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ウェディングドレスの妻

[1] スレッドオーナー: 佐山 :2025/10/25 (土) 02:07 ID:fm1CrgoQ No.32402
『なんでも体験告白』から移りました リライト版です。

◇登場人物

・私、佐山康則(58歳)電機メーカー勤務
 身長165p 明るい性格 腰痛、肩こり、下戸 のイメージ  
 趣味は映画・スポーツ鑑賞、ハイキング

・妻、佐山幸代(旧姓伊藤)(55歳)スーパーでレジや品出しのパート社員
 身長158cm、普通体系 黒髪、肩にかかるボブ、ナチュラルメイク、
 スニーカー、靴下、自転車、ブランドよりもトップバリューのイメージ
 趣味は庭いじり 綺麗よりも笑顔が愛らしい可愛い系

・私たち夫婦は、結婚30年、シニアらしい平凡でのんびりとした普通の暮らし

・子供(長男:大樹(28歳)、長女:里奈(26歳))ともに成人未婚、県外勤務


◇本文 〜特に同年代の男性の方に自分に置き換えて読んでいただきたい〜


桜が満開になる 少し前の休日……

私、佐山康則(58)は、遅めの朝食を終え、新聞を広げたままリビングで のんびりと過ごしていた。
カチカチと 壁にかかった古い振り子時計の音だけが、やけに鮮明に聞こえる。
今日は特別な予定もなく、ただ時間だけがゆっくりと流れていた。

部屋着姿の妻 幸代(55)が、ベランダで洗濯物を干し終え、柔軟剤の石鹸のような香りの上に、わずかな外気の匂いを纏って キッチンへ戻ってきた。
髪を後ろでまとめた、いつもの素朴な外見だ。

「今日は暖かくなるって言ってたけど、外はホントに暖かいよー」

幸代はお湯を沸かしながら、そう言った。
シュンシュンと鳴り始めたケトルの音が、静かなリビングに活気を与える。

「そうみたいだな…… 昨日は寒かったけどな」

私は新聞から目を離さずに返す。
それ以上、言葉は続かなかったが、それで十分だった。

コーヒーメーカーが作動している音がして、ほのかな香りがリビングにまで漂ってきた。
幸代は当たり前のように、私のマグカップにもブラックコーヒーを注いでくれた。
砂糖もミルクも入らない、いつもの味だ。

