の音がぴたりと止まり、蛇口の下で泡だったスポンジが宙に浮いたまま、動かなくなる。

「トオサンってば、すぐそうやって……  茶化すし、嫌味っぽいし。 もぉ、ホント やだ!」

口調こそ拗ねたようだが、その声の中に笑いが混じっている。
振り返りもしないのに、耳たぶがほんのり赤く染まっているのが、キッチンの照明に浮かんでいた。

ああ、照れてるな。
わかりやすいくらいに。

それが私にとっても、 なんだか くすぐったくて、そして愛おしかった。

ここ数日間、彼女はパート帰りに「ちょっと寄ってくる」と言っては、イベント企画会社の会議室に顔を出していた。
話によると、撮影の打ち合わせや 立ち居振る舞いの軽いレッスン、ドレスの採寸などがあるらしい。
時には帰りが遅くなり、夕食がコンビニ弁当になった日もあった。

それでも彼女は やっぱり恥ずかしいのだろうか、詳細は語らない。
いつも あっさりとした口ぶり。 

でも、私は見ていた。

帰宅したときの、少しだけ上気した頬の色。
帰宅後に手を洗うときの、心なしか鼻歌混じりになるような気分の上向き。
口では「めんどくさい、疲れた、もう行きたくない」と ぼやいていても、次の日はしっかりと出かけていく。
それは、間違いなく“まんざらでもない人間”の所作だった。

そして何よりも、彼女の表情はイキイキと輝いていた。 たとえ疲れていても、顔には充実感が満ちていたのだ。

「まぁさ…… 他にもやりたい人、いただろう中でカアサンが選ばれたんだから…… こうなったら華やかなドレス着せてもらって、思いきってやってみたらいいじゃん」

わざと私は軽く言ったが、内心ではもう冗談ではなかった。
むしろ、どこかで本気で期待している自分がいた。

私は、彼女の“最初の”花嫁姿を、正直よく覚えていない。
30年前、私たちが式を挙げたとき、あの時の私のほうが、緊張していたのか、彼女の表情すら、まともに見られなかった気がする。

あの時は、式そのものよりも、たくさんのゲストに来てもらった式を、とにかく無事に終えることで頭がいっぱいだったから。
だから隣に立つ彼女が、どんな顔をしていたのか、ほとんど覚えていないのだ。

記念写真はある。アルバムも奥にしまってある。
でも、それよりも、今この歳で、もう一度ドレス姿の彼女を、ちゃんと見てみたかった。

年齢なんて関係ない。
照れながらも凛と背筋を伸ばし、純白のドレスをまとい、
緊張で少しだけ足元をすくませながらも、前を向いて立つ幸代。

会場の最後列からでも、その姿を見守るというのも 悪くない。
むしろそれは、あのとき見落としたものを、もう一度見つけに行く旅のように思えた。

「ま、しっかり見ててやるよ。 意外に似合うかもしれないし」
「それにオレも ウェディングドレスを着たカアサンが楽しみになってきたよ」
「オレも拍手の練習をしておかないとな…… 笑」

ぽつりと本音を漏らすと、幸代はシンクの端に手をついたまま、小さく肩をすくめた。

「もぉ! “かもしれない”って、そういうところが…… ホントに!」
「あっ でも、拍手の練習はお願いねっ」

満更でもなさそうな幸代は優しい笑顔だった。

そんな仲睦まじいやりとりを日々送りながら…… 気がつけば 今日は土曜日。
本番はもう明日に迫っていた。


[4] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:13 ID:fm1CrgoQ No.32405
いつもの日曜日よりも早めに済ませた昼食の食器は、きれいに片付けられ、テーブルの上には何も残っていなかった。
まるで部屋じゅうが、これから始まる“何か”に向けて息をひそめているかのように静まり返っている。

私は当てもなく目を通していただけの新聞をたたみながら、幸代に声をかけた。

「カアサン、そろそろ準備したら?  ちょっと早めに出たほうがいいよ。 日曜の午後って道路も混むからな」

幸代はソファにもたれたまま、天井をじっと見つめていた。
その瞳はどこか遠くを彷徨い、まるで心の中で何かを確かめているかのようだった。
ゆっくりとまぶたを閉じ、長く深い息を一つ吐き出す。
その呼吸には、ためらいと決意が入り混じり、微かな震えが感じられ
彼女の手が膝の上でぎゅっと握りこぶしを作った。

やがて、重たい沈黙を破るように小さな声で、彼女は「うん……」と呟いた。
その一言は短いが、そこには言い訳を許さない強さと、これから進む道を覚悟した静かな決意が宿っていた。

