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ウェディングドレスの妻

[1] スレッドオーナー: 佐山 :2025/10/25 (土) 02:07 ID:fm1CrgoQ No.32402
『なんでも体験告白』から移りました リライト版です。

◇登場人物

・私、佐山康則(58歳)電機メーカー勤務
 身長165p 明るい性格 腰痛、肩こり、下戸 のイメージ  
 趣味は映画・スポーツ鑑賞、ハイキング

・妻、佐山幸代(旧姓伊藤)(55歳)スーパーでレジや品出しのパート社員
 身長158cm、普通体系 黒髪、肩にかかるボブ、ナチュラルメイク、
 スニーカー、靴下、自転車、ブランドよりもトップバリューのイメージ
 趣味は庭いじり 綺麗よりも笑顔が愛らしい可愛い系

・私たち夫婦は、結婚30年、シニアらしい平凡でのんびりとした普通の暮らし

・子供(長男:大樹(28歳)、長女:里奈(26歳))ともに成人未婚、県外勤務


◇本文 〜特に同年代の男性の方に自分に置き換えて読んでいただきたい〜

5月終わりの頃……

爽やかな風が、薄く開け放った掃き出し窓から部屋に入り込み、レースのカーテンをふわりと膨らませた。

庭の片隅にある小さな花壇では、妻 幸代(55)が手をかけて育てているミニバラの枝先に、ひとつだけ小さな花が静かにほころんでいた。
朝、彼女は軍手をはめた手で枝ぶりを整え、しゃがみ込んで黙々と土に向かっていた。
デニムとスニーカー、ゴムで束ねた髪。Tシャツの背中が陽の光を透かし、まるでひとつの風景画のようだった。

幸代は年齢的には50歳代の半ば、身長は157-158cmと比較的小柄ではあるが、体形も姿勢も全くと言っていいほど崩れることなく 若々しい外見で、特に外見に貫禄?の出始めた私からすれば、同年代として素直に羨ましく思えてくる。
いや それどころか、なぜか彼女だけは歳を取らないようで、悔しくもあり負けた気にすらなってしまう。

今日、日曜日の昼食は、冷やしうどんと昨晩の煮物の残りだった。
飾り気のない献立だけど、それが彼女らしい。
どこかに温もりがあって ほのぼの感があって、体の奥が「思い出してくる」ような味。

軽い昼食を終えた 私 佐山康則(58)は新聞を広げたまま、うたた寝をしていたらしい。
目を覚ましたとき、いつのまにか陽射しは傾き、室内の影が深くなっていた。

幸代はローテーブルに片腕を乗せて、もう一方の手でひざを軽く抱えるようにリラックスして座っていた。
黒髪をざっくりとひとつに束ね、グレーのコットンシャツとくたびれたベージュのパンツ、足元は白い靴下。
それだけの装いなのに、どこか整って見える。むしろ、年を重ねた女性だけが纏える、落ち着いた清潔感と“奥行き”のようなものが、そこにあった。

ふと、私の視線に気づいたのか、幸代がこちらを見た。

「あっ……トオサン? そういえば……」

「ん?」

まだ夢の名残をまとったような、鼻にかかった声が自分でも可笑しかった。

「再来週の日曜日だけど…… 午後って、なにか予定ある?」

「再来週? いや ないよ。 知ってるだろ? 日曜はいつもヒマしてるって」 私は即答した。

「ならよかった……」

「なんで? 何かある?」

「うん なんかねー、冗談みたいな、でもけっこう真面目な話で……」

彼女の声が、わずかに調子を変えた。
いつもより、ほんの少しだけかしこまった口調。
でもその奥には、どこか照れを含んだ笑みが滲んでいて、その“間”だけで私は胸の奥がざわついた。

「何? 真面目な話? カアサンの? 相談事か? それともトラブル?」

「ううん、そんな大げさなことじゃないけど……」

ぽつりぽつりと、幸代が話し始めた。

彼女がパートに行っている中堅スーパーが、最近 ブライダル関係の企業と業務提携を結んだという。
いわゆる異業種提携というやつだ。
その一環として “シニア世代のためのブライダル・プロモーション” なる企画を始めたらしい。

「“熟婚式”とか“再誓式”“新寿式”、あと“年輪婚”“円熟婚”“オトナ婚”とか呼ぶみたいで…… 人生の後半に、もう一度 節目をつくるんだって…… なんか最近 いろいろあるよね」