一口飲んだあと、幸代がふと思い出したように言った。

「あっ 来週ね、里奈ちゃん…… 友達の結婚式があるから帰ってくるって」

「え? また帰ってくるの?」

私は少し驚きつつ、思わず口元が緩む。
たしか先月も? いや まだ ひと月も経っていないだろう……。

「あの子もだけど…… 友達も、もう そういう年頃だしね」
「なんか、いつの間にか って感じよね」

カップを両手で包みながら言う声に、わずかな感慨が混じっていた。
母親として、思うところがあるのだろう。

「そっか…… で? 里奈自身は? 結婚の話とかないの?」

私の問いに幸代は、肩をすくめて にこりと笑う。

「どうかなー。 トオサン 直接聞いてみれば?」

「いやいや、やめとく……」

即答すると、幸代がくすっと笑った。

「だって焦らせたら、あいつ 余計に逃げるだろ」と私が言えば、

「そうそう。 特に あの子はね」幸代が笑顔で返してきた。

言葉にしなくても、同じことを考えているのがわかる。

「大樹は?」

気になった私が聞けば、

「仕事が楽しいみたいよ。 結婚なんて まだまだ先じゃない?」
「というか…… あんまり考えてないかもね」

幸代の答えはあっさりしたものだった。

それ以上、子どもたちの話は広がらなかった。
もちろん心配していないわけではない。 ただ、もう私たちの手を離れている、それを自然に受け入れているだけだった。

「トオサン 買い物、行く?」

幸代が立ち上がりながら訊いてきた。

「天気も良いし…… うん、行こうか」

私たちは自転車で並んで走る。
幸代の、色あせたコットンのシャツが風を孕んでふわりと膨らむ。使い込まれた自転車のチェーンからの規則正しい金属音が耳に心地いい。

住宅街を抜けると、爽やかな風の中に はっきりと春の匂いが混じっていた。
道沿いの桜は 七分咲きと言ったところだろうか。

「来週は 満開だねー」

幸代の嬉しそうな声に 私は大きく頷いた。

「あっ 道、こっちから行かない?」

そう言いながら、幸代が角を曲がった。

「あ、いいけど…… どした?」と私。

「あそこの花壇、今綺麗だから」

彼女が指差した先には、近所の公園のチューリップが鮮やかに揺れていた。
いつものスーパーへの最短ルートではないけれど、今日はその遠回りが、妙に贅沢な時間に感じられた。

スーパーでは、幸代が食材を選び、私は黙ってカートを押す。
いつもの役割分担だが、不思議と落ち着いて心地も良かった。

レジ待ちの列では、私たちの前に並んでいた若い夫婦が赤ん坊をあやしていた。

「かわいいねぇ」 幸代が 私にだけ聞こえる声で。

「うん、ウチの二人も あんな頃があったよなー」と私。

「ほんとにね〜」

それ以上は、言わなかった。
言わなくても、わかっていた。

特別な出来事は、何ひとつない。
こんな穏やかな時間が、この先もずっと続いていく…… その時は、疑いもしなかった。

そして5月の終わり頃……

爽やかな風が、薄く開け放った掃き出し窓から部屋に入り込み、レースのカーテンをふわりと膨らませた。

庭の片隅にある小さな花壇では、幸代が手をかけて育てているミニバラの枝先に、ひとつだけ小さな花が静かにほころんでいた。
朝、彼女は軍手をはめた手で枝ぶりを整え、しゃがみ込んで黙々と土に向かっていた。
デニムとスニーカー、ゴムで束ねた髪。Tシャツの背中が陽の光を透かし、まるでひとつの風景画のようだった。

幸代の身長は158cmと比較的小柄ではあるが、体形も姿勢も全くと言っていいほど崩れることなく 若々しい外見で、特に外見に貫禄?の出始めた私からすれば、同年代として素直に羨ましく思えてくる。
いや それどころか、なぜか彼女だけは歳を取らないようで、悔しくもあり負けた気にすらなってしまう。

今日、日曜日の昼食は、冷やしうどんと昨晩の煮物の残りだった。
少し歪な形のガラス鉢に盛られたうどん。薬味のミョウガの鋭い香りが鼻をくすぐる。
飾り気のない地味な献立だけど、それが彼女らしい。
温もりがあって ほのぼの感があって、体の奥が「思い出してくる」ような味だ。

昼食を終えた 私は新聞を広げたまま、うたた寝をしていたらしい。
目を覚ましたとき、いつのまにか陽射しは傾き、室内の影が深くなっていた。

幸代はローテーブルに片腕を乗せて、もう一方の手でひざを軽く抱えるようにリラックスして座っていた。
黒髪をざっくりとひとつに束ね、グレーのコットンシャツとくたびれたベージュのパンツ、足元は白い靴下。
それだけの装いなのに、どこか整って見える。 むしろ、年を重ねた女性だけが纏える、落ち着いた清潔感と“奥行き”のようなものが そこにあった。

ふと、私の視線に気づいたのか、幸代がこちらを見た。

「あっ……トオサン? そういえばね……」

「ん?」

まだ夢の名残をまとったような、鼻にかかった声が自分でも可笑しかった。

「再来週の日曜日だけど…… 午後って、なにか予定ある?」

「再来週? いや ないよ。 知ってるだろ? 日曜はいつもヒマしてるって」 私は即答した。

「ならよかった……」

「なんで? 何かある?」

「うん なんかねー、冗談みたいな、でもけっこう真面目な話で……」

彼女の声が、わずかに調子を変えた。
いつもより、ほんの少しだけかしこまった口調。
でもその奥には、どこか照れを含んだ笑みが滲んでいて、その“間”だけで私は胸の奥がざわついた。