数分後、準備を終えた幸代が戻ってきた。

普段の外出姿と変わらぬ、薄いピンク色のコットンシャツにベージュのスリムパンツ。
ロングボブの髪は無造作にまとめられ、メイクは最小限のナチュラル仕様だった。

「どうせ、あっちで化けるんだから……」

ぽつりと呟いた言葉に、彼女の照れくさそうな表情がわずかににじんだ。
胸元の第一ボタンだけが外され、わずかに覗く鎖骨のラインが、いつもより少しだけ女性らしく見えた。

目元は薄いアイラインだけで、素肌のように自然なのに、どこかいつもより柔らかく深い眼差しに感じられる。

そして何よりも目を引いたのは、スリムパンツの裾から覗くストッキングを穿いた足元だった。
いつものくたびれた靴下ではなく、淡いベージュ色で肌にぴったりと沿う薄絹のような質感。

しなやかな足首が、ストッキング越しに浮かび上がり、見慣れた日常から一歩踏み出した特別な瞬間を告げていた。

私は一瞬、目が釘付けになった。
慌てて視線を逸らしたが、自分の頬が少しだけ熱を帯びているのに気づいた。

(……何をドキドキしてるんだ、オレは)

幸代は靴箱から黒い革のローファーを取り出し、そっと手に持った。

「ん? スニーカーじゃないの?」

私は軽く声をかけると、彼女は靴を置きながら小さく肩をすくめた。

「いちおう、チャペルに行くんだから、せめてこれくらいはね……」

ぽっと頬が赤く染まり、その赤みは化粧とは違う、彼女の本当の血の色だった。
その自然な紅潮は、どこか艶めかしく、私の胸をきゅっと締め付けた。

「ふーん、気合入ってるじゃん! シニアの花嫁さん!」

冗談めかして言うと、幸代はくすっと笑いながらも、顔を背けた。

「もぉ! ホント“シニア”って言葉、余計なんだから!」

耳が真っ赤に染まる彼女の様子は、昔の恥ずかしがり屋な面影そのままだった。

私は彼女の着替えなどが入ったキャリーバッグのハンドルを握り、思わず彼女の若い頃を思い出していた。

恥ずかしがり屋だけど負けず嫌いで、一度決めたことは最後までやり通す。
そんな彼女の強さと繊細さが、今も変わらずこの人の中にあるのだと。

「期待してるから、頑張れよ!」

声に力を込めて言うと、幸代は照れ笑いを浮かべ、でもどこか嬉しそうに私を睨んだ。

「えー! 期待されると困るんですけどー」

そう言いながらも、瞳はきらきらと光っていた。

玄関の扉を開けると、外は見事な晴天だった。
空は澄みきり、雲ひとつない青空が広がり、初夏6月の心地よい風が吹き抜けていく。
同時に、私は一瞬、胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。

(いよいよだな。 カアサンのドレス姿が見られるんだ)

幸代は普段着のままだけれど、その背中には普段とは違う、非日常のオーラが漂っていた。

私は笑顔を作り、声をかけた。

「結婚式にピッタリの青空だな……」

「ただの撮影よ…… 結婚式だなんて」と素っ気ない幸代の返事は、まるで“撮影”だと自分自身に言い聞かせているかのような口調。

「空までも、カアサンを祝福しているみたいだし……」

「もぉ! 馬鹿なこと言わないで!」

否定する割には満更でもなさそうな幸代の口元は綻んでいた。

「じゃ、行くか…… カアサンが逃げ出さないように、チャペルまではノンストップで送り届けないとな」

私が言うと、彼女は小さく笑い、ほんの少しだけ安心したような顔をした。

車のドアを開け、二人が乗り込むと空気が変わった。
いつもの日常から、これから始まる特別な時間へと、そっと現実が姿を変えた瞬間だった。


[5] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:13 ID:fm1CrgoQ No.32406
助手席に腰を落ち着けた幸代が、静かにシートベルトを締めた。
カチリと小さな音が車内に微かに響いた。

一拍、間を置いて、彼女は“ふう〜”と長い息を吐いた。

その吐息は、単なる緊張ではなかった。
言葉にすれば崩れてしまいそうな感情の澱を、そっと外へ逃がすような深さを帯びていたのだ。

「ホントに、わたしみたいなオバサンがウェディングドレスなんて、笑われたりしないかな」
「……ドレスってさ、似合うか似合わないかより “着る資格があるか” なんてことを考えちゃって……」
「若い子に、イタイって思われたらどうしよう……」

ポツリポツリと零れてくる言葉はネガティブではあるけれど、口調は思いのほか柔らかくて、どこかあどけない。

私は運転席でちらりと視線を向け、意地の悪い笑みを口元に浮かべた。

「あはは!そうかもな〜 SNSで “熟年の純白”とか、“奇跡の花嫁再臨”とか、タグ付きでバズったりして」

「うわっ!ちょっと〜! もおっ やめてよっ!」

幸代は目を見開きながら、頬を膨らませた。

(いやいや本人も満更でもなさそうだし、まだまだ余裕ありそうだな)

