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色は思案の外

[1] スレッドオーナー: 最後のティッシュ :2017/08/20 (日) 00:29 ID:ZVkL5PqE No.24890

入籍して一年と二ヶ月、もう少しで一緒に暮らし始めて一年が経とうとしているが未だに「凛子さん」と「さん」付けで呼んでいる
これは仕方がない、元々は上司と部下の関係だったのだから
付き合い始めの頃は「凛子」と心の中で何度もシミュレーションしたものの
切っ掛けを逃し続けて今に至る
何事も最初が肝心とはよく言ったもので、もう切っ掛けが無い

僕は野上 宗太(のがみ そうた)30歳
嫁さんは凛子(りんこ)さん33歳、三つ年上で元上司だ


出会いは新人研修が終わり比較的ブラックな部署に配属された時だった
嫌でも目につく長身の女性は身長が僕と同じで175cmだけど、姿勢の良い彼女は僕よりも背が高いように感じる事もある
整った顔立ちだが笑顔は無く、黙々と仕事に打ち込む姿からは親しみやすさというのは感じなかった
彼女の名前は 吉田 凛子
この時はまだ頼りになる先輩といった感じだったかな
入社してから三年経ち出会った頃の凛子さんと同じ歳になったが、僕は未だに一癖二癖ある顧客に振り回される毎日
一方、凛子さんはというと、この三年の間に頭角を現して「吉田隊長」と陰口をたたかれる程になり
出会った頃の感情が乏しいという印象から、声を荒げているという印象に変わっていた
机に向かい口を噤んでいる時でも、時折眉間にしわを寄せ何所か近寄り難い雰囲気をかもし出している
凛子さんの目が届かないところでは「立てば仁王、座れば閻魔」などと揶揄される事もあるほどだ
自分に厳しく仕事では妥協しない、その仕事に対する厳格な姿勢を他の人にも求める事もあり同じ部署の中には凛子さんを疎む人が多くいた
僕もその中の一人だったわけだが・・・

若手の成長を促すために僕を含めた四人でチームが組まれると、当然の如く隊長は吉田先輩となる
吉田先輩改め吉田リーダーとなった凛子さんに叱られる日々の始まりだ
175cmという女性にしては長身の体格に鼓膜を直撃する勇ましい声 威圧感がハンパない
比較的大きなプロジェクトの指揮を執るという事で吉田隊長は四六時中ピリピリしている

 このチーム、僕には向いてないよ 性格が大雑把だからね
 何で選ばれたんだろう? たぶん人選ミスだな・・・

まぁ、結局は先輩方に手助けされながら及第点を得た訳だが、パーフェクトを求めていた吉田リーダーは納得していなかったようだ
凛子さんらしいと言えば、らしい
これで吉田隊は解散、僕は先輩から譲り受けた我が儘な顧客の元へ戻り忙しくも平穏な日々を送ることになったが
このプロジェクトを切っ掛けに吉田先輩は更に飛躍していく


「野上くん」
吉田主任の声が一瞬僕の心臓を止めた
 (何だ・・・ 何か失敗したか?怒られるのか?)
「はい、なんでしょう・・・」
「来月からよろしく頼むわね」
「はい?」
もう二度と召集される事はないと思っていた吉田隊からの召集令状

 なんで僕なんだ・・・

この時、吉田主任は31歳 僕はあの時の「吉田リーダー」と同じ28歳
あの時の彼女はプロジェクトリーダーで、今の僕は小さな店舗なら任される事はあるが主な仕事は顧客のアフターケア
同じ歳になってみると差が見えてしまうんだよね
まぁ、吉田主任には主任の業務もあり今回は大きな物件ではないようだ 僕の立ち位置は吉田主任のお手伝いってところかな
あれから三年経ち主任の怒号にも慣れたし、あれ以上の地獄を見る事はないだろう

 気楽にいけばいいさ

自分なりに鼓舞してみた

「野上くん」
「はい」
「今夜空いてる?」
「今のところ特に予定は」
 (今夜?何だ?)
「御飯ご馳走するわ、予定入れないでね」
「・・・はい、ありがとうございます」
 (はぁ!?何があるんだ?説教されるのか!?勘弁してくれよ、ここ三日ほどは何もやらかしてないだろ・・・)
「今日は何時の予定なの?」
「残業は二時間ぐらいですかね・・・」
「そう、ちょうどいい時間になるわね」
「そうですね」
 (いやいや、今夜は競馬の予習が・・・)