そんないわゆる「シニア婚」のパンフレットや動画に使う素材として、社内でモデルを公募していたらしく、なんと幸代が“花嫁モデル”に選ばれたのだという。

「何回も、ホントに何回も断ったんだけど……」
「だって、わたしなんかよりも…… ね」と回想する幸代。

更には パート仲間の強い推薦と、スーパーの課長から本社への熱い後押しもあったとのこと。

「シニアの生活感が出ている“ごく普通の一般の人”が求められていたんだって……」
「ちゃんとしたモデルさんじゃなくて、素人。 できれば“地元住みの女性”っていうのが、コンセプト?みたいなのに合うみたいで……」
「あと、年齢的には50代の半ばの人 って えっ? それ、わたし? って…… なんだかんだでドンピシャだったから……」

まるで誰かに言い訳でもするような口調で、立て続けに そして一方的に、私に捲し立てた流れで、

「ねぇ、どうしたら良いと思う?」と今度は真面目な顔で訊いてきた幸代。

「え? どうしたらって…… そんなのオレに聞かれても……」

突然、そんなことを振られて、私も どう答えて良いのか、わからない。

すると幸代が、ふっと軽く息を吐きだして、

「というか、もうほとんど 話は決まってて…… 断れない雰囲気なんだよね……」

そう言って、少しだけ視線をそらした彼女の口元に、かすかに恥じらいが浮かんでいた。

「は? マジで? 冗談だろ?」

少しトーンの上がった私に合わせるように幸代の音量もアップした。

「わたしだって冗談って思いたいよー!」

「え? じゃぁ、申し込んだの?」大げさに目を丸くした私。

「もぉ! そうじゃなくて…… 申し込まされたの!!」と頬を膨らませた幸代。

「あはは、罰ゲームだな、それ」

素直に笑いが喉の奥からこぼれた。
普通に滑稽で笑わずにはいられなかった、というのが私の最初のリアクションだった。

「あー 罰ゲーム…… たしかにね。 でもそれより酷いかも」

けれど、彼女の顔は笑っていなかった。
いや、笑ってはいたけど、それは“困惑の中にある照れ”のようで。
冗談で済まされるような話では、なさそうだった。

イベント自体も中堅どころの映画制作会社のしっかりとした撮影部隊が入るらしく、それなりのスケールで実施されるらしい。

「というか、ドレス着るの? それとも白無垢だっけ? 和服とか?」

私は別にどちらでも良いものの、なんとなくの興味本位と彼女との話し合わせのために聞いてみた。

「んー、それが…… ドレス、純白のウェディングドレスなんだよね…… せめて和装だったら、私もここまで悩まないのだけど、ね」

「へぇー、ヒラヒラの白いドレスか…… じゃぁ、オレはシニアの花婿か?」
「今さら加齢臭のオヤジがタキシード着て、蝶ネクタイして…… 鼻毛も切らないとな…… あははっ」

おチャラケ気味に私が言うと、意外にも真剣な表情で幸代が返してきた。

「じゃぁトオサンは…… 花婿さんの役を頼まれたら、本当にやりたいと思ってる? やってくれる?」

私は間髪入れずに返した。

「絶対に嫌だな、ムリ 無理、恥ずかしすぎるし、世間の笑いものになりたくないよ」

「そうよね…… やっぱり無理な話よね……」

幸代は口元に笑みを浮かべ そう答えたものの、ほんの一瞬だけ 冷めたような目線を左下に向け、そして軽く口先を締めた。
長年 生活を共にした私だけが知る、彼女が 機嫌を損ねた時や気分を害した時などに見せる ほんの微かな“ネガティブなジェスチャー”だった。

(あれ? ヤバいな……  これはマジで怒らせてしまったかな?)