私は少し安心した。 
そしてなによりも、そんな幸代が微笑ましかった。

住宅街を駆けながら並木道へと出る。
木漏れ日が、車の屋根をリズムよく打ち、ゆらゆらと揺れる光の影が幸代の頬を優しくなぞっていた。

エンジンの振動がごく僅かに伝わる中、私たちを乗せた車は、日常の輪郭を静かに離れていく。

アクセルを踏むたびに、交差点を曲がるたびに、純白のドレス姿の幸代に会える、という楽しみに近づいていることを実感し高揚している私。

機嫌の良い私の口からは、思わず言葉がこぼれた。

「なんか久々のちょっとしたドライブになっちゃったな〜。 天気も抜群で最高だし、気持ち良いなー」

鼻に掛けたような私の明るい口調に、

「うーん、ドライブかぁ…… ホントにドライブだけなら良かったのにねー こんなに気持ちの良い青空の下だし……」

幸代は肩の力を抜くように笑顔で答えて、視線を外へ移した。
その目元はどこか柔らかく、懐かしさと優しさが重なっていた。

車はやがて郊外の農道へと入った。
視界がひらけ、水田に反射する陽の光が、まるで水面に咲いた銀の花のように瞬いていた。

「ねぇ……」

幸代が助手席の窓を少しだけ開け、外の風を受けながら呟いた。

「ん? どした?」 幸代からの不意の問いに少しだけびっくりした私。

「なんか 絶対変だよね…… 夫のトオサンと妻のわたしが一緒にチャペルに行ってるとか……」
「しかもわたしだけがドレスを着て、もう一度 花嫁さんになるなんて……」
「バツイチでもないのにね」

私は運転しながら、肩をすくめ苦笑しながら、

「たしかにな。 自分の娘よりも先に、まさか自分の女房を嫁がせる日が来るとはな……」
「里奈が知ったら、びっくりするだろうな」

20代半ばの娘 里奈には、まだそんな(結婚の)気配すらない。

「うん…… あの子、真面目に驚くよね。 あの子が着るのじゃなくて母親のわたしがウェディングドレスを着るなんて……」

「あはは! そうだよなー。 こんなケース 珍しいというか、ありえないよな」
「あいつが知ったら驚くどころか、怒るかもしれないな……」
「昔から負けず嫌いだし…… どうしてカアサンがドレス着るのよ! わたしでしょ! って」

私は愛娘の膨れっ面を思い浮かべると、つい笑みがこぼれてしまった。

「でしょ? うんうん 絶対に怒る。 でも、それ思うと可愛いらしいところもあるし、なんか面白いよねー」

ふふっと、幸代も笑顔を浮かべて、再び車窓の外に視線を移した。

心地の良い初夏の風が車内に滑り込み、彼女の髪をふわりと揺らした。
うなじからこぼれた髪の先が、微かに頬をかすめていた。


[6] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:14 ID:fm1CrgoQ No.32407
快晴のもと、二人を乗せた車は快走している。

(それにしても、これ以上ないくらいの晴天だな)

そんなことを思いながらハンドルを握っている私の口から、何気なく言葉がこぼれ出た。

「カアサン、さっきの話だけど……」

「うん?」

「いや、今ってさ…… 女房が嫁いでいくのを、亭主がチャペルに送っているんだよな?」

「あはっ そうなのよ〜 やっぱり なんか変でしょ?」と笑顔の幸代。

「うん、変。 しかもドライブ気分で、二人ともすごく嬉しそうに喜んで 笑ってて。 なにこれ? って 感じだよなー」

独り言のような私のトーンに 幸代が茶化すように笑顔で聞いてきた。

「ねぇ……  自分の奥さんがこれから嫁いでいく、って どんな気分?」

「気分? うーん、気分かぁ…… 気分なぁ……」 

ふと、返事に困るくらいに無感情で無感覚だった私。
言葉に詰まり、胸の中がぽっかりと空洞になったみたいで、感情がどこか遠くに消えた感じになってしまっていた。

そんな私に顔を向けて、助手席の彼女は更にたたみかける。

「わたしがお嫁に行くと、やっぱり寂しい? 悲しい? 複雑?…… ねぇ、どんな気分なのか教えて?」

適当な返事が出せない私は、

「うーん…… んーー まっ、カアサン、幸せになってくれよ って感じかなー」

もちろん冗談で言ったつもりだった。

しかし 口にした言葉と裏腹に、急に私の胸の奥はザワザワと落ち着かなくなってきていた。
そして、なぜか どうしても笑顔が作れなかった。

幸代が不思議そうな顔でこちらを見る。

「え? それ どういう意味? 幸せになれって……?」

「いやいや、深い意味はないよ…… まぁ、がんばれよ、ってことかな」

自分で何を言っているのかわからないくらい、この会話になった途端
私は胸の中にひどく奇妙な感情が沸き上がってきていたのだ。

(なんだ、この変な胸騒ぎは……)

