信之の憂鬱

[18] Re: 信之の憂鬱  :2019/07/09 (火) 23:18 ID:7NgN/.W. No.27180
9 壁

お姫様抱っこで部屋まで連れて行き、ベッドに降ろしても紗織は首にかけていた腕を離さなかった。
「どうした?」
「終わるまで、質問は厳禁です」
「終わる、って・・・?」
「質問は、ナシ」
(これは、小悪魔の笑み・・・)
可愛い娘が俺に向かって笑いかけてくれているのに、俺はその笑顔の向こうに何か別の感情を感じていた。
強い口調ではないのに、紗織に勝てる気が全くしない。
納得はできなかったが、紗織が手を離してくれないのでとりあえず頷くしかなかった。ジャグジーで話題になった『悩み相談』をしたかったんだけど。
俺が納得してようやく紗織が腕を離してくれたので、俺は大部屋に飲み物を取りに行こうと思った。
「あん、行っちゃダメですよぉ」
「アルコール無しの飲み物、取って来るよ」
「ダメです。伸之さん、そのまま帰って来ないつもりでしょう」
「すぐ戻るって」
「ダーメ。それに、・・・ようやく二人っきりになれたのに・・・」
「あ・・・」
そうだ。昨晩は疲れてそのまま何もなく寝てしまった二人にとって、初めての二人だけの夜なんだ。
「二人でゆっくり飲みたいとか・・・、思いませんか?」
ベッドに横たわっていた紗織が身を起こしながら言う。俺は誰かに背中を叩かれた気分だった。紗織と二人でいる時も芝居を続けなきゃいけないのに。
(俺はこの娘と付き合うかどうか、という段階って設定なんだよな・・・)
「スパークリングワイン用意してあるんですけど、・・・一緒に飲みたいなー」
「ああ・・・」
「ちょっと待っていて下さいね」
紗織が洗面所から戻って来ると、手には氷水が入ったワインクーラーがあった。
「あっちに行きましょうか?」
窓辺のテーブルにクーラーを乗せて、向かい合わせに座る。冷蔵庫からは生ハムと白桃、チーズの盛り合わせが出てきた。
俺は確かにワインは好きだが、ビールも焼酎も好きだ。つまみはこんなオシャレなものじゃ無くても、するめでも冷奴でもイワシの缶詰でもピーナッツでも何でも良かったんだけど。
スパークリングワインのコルクを紗織はほとんど音を立てずに抜いて、俺のグラスに泡立つ液体を注ぐ。
(へえ、ずいぶん慣れた手つきだな・・・)
「かんぱーい!」

それからしばらくは他愛も無い話をしていた。設定としては、俺はこの娘と積極的に仲良くなろうとしなければいけない。というか、一線を越えなければいけないのだろう。でも、さすがにそれは・・・。出張先の飲み屋で出会った、名前も知らない相手ならともかく・・・。
ボトルが半分ぐらい空になった時、紗織が聞いてきた。
「信之さんは、私のこと嫌いですか?」
「嫌いだったら、こうしていないよ」
「そうかなぁ・・・」
紗織は不満げな表情だった。
ああ、そうだ。可愛い娘がこんな状態で待っていたら、普通なら一秒も考える必要は無い。でも、この娘は行きずりの相手じゃ無い。俺は結婚しているし、妻もこの娘の婚約者もすぐ近くにいる。しかも、二人とも俺達がこんな状態になっていることを知っている。内緒には出来ないんだ。分別のある大人なら、迂闊なことはするべきじゃない。特に、俺は紗織が未婚であることを気にしていた。相手が人妻でも、やってはいけないことに変わりはないが、結婚前の娘と寝てしまうのは、さすがにまずいと思う。迷っている間にも、ボトルはどんどん減って行く。
「ある意味、安心したというか、がっかりしたというか・・・」
(なるほどねぇ・・・)
「正直なところ、伸之さんがこんなに堅いとは思いませんでした」
「そりゃ、どうも」
「佑子さんじゃないと駄目だったんですかねぇ」
「さおりん、それは違うよ。まあ、佑子様だったら好きなだけ胸は触らせてもらうとは思うけど、その先は・・・」
「由美さんのことはどうなんです? 小池さんは、本当の変態さんですよ」
「それは感じた」
「ヒントも出してましたけどね。小池さんは、由美さんに・・・」
そうだ。奴は由美に・・・何かをするはずだ。そういえば、由美が外に行こうとしなかったのは、ひょっとして何か『電池で動く系』のヤツを仕込まれていたのか?
俺が紗織に何もしなくても、隆弘は由美と、ただのセックスじゃない、変態的なプレイをするとしたら・・・。
それでも、俺は紗織に何もしないのか?