そう思った私は、新聞を折り畳みながら、わざとらしくため息をついてみせた。
いちおうは、幸代の気持ちに寄り添うようにしないといけない、と思ったのだ。


[17] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/11/05 (水) 05:52 ID:xKf9l3tU No.32435
更新ありがとうございます。新婦の控室に入るのですね。ご主人であれば当たり前の行為なんですけど。なんかドキドキしますね。その先には何が待ち構えているのかすごく気になります。続きお待ちしてます。

[18] Re: ウェディングドレスの妻  ボルボ男爵 :2025/11/11 (火) 14:43 ID:drMQUFYU No.32439
ご主人が見た扉の向こうの光景は・・・・
早く続きを読みたいです。気になって一日何回もチェックしています。


[19] Re: ウェディングドレスの妻  きーくん :2025/11/12 (水) 10:08 ID:IH2s7KQU No.32440
佐山さん

現実の中の非現実に不安、緊張、苛立ち、嫉妬の気持ちすごく分かります。
半面、これから起こることへの期待感もあります。

嫁ぐ妻はどうなるんでしょうね。
続きを期待します。


[20] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/11/14 (金) 09:43 ID:i.Hfb2/w No.32441
けんけんさま、きーくんさま、ボルボ男爵さま ありがとうございます。


《新婦御控室》の重厚な扉を意識的に静かにゆっくりと押し開けた。

そこは思いのほか広々とした空間だった……。

壁は淡いクリーム色で統一され、柔らかな間接照明が天井から穏やかに降り注いでいた。
天井は高く、視線を上げると繊細な木製の梁が走っていた。
部屋の一面に大きな鏡が据えられ、もうひとつの面に広めのドレッサーテーブルが添えられてあった。

窓は小さいが、重厚なカーテンが片側にゆったりと寄せられ、初夏の自然光が微かに差し込んでいた。
カーテンの柔らかな質感が、部屋の落ち着いた空気にぬくもりを添えている。

ドレッサーの隅には、白いレースで飾られたティッシュボックスと、数本の筆が並んだメイクブラシスタンド。
椅子は厚みのあるクッション付きで、座面も広くゆったりとしていた。

床は木目のはっきりしたフローリングで、長い時間使われてきたためか微かな擦り傷が見え隠れしている。
だが、その一つ一つがこの場所の歴史を物語るようで、どこか懐かしく温かな印象を与えていた。

空気はかすかに香水の甘い香りが漂い、どこか非日常の期待感と緊張感を孕んでいる。

この部屋は単なる控室ではなく、これから始まる“儀式”のための、静謐な聖域のように感じられた。
そこに立つ誰もが、ここで一旦、現実と切り離されて“役割”を演じるための準備をする場所だった。

私はこの空間に密かに足を踏み入れた瞬間、いつもの日常から遠く離れた世界へと誘われていることを、ひしひしと実感した。

そして…… 思わず息が止まった。

大きな鏡の前で(私には背を向ける形になって)ひとり静かに立っていたドレス姿の女性。

間違いなく幸代だった。

ただ 私の知っている“カアサン”ではなく、その姿は 今まで一度も見たことのない “新婦 幸代”がそこにいたのだ。

大きな鏡に映った彼女の姿は、私の目を離さなかった。

幸代が身にまとっていたのは、驚くほど純白のウェディングドレス。
ただ白いだけではない。その白さは、曇りのない硝子のように硬質で、光を吸い込んでは、ほんのわずかに跳ね返していた。
触れたら冷たそうで、でも同時に 柔らかく包み込まれそうな矛盾を孕んだ生地だった。

ドレスはAライン。
胸元から腰にかけてはしっとりとタイトに体に沿い、そこから一気にスカートが広がっていた。
ただの“可憐”ではない。 堂々としたボリュームがあり、まるで彼女自身が空間の中心を担うべき存在であるかのようだった。

トレーンは特に目を奪われた。
分厚く、贅沢なまでの生地がレイヤー構造になって、いくつものシフォンと光沢のあるサテンが幾重にも折り重なり、波のように床を流れていた。
静かな控室の照明に照らされて、幾重にも折り重なる白が、真珠色や薄い青みすら帯びていた。

少しでも動けば、その光が表情を変え、ドレスの陰影を際立たせる。
あまりにも眩くて、一瞬、こちらの視線の方が罪深いような気さえした。

胸元には ただの装飾ではない、精緻な手作業のように思えるほどの繊細なレースの刺繍。
ゴールドとシルバーの糸がところどころに縫い込まれ、光を受けるたびにほんのりときらめいていた。
レースの柄は抽象的で、それがかえって、見つめる者に想像の余地を与えた。
そのレースの中には、シルバーの刺繍がほんのわずかに織り込まれていて、まるで吐息ひとつで散ってしまいそうな儚さと凛とした冷たさが同居していた。