たとえ単なるイベントで、撮影会だとしても、旦那が運転する車に乗って、愛する妻が見知らぬ男のもとに嫁いでいく。
しかも夫婦二人は笑顔でフランクに、時に冗談も挟みながら 会話もして、外から見れば、普通に仲睦まじく微笑ましささえ 醸し出している。

なんとも滑稽な、そして違和感のある光景だ。

だからこそなのか、私はこの時 初めて本気で“不安”を感じてしまった。

(……こんなことってあるのか?)

すると幸代が笑顔で、

「え〜? トオサン、何が言いたいのか、わかんないよ〜」

意外にも彼女の柔らかな口調が、重くなりかけていた空気をそっとほどいてくれた。

(うんうん大丈夫。 何を考えているんだ オレは、まったく……)

そんな彼女の温かな笑みが 胸の奥に すうっと沁み込んでくるのを感じ、私は なんとか救われた気がした。

その後は会話も途切れてしまい 車内に静けさが戻った。
だけどそれは重苦しいものではなく、長年を共にした夫婦だけが持つ、心地よい“間”だった。

私たちの車は、途中からチャペルの案内板に従って、再び森の中の一本道に入ると、車内にも木々のざわめきが届くようになった。
決して不快にはならない適度な上りとカーブを繰り返しながら、奥へ奥へ まだまだ奥へと進んでいった。

そして、見えてきたのだ……
木立の間から顔をのぞかせる、白く細い尖塔が。

青空のキャンバスに描かれたように、まばゆく、どこか幻想的なシルエット。

それは思わず息を呑むほど壮大で荘厳な本格的な本物のチャペルだった。


[7] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:17 ID:fm1CrgoQ No.32408
純白の外壁が、光を受けて、まるでひとつの夢の輪郭をなぞるように浮かび上がっていた。

「来ちゃったな……」

私の呟きに助手席の幸代は言葉もなく、ただ そのチャペルを見つめていた。

あまりのスケールの大きさに圧倒されたのか、荘厳で厳粛な雰囲気に感動したのか、それともこれから始まるイベントに既に気持ちが入り込んでいたのか、とにかく彼女の目元がわずかに潤んでいたのを、私は気づかないふりをした。

チャペルの関係者用駐車場に車を滑り込ませエンジンを切ると、一気に静寂が車内を包んだ。

どこか現実感が揺らぎ、時間までもが少し止まったような錯覚。

「着いちゃったね……」

ぽつりと呟いた言葉に続けて、

「ここまで来たら、もう逃げられないね……」

と 幸代の声には、どこか寂しさと儚さが混じっていた。
彼女が緊張しているのは、はっきりとわかった。

「んっ どうした? もしかして怖いのか?」

私はあえて冗談っぽく軽いトーンで彼女に言った。

「うーん、ちょっと緊張してきただけよ……」

強がっている彼女だったが、実は私も同じだった。

「大丈夫だって。 それよりも カアサンの純白のドレス姿で、シニアオバサン世代に勇気と感動を与えてやってくれ!」

「えっ…… やだ、もぉ…… また、それを言う!」

なんとか笑顔が戻った幸代に、私も軽く笑いながら、

「終わったらさ、ショッピングモールに寄って いつものところでお茶でもしよう」
「あそこのケーキ、美味しいって言ってただろ? 頑張ったご褒美、ってことで」

その言葉に、幸代はシートベルトを外しながら、小さく笑った。

「ご褒美って…… 今度は子供扱いするんだからー でも、うん それ、いいかも…… 絶対だよ?」

幸代の笑みの奥に潜んでいたのは、少女のような無防備さと、大人の女の覚悟、その両方を知っている人だけが持つ、特別な表情だった。

「おぉ 絶対。 そのかわり カアサンしっかり頑張れよ! オレも頑張って誰よりも大きな拍手してやるよ…… あはは…… よーし、行くか」

「うん」

ドアを開けると、外の光が差し込んだ。
私たちは車を降りて、言葉を交わさないまま 二人並んでチャペルの白い扉へと向かって歩き出した。


[8] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 02:17 ID:fm1CrgoQ No.32409
荘厳なチャペルの白壁が初夏の陽光を跳ね返していた。