「何? 真面目な話? カアサンの? 相談事か? それともトラブル?」

「ううん、そんな大げさなことじゃないけど……」

ぽつりぽつりと、幸代が話し始めた。

彼女がパートに行っている中堅スーパーが、最近 ブライダル関係の企業と業務提携を結んだという。
いわゆる異業種提携というやつだ。
その一環として “シニア世代のためのブライダル・プロモーション” なる企画を始めたらしい。

「“熟婚式”とか“再誓式”“新寿式”、あと“年輪婚”“円熟婚”“オトナ婚”とか呼ぶみたいで…… 人生の後半に、もう一度 幸せの節目をつくるんだって…… なんか最近 いろいろあるよね」

人生100年と呼ばれ始めた、今からの時代ならでは の企画だ。
そんないわゆる「シニア婚」のパンフレットや動画に使う素材として、社内でモデルを公募していたらしく、なんと幸代が“花嫁モデル”に選ばれたのだという。

「何回も、ホントに何回も断ったんだけど……」
「だって、わたしなんかよりも…… ね」と回想する幸代。

更には パート仲間の強い推薦と、スーパーの課長から本社への熱い後押しもあったとのこと。

「シニアの生活感が出ている“ごく普通の一般の人”が求められていたんだって……」
「ちゃんとしたモデルさんじゃなくて、素人。 できれば“地元住みの女性”っていうのが、コンセプト? みたいなのに合うみたいで……」
「あと、年齢的には50代の半ばの人 って えっ? それ、わたし? って…… なんだかんだでドンピシャだったから……」

まるで誰かに言い訳でもするような口調で、立て続けに そして一方的に、私に捲し立てた流れで、

「ねぇ、どうしたら良いと思う?」と今度は真面目な顔で訊いてきた幸代。

「え? どうしたらって…… そんなのオレに聞かれても……」

突然、そんなことを振られて、私も どう答えて良いのか、わからない。

すると幸代が、ふっと軽く息を吐きだして、

「というか、もうほとんど 話は決まってて…… 断れない雰囲気なんだよね……」

そう言って、少しだけ視線をそらした彼女の口元に、かすかに恥じらいが浮かんでいた。

「は? マジで? 冗談だろ?」

少しトーンの上がった私に合わせるように幸代の音量もアップした。

「わたしだって冗談って思いたいよー!」

彼女の頬が、西日に照らされてほんのりと赤らんでいる。それが困惑のせいなのか、心のどこかにある高揚のせいなのか、その時の私には判別がつかなかった。

「え? じゃぁ…… もしかして、申し込んだの?」大げさに目を丸くした私。

「もぉ! そうじゃなくて…… 申し込まされたの!!」と頬を膨らませた幸代。

「あはは、罰ゲームだな、それ」

素直に笑いが喉の奥からこぼれた。
普通に滑稽で笑わずにはいられなかった、というのが私の最初のリアクションだった。

「あー 罰ゲーム…… たしかにね。 でもそれより酷いかも」

けれど、彼女の顔は笑っていなかった。
いや、笑ってはいたけど、それは“困惑の中にある照れ”のようで。
冗談で済まされるような話では、なさそうだった。

イベント自体も中堅どころの映画制作会社のしっかりとした撮影部隊が入るらしく、それなりのスケールで実施されるらしい。

「あ、だったら 里奈に変わってもらったら?  結婚式の練習になるだろ?」
「あ! でもダメかー、シニアだから年齢制限があるんだよな?  若い人はNGですって(笑)」 

そう言って、何気に彼女を からかってみる私。

「トオサン、そんなこと無理だって わかって 聞いてるでしょー……」

幸代が優しい目をして私を睨んだ。

さらに私は、別にどちらでも良いものの なんとなくの興味本位と彼女との話し合わせのために聞いてみた。

「というか、ドレス着るの? それとも白無垢だっけ? 和服とか?」

「んー、それが…… ドレス、純白のウェディングドレスなんだよね…… せめて和装だったら、私もここまで悩まないよー」

「へぇー、ヒラヒラでフリフリの白いドレスか…… じゃぁ、オレはシニアの花婿か?」
「今さら加齢臭で腹が出たオヤジがタキシード着て、蝶ネクタイして…… 鼻毛も切らないとな…… あははっ」