“清楚”というより “品格”という言葉こそ ふさわしい。
露出はほとんどないのに、逆にその“覆い隠し方”が、私の視線を引きつけて離さなかった。

肘上までぴったりと張りついた白のロンググローブは、絹のように滑らかなシルクサテンが指先まで続き、その繊細な生地が手の動きに合わせて肘部分にしなやかにしわを寄せ、淡い光沢を放っていた。
まるで皮膚の上にもう一枚、艶を纏っているみたいで、彼女の腕がこれほど長くしなやかだったかと、あらためて見惚れてしまった。
布の下にある“肉”の存在を、逆説的に意識させる。 だからこそ グローブに包まれた腕のラインのほうが、妙に生々しく魅惑的だった。

官能とは こういう静けさのなかに潜むものなのか、と私は思い知らされた。

首元には、煌びやかで厚みのあるシルバーのネックレス。
花のつぼみを模したかのような大ぶりで立体的な装飾が、鎖骨のラインに並び、中心には透明な宝石のような輝きがあった。
さらにデコルテとドレス胸元までの素肌には煌めくラメが塗られチクチクとした華やかさを添えていた。
だが、不思議と幸代の顔や表情を邪魔することなく、むしろ彼女の“凛とした存在感”を後押ししていた。

ゴージャスすぎるはずのそれらが、なぜか彼女には自然だったのだ。
“着せられている”のではない “選んで纏っている” そう感じさせるだけの強さと覚悟が、ドレスと共鳴していた。

両耳に揺れるのは、ボリューミィで存在感のあるシルバーのシャンデリアイヤリング。
小花のモチーフにスワロフスキーが煌めき、幸代の横顔まわりを華やかに彩っていた。
その繊細な動きすらも 整然とした美しさを放っていた。

髪は 両耳に垂らされた一部を除き うなじの少し上で上品にまとめられ、毛流れひとつひとつが計算されたように整えられていた。
そこに乗ったティアラは、少女の憧れではなく、大人の女が最後に許された冠のようだった。
自己主張は控えめだが、光を捕らえる角度が絶妙で、幸代の顔立ちを引き締めていた。

私はそんな“新婦 幸代”の姿を見て、まるで別の人間を見ているような思いに襲われた。

人懐こい笑顔が似合い 平凡で可愛らしい ごく普通の50代の主婦の面影はそこにはなく、凛と清楚で華やかで まるで純白の女王のような 妖艶で圧倒的な美しさがあった。

彼女は、まさにこの部屋の空気を支配する 揺るぎなき中心そのものだった。

だが……
私が最も驚いたのは、幸代の“顔”だった。


[21] Re: ウェディングドレスの妻  初級 :2025/11/14 (金) 18:46 ID:13.mI7yU No.32442
佐山さん、はじめまして、この話に引き込まれています。また続きを楽しみにしています。

[22] Re: ウェディングドレスの妻  けんけん :2025/11/15 (土) 05:53 ID:pSMNFMoE No.32443
更新ありがとうございます。読むだけで、衣装が想像できます。引き込まれてしまいます。
その衣装に隠された下着、また、奥様の表情かどうなってるのか気になります。続きお待ちしてます。

[23] Re: ウェディングドレスの妻  きーくん :2025/11/19 (水) 09:05 ID:BDjf3L8A No.32449
佐山さん

《新婦御控室》にいた彼女は、いつも見慣れていた妻ではなく、
妖艶な美しさを放った『新婦』の彼女だったのですね。
想像するに、その魅力に引き込まれてしまい、
目眩すらしそうな気さえしてしまいます。

新婦の妻の顔はどうだったのでしょうね。
続きを期待します。


[24] Re: ウェディングドレスの妻  アントラー :2025/11/19 (水) 09:12 ID:gU8knUwU No.32450
佐山さんからしたら、単なるb社内イベントでの出来事だと思っていたのが
とんでもない方向に奥様が行くのでないかという不安を呼び起こす
変貌ぶりだったのでしょうか?これからのこの催しの顛末と
奥様のその後が気になります。


[25] Re: ウェディングドレスの妻  ボルボ男爵 :2025/11/19 (水) 18:31 ID:k7Bt5QKw No.32451
佐山様

あまりコメントを入れると急かすようで申し訳ないなと思ってはいるのですが
やはり次が気になって仕方ありません。
奥様は奥様であってしかし別人のような妖艶な美を纏っているのかな、
などと自分の妻に置き換えるのですが現実の妻はそれとは程遠く、ソファに寝そべってスマホ三昧。


[26] Re: ウェディングドレスの妻  佐山 :2025/11/19 (水) 21:35 ID:E7njNJj2 No.32452
初級さま、けんけんさま、きーくん様,アントラー様、ボルボ男爵さま  コメントをありがとうございました!