周囲の緑が鮮やかに映える中、この建築物だけが異質な静けさを放っていた。
晴天に向かって真っ直ぐ伸びる白い尖塔の先端は、まるで天と手を繋いでいるかのように青へと溶け込んでいる。

まるでここだけ時間が止まったかのような、異質な空気が静かに漂っていた。

「マジ すげぇな……こんなに凄い所だったんだ。 しかも、けっこうデカいよなー」

思わず 私の喉の奥から漏れ出た言葉。
幸代のキャリーバックを片手に引く私は この建物に圧倒されっぱなしだった。

隣に並ぶ幸代は、何も返さなかった。
ただ唇をきゅっと結び、視線の先にある白亜の建築を、息を呑むように見上げていた。
その表情には、驚きなのか戸惑いなのか判別のつかない、淡い翳りが差していた。

重厚な扉をゆっくりと開ける。
冷ややかな空気が静かに漏れ出し、私たち二人をその内へと誘った。

中はまるで別世界だった。

高く広がる天井にゴシック様式のアーチが静かに頭上を包み込む。
整然と並んだ木製のベンチシートの隙間から差し込む光は、ステンドグラスを透して床に虹色の帯を描いていた。

幸代は沈黙したまま一歩を踏み出す。
だが、その足元は ほんのわずか かすかに震えていた。

「わたし、本当に大丈夫かな…… これって もう後戻りできないよね?」

幸代の呟きは、自分自身への静かな呪文のように響いた。
恐れと覚悟が入り混じる中、彼女の足はゆっくりと先へ進んでいった。

私は、そっと肩をすくめて、できるだけ笑顔になって軽やかに声をかけた。

「カアサン! これから嫁いでいくんだから、後戻りなんて言うなよー」

もちろん、精一杯の冗談を混ぜたつもりの軽い口調だった。

「そういう意味で言ったんじゃないよ……」と幸代。

「大丈夫、心配しすぎだって。 結婚式って言っても、撮影だけ ただの“ごっこ”だと思えば気が楽になるだろ? せいぜい1時間そこそこだろうし、ダメ元で適当にやれば?」

「……ごっこ……ごっこねー。 ごっこになるのかな……」

幸代は繰り返すように呟き、唇だけで微かに笑みを浮かべた。

だがその笑みは、まるで水に映った月のように、一瞬で消えた。
冗談のつもりだった私の言葉が、胸の奥にふと冷たい影を落とす。

(ごっこだろ? そうだよ、ごっこだよ…… な?)

むしろ私の方が心の中で自身に言い聞かせていた。

それでも胸の奥の何かがざわつき、違和感が静かに広がっていく。

楽しみにしていたはずの幸代のウェディングドレス姿。
それがついに目の前に迫り、実際に自分の目で見ることになると思うと、なぜだか 恐怖が募ってきていた。

その恐怖はまだ漠然としていた…… 
ただ確かなのは、これまでの日常が音もなく崩れていく予感が胸を締めつけていることだった。


[9] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/10/25 (土) 04:19 ID:IKir3CuM No.32410
お待ちしておりました。
やはり、こちらでの投稿が正解だと思いました。
なんかゴッコではないという言葉にドキドキして来ました。
奥様は旦那さんには言えない何かを、会社から言われたのでしょうか?なのでただごとではないんですね。続きお待ちしてます。

[10] Re: ウェディングドレスの妻  tetu :2025/10/25 (土) 08:10 ID:JobVGDfo No.32411
待ってましたよ
これからどうなるのかドキドキです。


[11] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/25 (土) 11:10 ID:fm1CrgoQ No.32412
けんけんさま、tetsuさま  有難うございます。


静寂の中、コツ コツ コツ…… とヒールの音を軽やかに響かせながら、紺色のフォーマルスーツを纏ったスレンダーな女性スタッフが、迷いなく近づいてきた。

20代後半か30代前半だろうか、涼しげな目元、そしてきちんとアップに整えられた髪。
外見に隙のない その女性が放つ雰囲気は、空間の空気をほんの少し引き締めた。

「失礼いたします…… 佐山幸代さまでいらっしゃいますよね?」

少し驚いたように目を丸くして、「はい」と幸代は小さくうなずいた。

「やっぱり、そうですね…… よかったです」ニッコリと笑顔になった女性は続けて、

「ご来館、ありがとうございます。 イベント会社のチーフマネージャーを務めております、村川と申します。 今日一日、新婦 幸代さまの担当をさせていただきます」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」

深く丁寧に頭を下げ、笑顔を浮かべて 幸代に名刺を差し出す所作は完璧で、言葉の温度も端正だった。

そんな村川さん、どこか揺るぎない芯のようなものが感じられ 洗練された雰囲気を漂わせていた。

「幸代さま、あらためまして本日はおめでとうございます」
「新郎新婦さまにとって、素敵なお式になるように誠心誠意 務めさせていただきます」
「ご不明なことがあれば、なんでも言ってくださいね」

上品な それであって柔らかな笑みを浮かべた村川さんから発せられた言葉が、私の胸に鋭く刺さった。

(はぁ? 何が おめでたいんだ? それに今、新婦さまって言ったよな?)