おチャラケ気味に私が言うと、意外にも真剣な表情で幸代が返してきた。

「じゃぁトオサンは…… 花婿さんの役を頼まれたら、本当にやりたいと思ってる? やってくれる?」

私は間髪入れずに返した。

「絶対に嫌だな、ムリ 無理、恥ずかしすぎるし、世間の笑いものになりたくないよ」

「そうよね…… やっぱり無理な話よね…… 笑いものか……」

幸代は口元に笑みを浮かべ そう答えたものの、ほんの一瞬だけ 冷めたような目線を左下に向け、そして軽く口先を締めた。
長年 生活を共にした私だけが知る、彼女が 機嫌を損ねた時や気分を害した時などに見せる ほんの微かな “ネガティブなジェスチャー” だった。

(あれ? ヤバいな……  こりゃ マジで怒らせてしまったかな?)

そう思った私は、新聞を折り畳みながら、わざとらしくため息をついてみせた。
いちおうは、幸代の気持ちに寄り添うようにしないといけない、と思ったのだ。


[32] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/12/05 (金) 18:00 ID:6idkrYnY No.32474
きーくんさま、ボルボ男爵さま  コメントをありがとうございました!



それでも幸代は私の存在が よほど嬉しかったのか、それとも どこか安心した気持ちになったのか、深紅の唇をゆっくりと綻ばせ、

「ねぇ、トオサン……」

「どした?」

純白のドレス姿の幸代に、どうもまだ調子のつかめない私だったが、なんとか柔らかく応えた。

「もしかしてさ…… ……」

口籠るというよりも、わざと口を止めた感じの幸代。

「なに? どうした? なに?」

「…… トオサン 今、わたしを見て 照れてるでしょ?」

幸代は 悪戯っぽく、けれど私を試すような鋭い視線で聞いてきた。

「あはは 何、言ってるんだ〜」 ドキッとした。
「そんなわけないだろ……」 とにかく声だけは繕った。

私は咄嗟に否定したが、自分の顔が熱くなるのがわかった。
目の前にいるのは30年連れ添った妻なのに、その完成された美しさに気圧され、まるで初恋相手と二人きりにされたような、不器用な自分を晒してしまう。

しかしアイメイクで武装した 幸代の鋭い眼差しは、狼狽える私の目を捉えて離さなかった。

「うそぉ〜 なぁーんだ、つまんない」

幸代は軽く肩をすくめて、もう一度 重厚なトレーンを持ち上げながら、あと半歩だけ私の方へ歩み寄った。
コツッとハイヒールの小さな音が控室の静けさに溶け、柔らかな空気を感じるとともに、ドレスからの漂う魅惑的な香りとともに私のパーソナルスペースを強引にこじ開けた。

窓から差し込む光が、ウェディングドレスの白さと妖艶な彼女の顔を優しく照らした。

「もぉ! ちゃんとしっかり見てよね!」

茶目っ気たっぷりのその言葉は 軽い悪戯心を含んでいるけれど、柔和で優しく可愛らしい いつものカアサンの表情が、妖艶なブライダルメイクの下に透けて見ることができた。

「カアサン、ムリして…… そんなに近づいて…… 大丈夫か?」
「そうでなくても、背が並んだし、シワやシミがよく見えるぞ?」なんとか私も返す。

「あはっ 本当は恥ずかしいくせに〜 トオサン ホント、素直じゃないんだからー」と幸代。

これまで散々 シニア婚やドレスのことを、冷やかし からかっていた私のことを、幸代は ここぞとばかり容赦なく反撃に出ていた。

もちろん冗談を言い合い、ジャレ合っているのは わかっている。
こんな微笑ましい子供じみた会話も 分かり合える夫婦ならではの暗黙の了解として、私たちは このひとときを楽しむ余裕さえ感じ始めていた。

緊張で固まっていた空気はすっかり解け、久しぶりに二人だけの “いつもの夫婦の距離” に戻ったことが実感できたのだ。

(やっぱり、ここに来てよかった!) 私は心から思っていた。

と…… 控室の扉が、静かに まるで空気を切るように開いた。

「新婦さま、お時間になりましたので スタジオにご案内いたします」

イベント企画会社のチーフマネージャー 村川さんが、ひとつ会釈をして入ってきた。

彼女の声は柔らかくも無機質で、まるで静かな刃のように響いた。
私はそれまで部屋を包んでいた “2人きりで夫婦の存在を確認できる濃密なひととき”が、音もなく裂かれていくのを感じた。