「由美さんなら、縄も良く似合うでしょうねえ」
「な、縄かぁ」
「みなさんのいるところで始めてしまうかも・・・」
「まさか、・・・そこまでは無いだろ」
「気付いてたんですよね?」
「・・・腕は縛られてたんだろ。あと、下着も・・・」
「はい、おそらく・・・。でも、嫌がらずに従っています。伸之さんが気付いたっていうことは、他の皆さんも何人かは気付いているはずです。由美さんってMですか?」
「絶対に違うよ。あいつの性格はどSだ」
「・・・相手によって、MとかSは変わるんですよ。私だって、普段はどMです。前に付き合っていた人と、いろんなところで、いろんな人と、いろんなことを・・・」
「え・・・」
「あ、今のは忘れて下さい。言っちゃいけないところまで言っちゃいました」
隆弘の性癖は秘密ということなのだろうか。あ、隆弘は元彼じゃ無いんだっけ。
「これ以上の謎解きは明日の晩までお預けです。そして、夜のことは絶対に秘密です。お墓まで持って行って下さいね。何かがあったのか、何も無かったのか・・・」
「・・・わかった」
あそこまでしておいて、変態隆弘が由美とセックスをしないという可能性も残されていたが、俺は紗織とする。紗織が望んでいるのだから。何故かはわからないが。婚約者もいる可愛い娘が、既婚者の俺とセックスをしたがる理由がさっぱり理解できない。それに、他のカップルもそうだ。俺達は人並みにエロ話もできる間柄だけど、スワップなんてするようには思えない。
いや、俺だけが知らないだけで、やっぱり他の奴等は以前から・・・?
(くじ引きの結果では、佑子や綾乃、秀美が俺の相手だった可能性もあった。綾乃や秀美だったら、どうだったのか。佑子は・・・。)

ふと気付くと、紗織が俺の顔をじっと見ていた。考え事をしていて紗織のことを忘れていたらしい。
「あの、ごめんなさい。ずいぶん悩ませてしまいましたね。伸之さんがこんなに真剣に悩まれてしまうなんて、予想外でした」
「俺ってどんな風に思われてんの?」
「もう、質問はナシって言ったじゃないですか」
「まだダメなのか」
「だって、伸之さん、どMですもの。簡単には教えてあげません」
「Mじゃないよ」
とは言ってみたものの、紗織は相手にしていない表情だ。
紗織は俺のグラスが空になると、すかさずお代りを注いでくれる。
可愛い女の子と二人きり。その娘を俺は口説き落とさなければいけないのだが、その段階は既に過ぎている。俺が口説いていないのに、紗織はもう俺に落ちている。
「一本、空けちゃいましたねぇ」
紗織が手にしたボトルからは、逆さにしても何も落ちて来ない。
「足りないですか? やっぱり、凄くお酒強いんですね」
「もう、充分。さおりんだって、強いじゃない」
「そんなことないです。頭の中、ぐーるぐるですよ」
立ち上がった紗織が俺の側に回って来た。と思ったら、足がもつれて倒れそうになった。俺はとっさに手を差し伸べた、・・・つもりだったが、紗織を掴み損ねたばかりでなく、わざとでは無いが紗織を突き飛ばす形になってしまった。
「さおりん!」
慌てて抱き起こそうと立ち上がった俺も、酔っ払っていて足がもつれて倒れた。俺の目の前には怯えた紗織がいる。このままの勢いで倒れたら紗織を押しつぶしてしまう。・・・かろうじて手を出す程度の反射神経は残っていた。
「ごめん。大丈夫か?」
「やっと押し倒してくれた。はーとま―く」
「それは声に出さない。あ、そうじゃなくて、これは事故・・・]
「ん・・・」

紗織が頬に両手で触れ、そっとキスをしてきた。
拒むことはできなかった。
『キスまでならセーフ』って思ったのも事実だけど。

(ああ、この娘、キスも抜群に上手だ・・・)
特に激しいキスではない。優しく、蕩けるような・・・そんな感じだ。でも、紗織にキスをされて、俺は幸せだった。気持ち良いというか、嬉しいというか、・・・表現しづらいが、いつまででも紗織にキスしていて欲しいと思った。キスでこんな気持ちになるのは、初めてかもしれない。興奮するとかではなく、キスしていることが気持ち良かった。
長いキスから唇を離し、まだ頬を触りながら紗織が言った。俺はぼーっとしていて、紗織が見つめていたのにも気付かなかった。
「もっと早くキスまで持ち込めたら、伸之さんも悩まなくても済んだかもしれないのに、ごめんなさい」
「す、凄い自信だね」
俺はとても間の抜けた声を出してしまった。
「あら、その表情。元妻に見せてあげたいですね」
「うん、悔しいけど、・・・参った。キスだけなら、今までの人生で最高」
「うれしい。もっといじめてあげますね」
「だから、Mじゃ・・・」
再び唇を塞がれながら、俺の浴衣が肩脱ぎにされる。紗織の手を掴んでキスをやめてもらってから、俺は言った。
「あっち、行こうか」
「はい・・・」