特に“新婦さま”と言うその響きが私の耳の奥で何度も反響し、まるで鈍い耳鳴りのように続いた。

これまで私の中では、このイベントはどこか牧歌的な“花嫁さんごっこ”のはずだった。
照れて恥ずかしがる幸代を茶化したり、そんな彼女のドレス姿を楽しみにしたり…… 
今日の今まで ずっと、私はそんな気軽な気持ちで過ごしてきたのだから。

だが、目の前で第三者が ごく当たり前のように幸代のことを「新婦さま」と呼んだ瞬間、すべてが一変した。
「ごっこ」などでは到底済まされない 確かな現実に、私は一気に押し潰されそうになったのだ。

「え?…… やっぱり嫌。 トオサン、わたし 行きたくない…… 帰りたい……」

幸代のかすかな呟きは、私にだけ聞こえた。
彼女の声は震え、明らかに迷い 動揺し、恐怖さえ入り混じっていた。

私もまた、幸代が新婦となり、誰かのもとへ嫁ぐという重みを、ここにきて初めて実感していた。 
しかも(当然だが)、まだ心の準備は全くできていなかった。

(……いったい、これから どうなるんだ?)

私の胸の中でざわめきが広がった。

続いて村川さんは私に視線を向け、淡々と尋ねてきた。

「失礼ですが…… ?」

「あっ、僕ですか? えっと、僕は……  招待客の役というか、拍手だけの……」

言葉がうまく出てこなくて、最初は もごもごと詰まってしまったが、なんとか軽い笑顔を作って 自分の役割を伝えた。

「エキストラ、ですね?」と無表情の村川さん。

彼女の目が冷たく光り、そして声には微かな冷たさが混じっているような気がした。

「あっ はい、そうです そうです」

うまく伝えられなかった恥ずかしさと照れもあったのだが、なんとか強がりを込めて、私は少しだけ胸を張って答えた。

「そうですか…… まだ時間が早いので、別のスタッフからの指示があるまで、こちらでお待ちください」

その冷静な口調が、私の存在を一瞬で区別したように感じた。
新婦と招待客の扱いの違いが肌で伝わってきたのだ。

もちろん村川さんの態度が冷たいわけではなかった。
ただ、彼女にとっての「主役」は幸代であり、私は「背景」だった。
それだけのことだった。

私はあらためて、自分が今どこに立っているのか見渡した。

これから幸代が立つのは、光の当たる祭壇の中央。
私の居場所は、まるで影のように光の届かぬ端。
そして、幸代の隣に並ぶのは、私ではない。

「それでは 新婦さまのお控室にご案内いたします。 準備は整っておりますので、こちらへどうぞ」
「あっ、そちらのキャリーバックをお預かりいたしますね」

優しい笑顔の村川さんに促され、「はい……」と静かに頷いた幸代はゆっくりと歩き出した。

だが数歩進んだところで、幸代は不意に立ち止まり、こちらを振り返った。

言葉はない。 ただ、潤った目が私を捉えていたのだ。
迷いと不安が入り混じる複雑な色を湛え、何かを問いかけるように。

私は幸代に向けてそっと右手を上げた。

「行ってこい。 がんばれ」

声は掠れ、少し震えた。

「……うん」

幸代は目を伏せて 頷くこともなく “新婦”になるために 一歩踏み出した。


[12] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/10/26 (日) 21:12 ID:03QvZ.oU No.32413
何か奥様はご主人に言わなきゃいけないことを言えてない気がします。ごっこでは無い様な展開ですね。続きお待ちしてます。

[13] Re: ウェディングドレスの妻  きーくん :2025/10/29 (水) 10:54 ID:rNk8GicQ No.32420
佐山さん

いよいよ事が動き出しましたね。
自分に置き換えてゾクゾクしています。

妻が妻でなくなる喪失感、恐怖感と
相反する期待感、興奮が複雑に交差します。

今後の展開を心待ちしています。


[14] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/10/29 (水) 22:02 ID:HgNBIVPI No.32425
まるで白い光の中に吸い込まれるように、幸代の背中はゆっくりと遠ざかっていった。