村川さんと一緒に入ってきた もうひとりの女性スタッフが「新婦さまのは こちらになります」と丁寧に両手で包むようにして、小さな白いジュエリーケースを幸代に手渡した。

「あ…… はい…… ありがとうございます……」

どこか寂しそうな表情に変わった幸代は 静かにそう返して、ウェディンググローブに包まれた両手で大事そうに、そのケースを受け取った。

そして幸代がゆっくりと私に振り向くと、光沢のある純白のグローブをしたままの左手を私に翳し 申し訳なさそうな表情をして口を開いた。

「トオサン、ごめん…… あのね…… ……んー」言い出しにくそうに口籠る幸代。

「ん? なに? どうした?」私は努めて明るく彼女に応えた。

「ごめんなさい…… 今ね…… わたし…… 指輪をね…… ……」

「指輪? 指輪がどうかしたの?」 私は反射的に聞き返す。

「うん、ずっと嵌めていた わたしたちの結婚指輪…… 今、外しちゃってるの…… 」
「ここでは 式用のリングを使うように、って言われてて…… だから外さないといけなくて…… ごめんなさい」

そう言って幸代は、スタッフから渡されたジュエリーケースをそっと開いた。
中には、外枠がゴールドの光沢のある厚めのプラチナリングが収まっていた。

まだ誰の指にも馴染んでいない“工業製品”のような、冷たく無機質な輝きを放ち、私たちが30年かけて、傷をつけ、曇らせ、お互いの指の形に変えてきた“本物”の指輪とは、あまりにもかけ離れた“偽物”の美しさ……
眩しすぎるほどの 演出用の新品が、無言でその順番を待っていた。

「へぇ〜 そっか。 すごいな! けっこう本格的な式なんだな〜」
「でも、こっちの方が綺麗だし、新品だし…… いいじゃん…… 高そうだし、あはは」

私は、できるだけ軽く言葉を返した、返すしかなかった。
それは、明らかな強がりだった、笑顔で塗り潰すしかなかったのだ。
同時に、彼女の指から私の存在が消え 誰のものでもない指輪がそこに収まろうとしている事実に、内臓を素手で掴まれるような嫌な痛みが走った。

幸代はふっと短く息をつき、その新しい指輪に視線を落としたまま、ぽつりとつぶやいた。

「……わたし こんなの使いたくない…… 返したいよ、ダメかな?」

それは、ほとんど音にもならない声だった。

そして幸代の艶やかな深紅の唇が、わずかに震えながら もう一度動いた。

「トオサン…… やっぱり わたし、行きたくないよ…… ……もう 帰りたい……」

妖艶なメイクをした幸代が、今度は私を見て言ったのだ。
上品で美しく華やかに そして強く仕上がった彼女には似合わない震えた声だった。

私は息を飲んだ。 喉の奥に、何か熱いものがせり上がってくる。

(うん、行かなくていい) すぐにそう言いたかった。 

いや、言わないといけない……

……でも、言えなかった……

これまで幸代に対して、たかがイベントだからと、余裕ある顔を見せたい という見栄なのか、
スタッフがいる中で、惨めな男とか弱いとか情けないと言われたくない、と世間体を気にしていたのか、
理解のある夫、心の広い夫だ、と 幸代にもスタッフにも思われたかったのか、
とにかくちっぽけなプライドのために私は素直になれなかったのだ。

素直になれない性格とわかっているのに、それがこの場で改善できない私自身が嫌になるくらいだった。


[33] Re: ウェディングドレスの妻  きーくん :2025/12/10 (水) 10:39 ID:OufAq85k No.32475
佐山さん

今まで普通にそばにいた妻なのに、
自分が贈った結婚指輪を外し、別の結婚指輪をするようになってしまう・・・。
儀式と分かっていても、離れていってしまう気になりそうですが、
女々しく思われたくない、ちっぽけな自分と重ねてしまっています。