ベッドの上では、俺が押し倒される番だった。紗織が俺の浴衣の襟元から中に手を入れる。そーっと鎖骨の辺りを触る。
「あ・・・」
自分の手なら平気なのに、俺は女の指で鎖骨の辺りを軽く触られるのが何故か弱い。その弱点を知っているのは由美だけのはずだ。
(こんなことまで話しているのか。)
「うふ、かわいい。女の子みたい」
巨人とか言っていたくせに。
俺は腕を頭の上で押さえつけられた。
「動かないでくださいね」
そして、紗織は俺の胸の上に馬乗りになり、俺の浴衣の帯を抜いた。
手首を帯で拘束されている間、俺は抵抗をしなかった。普段はどMだという紗織がSになって責めるというプレイに興味を抑えられなかった。どんなことをされるのか・・・
「こーんなに逞しい巨人が、どMなんて」
紗織は何だかすごく楽しそうだった。
俺は頭上で手首を帯で拘束され、はだけた浴衣を身体の下に敷いて仰向けに寝ていた。あとはトランクスだけだ。
「何て無防備なんでしょう。もう、責め放題ですねぇ」
俺は脱がされていたが、裸に抵抗が無さそうな紗織は、まだきっちりと浴衣姿のままだった。

ふと思いついたように紗織は俺の胸から降りると、スマホを向けた。
「ちょ、おい!」
「動いたらだめです。切り札は達也さんが握ってるんですよね」
「それ、ずるいよ・・・」
「エロマンガとか小説で良くあるじゃないですか。レイプされて写真で脅されて、って。ご気分は如何ですか?」
「良いわけ無いよ」
「私の言うことを聞いてくれるなら、絶対に誰にも見せませんから」
「・・・どうすれば良い?」
「別に、逆らわなければ、ひどいことはしません。痛いのは私も苦手なので」
紗織が俺の横に寝て、自分達にカメラを向ける。
「はい、良い顔して下さい」
みごとな『記念写真』だ。手を拘束され引きつった笑顔の被害者と、着衣のまま笑顔の加害者。その性別さえ逆なら、良くあるシチュエーションにも思える。
「もう、何て顔してるんですか。心配しなくても、ちゃんと気持ち良くしてあげますって」
「さおりんも・・・」
「私は、いいです。今日は伸之さんをいじられれば満足です」
「何か、やだなぁ」
突然、再び唇を塞がれた。紗織は俺の言葉なんて聞く気は無いんだろう。
(ああ・・・気が遠くなる・・・)
乳首を爪でかりかりと弄っている。俺はそこは特に感じる場所ではない。俺が無反応なのに、紗織はいつまでもキスをしながら乳首を弄っていた。
それよりも、俺は紗織に反撃したくてうずうずしていた。だが、腕は拘束されてしまっている。
もどかしい。触りたい。舐めたい。かじりたい。かき回したい・・・。
「何だか、もじもじしてますけど、どうしたんですか?」
(エロマンガなら、『感じてない』とか『いじわる・・・』とか言う場面だろうな)
それに、乳首なんか感じる場所じゃ無いのに、変な気分になりかけていた。
「俺もさおりんに、したいよ」
「必要ありません。伸之さんは、黙って私のいいなりになってくだされば良いんです」
どМのサディスト。優しく、俺をいじめる紗織。
キス以外のことはされていない。まだトランクスは脱がされていないし、そこに触れてもいない。これから、どれ程の時間をかけて責められるのだろう。俺は、セックスで味わったことの無い、初めての恐怖を感じ始めていた。一方的に感じさせられる恐怖。そして、いつまでもいかされないで生殺しにされる恐怖・・・。
紗織は気付いたらしい。いや、初めからそのつもりで・・・?
「うーん・・・これから気持ちよくなる人の表情じゃないみたい」
何も言えない。無邪気な笑顔が、逆に怖い。
嵌められた。紗織は自分が良くなることは要らないと言う。俺はこの娘に一方的に嬲られる運命なのか。