その姿が完全に視界から消えるまで、私は言葉も動きも失い、ただただその場に立ち尽くしていた。

胸に広がっていたのは、言葉にできないざわめきだった。
痛みでもなく、悲しみでもない。

不安だ……

深くて静かな不安が、私の胸の底をひたひたと濡らしていた。

それでも唯一の救いだったのは、不安なのか緊張なのか 表情を強張らせ「行きたくない」とまで言っていた幸代が、村川さんと話をしながらでも なんとか前に歩みを進めていたことだった。
もしかしたら あれだけ(“新婦”ではなく)“花嫁”として ウェディングドレスが着られることを楽しみに、ワクワクと嬉しそうに待ち望んでいた気持ち に戻ってくれたのかもしれない…… 
一方的ではあるが、私は幸代のことを そんなふうにポジティブに思うようにした。

一人で佇んでいた私は、チャペル内の設営で 忙しなく動き回り始めたスタッフの邪魔にならないように、とりあえずチャペルの外へ出ようとした。

その時 背後から、

「招待客役のエキストラさん? お疲れさんです。 えっと お名前は?」

水色のスタッフ用のトレーナーを着た若い男性が私に声を掛けてきた。

「あっ 佐山です。…… 佐山康則 ですが……」

すぐに彼は手にしていたバインダーに閉じられていたリストを捲り、所定のページから座席一覧を指しながら、

「んと、佐山さんの席はココ。 まだ1時間、いや1時間半くらいあると思うので、座って待ってもらっていても良いですよ」
「あんまりウロウロされると ウチらの邪魔になってもいけないので…… あっ、危ないからね」

言い方に悪気がないのは わかっている。
けれど、息子くらいの年齢の男に、邪魔だとか言われると、正直 気持ちは穏やかではなかった。
ただ彼は彼なりにプロとしての役割をもって設営の仕事に没頭しているのは理解できた。
それに、こんなところで腹を立てても仕方がない。

「そうですね…… はい、わかりました」

素直に私は若いスタッフの指示に従うことにした。

彼の指していた席は、招待客席エリアの一番後ろの 一番隅っこで、残念ながら ヴァージン・ロードからは一番遠い所だった。
そういえば、と幸代が無理を言って私をエキストラに入れてくれたことを思い出して、それだと尚更、不満など言える立場ではないことも自覚した。

ベンチに腰を下ろすと、背中に触れた木の冷たさが じわじわと染み込んできた。

(外は、あんなに初夏の陽気だったのに……)

まるで私自身のテンションの低さが、そのままこの冷気に繋がっているかのような気がした。

何気に、左前方に設置されていた白いスクリーンに視線を向けると、その下には“新郎役”と思われる男が立っていた。

遠目に見たところ、まるでK川晃司さんを思わせるような、体格も良くてワイルドで品のある都会的な雰囲気を纏っていた。
シルバーグレーのタキシードがその精悍な表情に溶け込み、彼は数名のスタッフと軽口を交わしながら、自然な笑顔を浮かべていた。

おそらく私と同じくらいの年齢だろう、撮影の映えもあるのか、背が高くてスラリと伸びたその立ち姿がひときわ目を引いた。

背が高くてスラリ……か、 
彼の背丈と私の背丈……は?

先ほど声を掛けてきた若いスタッフが私と同じくらいの背丈だったこともあり、そのスタッフと並び 話をしている“新郎役”の彼は、そのスタッフ“つまり私”よりも、頭ひとつ分くらい背が高いのが 離れた席からでも見て取れた。

おそらく175〜180cmだろうか、いや もっと……?
私の身長は165cmだから、コンプレックスを抱いたのも事実だ。

それに加えて、彼の醸し出す それとない余裕と安定感に、私は言葉にできない距離を感じていた。

(……負けたな)

さらに、幸代とその男が並ぶ姿を想像してしまい、胸の奥がきゅっと縮こまった。

そんなふうに感じている自分が嫌で、無理に自分に言い聞かせた。

(いや、160cmもない幸代と並んだら むしろ凸凹して絶対にバランスが悪いだろう、全然 似合わないな、見映えだって良くないし……)

そんな言葉が頭をよぎった、いや 無理にでも よぎらせた。

(わかっている…… これは自己防衛なんだ)

自分自身を守るために作り上げた つまらない理屈/屁理屈で、胸の奥に広がる引け目を どうにかして消し去りたくて、必死に言い聞かせているだけだとわかっていた。
だけど、そう思わずにはいられなかったのだ。