続きを期待します。


[34] Re: ウェディングドレスの妻  ボルボ男爵 :2025/12/11 (木) 17:42 ID:7zs7Le7M No.32476
佐山様

「行かなくていい」、その一言を飲み込んでしまったことを、後に大いに後悔することになってしまうのでしょうか。

大きな口を開けてご夫婦を飲み込もうとしている陥穽が待ち受けているのですね。

スタジオでいよいよ事は大きく動くのでしょうか?奥様は打ち合わせの段階で何かを言い含められていたのですかね。

一歩踏みだせないのはそのためなのか・・・・いろいろ想像してしまいます。


[35] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/12/12 (金) 23:38 ID:N6G6XxSU No.32477
きーくんさま、ボルボ男爵さま  コメントをありがとうございました!



目元がブライダルメイクで艶やかに彩られた幸代はもう一度、まっすぐに私の顔を見た。
その瞳には、怖れとためらいが入り混じった色が揺れていた。

「ねぇ、トオサン…… もし私が、ここで逃げ出したら…… どうなるの?」

冗談めかした幸代の口調だったが、声は震え 笑みはひどく不自然だった。

私は、苦笑いすらできなかった。
冗談として受け流すには、重すぎる言葉だったから。

(……じゃあ、オレも一緒に逃げるよ)…… 

本当はそう言いたかった。 でも、その言葉も、結局は喉の奥で凍りついた。

代わりに、口からこぼれたのは自嘲のような一言だった。

「ごっこ なんだ って思えば大丈夫。 だって撮影だろ? イベントなんだから」
「終わったら、子どもたちにも自慢できるんだし…… な?」

虚しい言葉だった。
子どもまでをネタに出したのは卑怯な気もした。
だけど、それが今の自分にできる、せめてもの “逃げ道” だったのだ。

幸代は、ふっと深紅に塗られた唇だけで笑った。
その笑みが、少しだけ私の胸の痛みを和らげた。

だから、私は続けた。

「かわいいお嫁さんになりきって、今からもっと幸せになるんだって 思えば大丈夫」

かわいいとは言えない、言っては失礼なくらいまでに、ブライダルメイクで圧倒的に綺麗に いや妖艶に変身した幸代に、そう言った瞬間……
私はふたたび胸の奥が、きゅうっ と締めつけられた。

(行かせたくない……)

幸代の目に、涙がたまりはじめていた。
瞬きを繰り返しながら、やっとの思いで顔を上げる。

「うん、そうだよね…… うん…… でも、私……やっぱり……」

その声は、彼女の白い鎧をすこしだけ脱がせるような、素直な告白だった。

「大丈夫、カアサン。 すごく綺麗な50代のオバサンだし」
「オレも、ちゃんと招待客として、めっちゃ大きな拍手をしてあげるから。 あはは!」

笑ったつもりだった。 でも、自分の頬が引きつっているのが、はっきりわかった。
拍手という行為は祝福であると同時に、彼女をあちら側の世界へ 今岡という新郎のもとへ と送り出すための、残酷な合図でもある。
それでも、言葉にして幸代の背中を押さなければ、本当に彼女が崩れてしまいそうだったから。

少し離れたところで別のスタッフと打ち合わせをしていた村川さんが再び私たちに向かって口を開いた。

「新婦さまー すみませんが、もう お時間いっぱいなので」
「新郎さまもお待ちです、スタッフも準備が整っていますので お願いします」

その言葉に、幸代は小さく息を呑んだ。
目に溜まった涙をこらえるようにして、震える声でつぶやいた。

「……ありがとう、トオサン……」
「わたし…… …… 行ってきます」

俯いたままのその言葉に、これまでの恐れと それを超える覚悟が、確かに混ざっていた。

私は、それを明るく受け止めたかった。

「うん、行ってこい カアサン。 お幸せに〜! …… あはは!」

ほんの少しだけ、彼女の頬が緩んだ。

「……うん、じゃあ……」

小さな声で そう言ったあと、幸代は静かに私に頭を下げて スタッフの方へと向き直った。

「すみません…… おねがいします」

幸代は白く重厚なドレスの裾をそっと持ち上げ、真っすぐ歩き出した。
彼女の歩みは、まるで一つの人生を終えて、別の新しい場所へ向かう出発の足音のように、静かで 確かだった。