それは、ただの化粧ではなかった。
日常の延長にある“おしゃれ”ではなく “演じるための顔”。
皮膚の上に別人の人格を重ねた、もう一つの仮面のようだった。

ブライダルメイク……

ファンデーションは肌のトーンを一段階明るくしながらも、厚塗り感はなく、艶やかな質感が光を静かに跳ね返していた。 まるで陶器のように滑らかで、もとの肌の温かさがわずかに透けていた。

頬には、淡くローズを帯びたチークが、内側からにじんだ熱のようで、メイクであることを忘れさせた。

細く鋭いアイラインが、目尻にかけてわずかに跳ね上がり、彼女のまなざしにほんの少し“攻め”の意志を宿していた。
アイシャドウはブラウンからベージュのグラデーション。
光の加減によってはゴールドすら浮かぶような、絶妙な濃淡の層がまぶたを深く見せていた。
まつげは長く、一本一本が丁寧にセパレートされていて、瞬きのたびに、それが羽ばたくように見えた。

何よりも印象に残ったのは、唇だった。
深紅というよりも、毒を秘めた果実のような艶やかで光沢のある危険な赤。
ワインのように熟した、決して軽くはない、甘さと重さと濃さを併せ持った赤。
それは、口元の微笑を曖昧にし、感情を奥に隠すような色だった。
厚すぎず、尖りすぎず、でもただならぬ緊張を帯びた口元は、まるで“迷いを塗りつぶす”ための紅で、それは官能的でもあり さらに怖さすら感じるくらいの圧があった。

(こんな色、幸代が選ぶだろうか?) 

ふと、そんな疑問が私の胸をよぎった。
彼女の顔は、たしかに美しかった。 
だが “私の知る、30年連れ添った妻の顔”ではなかった。
ガーデニングを好み 控えめで地味でありながら、どこか ほのぼのとして笑顔の似合う可愛い妻、幸代。
そんな彼女が、今はあまりにも完璧で、あまりにも作りこまれた“他人の顔”になっていたのだから。
見てはいけないものを見てしまったような、本能的な拒絶反応すら、私の中に芽生えていた。

幸代は鏡に映る “花嫁” に向かって、ほんのわずかに眉をひそめ、首をかすかに傾げた。
完成された“他人の顔”を前にして、どこか居心地の悪さを感じているような表情を浮かべていた。

そして幸代の真っ赤な唇が静かに動いた。

「……なんか 違う……」

声には なっていなかった。 けれど、はっきりとその言葉が唇から読めた。
彼女自身、自分の変貌をまだ受け入れきれていないように見えた。

私はその背中を、ただ静かに まるで時間ごと凍ったように見つめ続けた。

幸代はそっとブーケが並ぶ棚の前に移動した。
色とりどりの花の中から、何かを選ぼうとして、でも決めきれない様子。
彼女の指先は、どこかためらっていた……
一輪を手に取っては 戻し、また別の花に目を向ける。
その仕草は、もっと遠くの別の何かへ 問いかけをしているかのようだった。

「これは本当に私の花?」「本当に……?」

そんな彼女の心の声が、指の動きの裏から聞こえてくるようだった。

部屋には、スタッフの気配も物音もなく、今この瞬間、控室にいるのは私と幸代、二人きり。
静まり返った空間の中、かすかな衣擦れの音や、ドレスが床をかすめる微かな音さえも、やけに大きく鮮明に響いた。

私は思わず幸代に声をかけようとしたが、言葉が出なかった。

なぜならそこにいたのは、「美しすぎる他人」だったから。
今、幸代は完全に私の届かない場所にいた。

私は立ち尽くすしかなかった。
息を潜め、まるで時間の外にいるかのように。

(見てはいけないものを見てしまった、見ない方が良かったかもしれない……)

そんな気持ちになった私は、まだ幸代に気づかれていないのを幸いに、ゆっくり後ずさりしながら扉に 後ろ向きのまま手を掛けた。

コンッ カタッ…… 何かが接触した音。

(しまった!) 

小さな音だった。
けれど、あまりにも静まり返った室内には、はっきりと響いてしまった。



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