とにかく私は彼から視線を剥がし、ふたたびヴァージン・ロードから、その先の祭壇へと這わせた。

そこは幸代が立つ舞台。
真っ白なドレスに包まれた“新婦”としての場所。

さっきまでの私はその姿を見たいと思っていた。
でも今は、見てはいけない、それどころか見たくもない気がしていた。

彼女の晴れ姿を見てしまったら、何かが壊れて、もう戻れなくなってしまうのではないか?
そんな予感が、胸の奥で静かに疼き始めていたから。

チャペルの天井は高く、その荘厳な空気が肌に絡みつく。
それは祝福の場に流れるはずの空気ではなく、まるで“儀式”の場にしか存在しない神聖で重厚で冷徹な沈黙だった。

私は ただ、黙って座り続けた。


[15] Re: ウェディングドレスの妻  ボルボ男爵 :2025/11/02 (日) 17:31 ID:YP5lGNhE No.32431
佐山様
どうかお願いです。最後まで書ききってください。
まるでサスペンスドラマのようでワクワク、ドキドキが止まりません。
文章も秀逸で引き込まれます。切なく悲しいラストが待っているような・・・・。
よろしくお願いします。


[16] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/11/04 (火) 07:37 ID:sd5pR5L2 No.32434
けんけんさま、きーくんさま、ボルボ男爵さま 応援、ありがとうございます。


数名の設営スタッフが慌ただしく行き来していたチャペルの中も、 少しずつ“儀式”の場にふさわしい静寂に向けた重々しく清々しい雰囲気へと変わりつつあった。

それでもまだ 時間的には式の始まりには早く、招待客役のエキストラもまばらで、その分だけ広い空間が不自然なほど冷たく、非現実的な浮遊感を漂わせていた。

私は指定された招待客席の末席に座ったまま、スマートフォンを無意味にいじっていた。
通知はひとつも来ていない、来るはずもない。
SNSは眺めるだけで、まったく頭の中に入ってこない。
なのに、指だけが勝手に動く。
画面を見て、閉じて、また開いて、ポケットに戻して、また取り出す…… そんな動作を何度繰り返しただろう。 
ただ、その動きが私の心のざわつきを隠す唯一の手段だった。

胸の奥に居座る感情は、言葉にしがたいものだった。
不安、緊張、苛立ち、嫉妬…… そんな単語を当てはめても、どれもピタリとこない。
もっと原始的な、ざわざわとした胸騒ぎが、呼吸の奥をかき乱していた。

自分なりに理解はしているのだ。
間違いなく これはシニア婚という企業の商品PRのための「撮影イベント」だ。 だから結婚式の演出も 幸代の新婦役というのも 単なる「ごっこ」なんだ、と。
幸代も 私も そして先ほど目にした新郎も、全員がこの日 いや、この時限りの“役者”“偽物” でしかないのだ、と。

幾度となく そんなことを頭の中に巡らせながら、いつのまにか私の体は自然と動き出した。
理由もなく私は立ち上がり、意味もなく私はチャペルの外へ出た。
スタッフに見咎められるのが嫌で、影を縫うようにして 隣の管理棟と思われる洋館風な建物に繋がる渡り廊下を歩いた。

どこに行くつもりなのか、自分でもわからなかった。
ただ、あの場所にずっと座っているのが耐えられなかった。

そして、足が止まった。

目の前にあるのは、真っ白な扉。
その中央に、金色の横長の小さなプレートがひとつ掛けられていた。

《新婦御控室》

たった五文字。
けれど、その言葉の重さに、喉が詰まる。

(やめておけ)

どこかで声がした。 
自分の内側からの警告だった。
でももう届かなかった。

間違いなく、この扉の先には、照れながら 恥ずかしがりながら、それでも少しだけ微笑み、ハニかんで嬉しそうにドレスの裾を整えている、そんな可憐な幸代がいるのだ。

純白のウェディングドレスをあれだけ楽しみにしていた幸代が、「トオサン、どうかな?」と 私をニッコリと恥じらいの笑顔で迎えてくれるはずだ。

「カアサン、意外にお似合いだな〜……」と私が言えば、

「意外だ なんて……もぉ! 失礼ね!」と膨れっ面をしながら優しく柔らかい目をして応えてくれる幸代。

私は、そんな明るく朗らかで微笑ましい やり取りのイメージだけを、頭の中に描いた。
イメージに近ければ、私が今抱えているモヤモヤした気持ちは 一瞬にして消え去るに違いない。

ポジティブなテンションに切り替えた私は、
(よし! 一言、オバサンを冷やかしてやるか)と、ジョークの一つでも頭の片隅に浮かべながら、とりあえず 笑みを作って扉に手を伸ばした。

あえてノックはしなかった。
きっと独りで寂しがっているだろう幸代に、ちょっとしたサプライズという思いも込めていたから。
だから ゆっくりと、静かに 覗くように、厚めの扉を押し開けた。


[17] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/11/05 (水) 05:52 ID:xKf9l3tU No.32435
更新ありがとうございます。新婦の控室に入るのですね。ご主人であれば当たり前の行為なんですけど。なんかドキドキしますね。その先には何が待ち構えているのかすごく気になります。続きお待ちしてます。


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