無表情のスタッフたちが波打つトレーンを整えながら まるで女王の警護のように 頭を下げたまま幸代に従う。
幸代が歩みを進めるたびに ゴージャスで優美な純白のウェディングドレスが彼女に馴染んでいき、やがて堂々とした強いオーラを放ちながら、別室へと消えていった。

余韻の覚めやらない控室に残る私は、ひとり立ち尽くしたまま、しばらくは彼女の残像を追っていた。

(本当にこれで良かったのか?)
(どうして、素直になる勇気が持てなかったのだろう……)

心の奥に、どうしようもない葛藤、いや大きな後悔が渦巻いていた。

私は深く息を吐き、彼女の残り香がまだ微かに漂う控室を後にして、式のために用意された 私の“指定席”となっているエキストラ席へ向かった。


[36] Re: ウェディングドレスの妻  ボルボ男爵 :2025/12/13 (土) 12:18 ID:Ig1sF4AY No.32478
首を長くしてお待ちしておりました。

自分で勝手に先読みをしてあーだこーだと書き連ねたいことが山ほどあるのですが、偶然にも
ネタバレヒットしてしまうとマズいので我慢我慢・・・・

スタジオに入ってしまうと、そこでのことは想像と妄想の世界にしかなりませんね。

次奥様に出会えるのは「新郎、新婦のご入場です」、のアナウンス後ということになるのでしょうか。

ワクワクが止まりません。


[37] Re: ウェディングドレスの妻  きーくん :2025/12/17 (水) 11:29 ID:PGyfhHPA No.32479
佐山さん

「行くな」と言えないもどかしさと去り行く妻の強いオーラを感じ、
妻が妻でなくなり、別の女の姿を見せるのでしょうか。
はっきり言えないその姿に、自分をダブらせてしまいます。

今後の展開に期待します。


[38] Re: ウェディングドレスの妻  赤嶺 :2026/01/01 (木) 20:53 ID:90UMqYwc No.32518

お年玉?・・お待ちしております(笑)


[39] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2026/01/03 (土) 14:46 ID:O9vCgp6. No.32527
ボルボ男爵さま きーくんさま 赤嶺さま  
コメントをありがとうございました。本年もよろしくお願い申し上げます。
すでに投稿した内容も修正していますので、お読みいただければさいわいでございます。



正直、どこをどのようにして歩いていたのか、どんな表情をして歩いていたのかわからない。 とにかく私は自分が指定されている席に戻った。

すでにほかの招待客役として集められたエキストラたちが席を埋めていて、チャペル内はざわついていた。

席に着いてようやく周りの様子が見渡せられるくらいに呼吸も整ってきた私だったが、幸代のドレス姿は、まだ脳裏に焼きついたままだった。
そして「行きたくない」と言った彼女の声が、まだ耳の奥のどこか遠くで繰り返されている。

(幸代のドレス姿を オレは見たいのか? 見たくないのか?)

心の中の声が 内側でぎしぎしと軋んでいた。
ふと気がつくと、チャペルの中は 決して耳障りにはならないクラッシックのBGMがはっきりと耳に届くようになってきた。
先ほどまで控えめに笑い声を交わしていた満席のエキストラたちも、荘厳なチャペルの雰囲気に合わせてか、次第に声を潜め、囁くようにトーンを落としていった。

時間がじわりと縮こまるように、場の空気が凍りついていく。

そこに企画会社の撮影班と思われる若い男性スタッフ一人が、私たち招待客役に向けて何やら説明を始めた。
私の席は後方端っこなので、その声はどこか遠く、薄い膜越しに聞こえているようだった。

内容は演出の説明だ。 

しかし、私にはそれが現実そのものを上書きしてしまう“宣告”のように感じられた。

「本来、教会での一般的な結婚式ですと ヴァージン・ロードを新婦が父親と登場して歩きますよね。 ですが、今日 皆さんが出席してもらっているのは、“再誓式” という設定です」
「あらためて人生を共に歩み始める新郎新婦が “ヴァージン・ロード” ではなく “エターナル・ロード” を二人で歩き祭壇へと進みます。 どうか皆さん温かな拍手でお迎えくださいね」

赤く輝くヴァージン・ロードではない、深みのある藍色の絨毯、それが“エターナル・ロード”。
人生の再出発を意味する、二人だけの静かで凛とした誓いの道…… と、いうことだ。

(これは、ただの始まりじゃない。 終わりなき歩みが続く道か? オレは逃げてはいけない…… 幸代の姿をしっかりと見ないといけない……)

「皆さんの笑顔が大事ですよ! 開式まで残りわずかですが、笑顔の練習をしておいてくださいね! ただし、バカ笑いはダメですからね!」

これには席々から笑い声が漏れていた。

私もそんな雰囲気に引き込まれそうになりながら、一気に頭の中が柔らかくなった気がして、

(そうだよ、これは撮影なんだ、挙式ごっこなんだ。 ただの企業PRのための中年の結婚イベントだろ?)

何度繰り返して自分に言い聞かせても、胸の奥はその理屈を拒絶し、激しく波立っていた。

「これから皆さんにハガキサイズのカードを配ります」
「おひとり一枚とって隣の人に回してください…… 二枚取らないようにしてくださいね! もちろん三枚もダメですからね〜」
「ぜひ これを見て、新しい門出への祝福の気持ちを高めてくださいね!」

軽いトーンでオドケながら笑いを取るスタッフが張りつめていた空気を和ませ続けた。

「では、お配りします。 これ、今 仕上がったばかりのホヤホヤでーす。 とても素敵ですが、あとで回収しますので、記念に持って帰らないようにしてくださいね」

相変わらずのスタッフの軽口に、絶えずクスクスと笑い声も聞こえた。
きっと いつも、撮影を待っている素人エキストラに対しては、このようにして緊張を和らげているのだろう。

やがて、私の手元にも そのカードが回ってきた。

(おい、冗談だろ?)


[40] Re: ウェディングドレスの妻  きーくん :2026/01/04 (日) 14:05 ID:2nPWdf/M No.32535
佐山さん
本年も投稿にワクワク・ドキドキです。

これは企画会社のイベントであると頭では分かっていても、
見慣れた妻が、まるで違うウェディングドレス姿に身を纏い、
しかも、妖艶で強いオーラを発しながら相手側へと行って
しまう。自分から離れて行ってしまう危機感が迫ります。
その上、そんなに驚くカードはどうなっているんでしょうね。

続きを期待します。


[41] Re: ウェディングドレスの妻  ボルボ男爵 :2026/01/07 (水) 13:10 ID:hKIVZvco No.32538
佐山様

明けましておめでとうございます。

いよいよ歯車が狂いだしたようですね。
久しく忘れていた、それとも改めて気づかされた妻の美しさに心を奪われた
その瞬間、奥様は手の届かぬ所へ行ってしまうのでしょうか。

待っております。



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・規約違反や違法な投稿を発見した場合は、管理人宛に削除依頼等でご連絡ください。
・この掲示板は体験談や小説、エロエロ話等を楽しんでいただくための掲示板ですので、募集を目的とした投稿は厳禁です。(即時削除)
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・ただし、レスの流れの中でメールのやり取りをするのは全く問題ありません。
・ご夫婦、カップルの方に限り、交際BBSと組み合わせてご利用いただく場合は、全く問題ありませんのでドンドンご利用ください。
・なお、交際専用BBSにスレッドを作成できるのはご夫婦、カップルの方のみですのでご注意ください。
・お手数ですが、交際専用BBSと画像掲示板とを組み合わせてご利用いただく場合は、必ずその旨を明記してください。
 【例】「交際BBS(東・西)で募集している〇〇です」、または「募集板(東・西)の No.****** で募集している〇〇です」など。
・上記のような一文を入れていただきますと、管理人が間違ってスレッドを削除してしまうことが無くなります。
・万一、上記内容に違反するような投稿をされた場合は、妻と勃起した男達の各コーナーのご利用を制限させて頂きますでご注意ください。
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