 明日は秋の天皇賞だというのに、何故こんな事態になった・・・

主任に連れられてきた店は中華料理店だ
といっても高級じゃない方でラーメンやチャーハンといった大衆的な方の中華料理店で
テーブルには唐揚げと餃子、それにビールの瓶と二つのコップが置いてある 長くなりそうだ
 (あれ?主任ってお酒は飲めなかったんじゃ?)
忘年会などお酒が出る席での主任は烏龍茶を飲んでいるイメージしかなく
酒は飲めないと自らも公言している、違和感はあったがそんな事気にしている場合じゃない
とりあえず、この場を乗り切らなければならない
先ずは「お疲れ様」の乾杯から、次は何が来るんだ?
しかし、僕の心配を余所に仕事の話を肴にしてビールの瓶が空いていく
 (主任って結構いける口なんだ 酔う気配が全くない 僕も酔えてないけど・・・)
「三年前だったかしら あの時の野上くんは頼りなかったわね」
「はは・・・」
 (とうとう来た、僕もあれから成長してるんだ 軽い説教なら受け流せる)
「最近は楽しそうに仕事してるわね」
「そうですか?」
 (ん?何か違うぞ)
「よく笑ってるじゃない」
「まぁ、笑うしかないって事もありますし」
「ふふっ、そうね」
 (おっ、笑った?)
「主任はどうです?仕事楽しいですか?」
「う〜ん・・・」
 (あれ?楽しくはないのか・・・)
「ああ、そういえば最近噂になってますよ」
「私の事?」
「はい、背の高いイケメンと並んで歩いてたって 彼氏ですか?」
「ええっ?人違いじゃないの?」
「でも、主任と見間違える女性はそうそういないと思いますけど」
「大女で悪かったわね、こう見えても気にしてるのよ」
「あ、いえ そういう意味じゃなくて・・・」
 (別に気にするほどの事じゃないと思うんだけど・・・)
「ふふっ、たぶん弟よ イケメンかどうかは判らないけど」
 (あ、また笑った)
「弟さんいるんですか?」
「ええ」
「じゃぁ、彼氏は?」
「いないわよ、野上くん彼女は?」
「いえ、いないです」
「本当に?」
「はい」
「ふ〜ん」
 (あ・・・ やっぱり何かいつもと雰囲気が違う・・・)
「主任ってモテたんじゃないですか?」
「何で過去形なのよ」
「あ、すいません」
「でも、どうしてそう思ったの?」
「いや・・・ なんとなくですけど・・・」
「野上くんは?モテるんじゃないの?」
「僕ですか? いやぁ・・・」
 (僕の何所を見てモテると思ったんだ・・・)
「じゃぁ、初めて彼女ができたのは?」
「大学に入ってからですけど・・・」
「本当に?」
「はい、嘘言っても何にもなりませんから」
「そうね」
「主任はどうなんです?」
「私?」
「僕の話しの次は主任の番ですよ」
「そうね、私は中学の三年 別々の学校に進学して直ぐに別れちゃったけど」
「へー、その次は?」
「その次は大学に入ってからよ、一つ年上の人と半年ほどだったかな、それで私の恋愛遍歴は終わり」
「え?マジっすか!?」
 (あ、素が出てしまった・・・)
「私、何か変なこと言った?」
「あ、いえ」
「野上くんは?全部話しなさい、私は話したわよ」
「まぁ・・・さっき言った大学の時の一人と働き始めてから・・・二人です」
「そういえば何か噂になった事あったわね」
 (う・・・ あの女と付き合った事はカウントしたくなかった 僕の黒歴史だ・・・)
「ああ・・・、四股の四番目になってたヤツですね、村上とかが面白がって話すから・・・」
「あっはっは、酷い話ね 四番目って表彰台にも上がれないじゃない」
 (そんなに笑わなくても・・・ けっこうトラウマになってるんですけど・・・)

なんかヤバイ
主任が豪快に笑ってる、初めて見た
向い合って顔を見れば主任は整った顔立ちで、絶世の美女ってわけでもないが中々の綺麗系だ
勿体ない事に男の気を惹ける表情は同僚さえ遠ざける程の険しい表情で隠し、会社ではその魅力を表に出していない
初めて見た
目の前の主任の表情は柔らかい、男の気を惹く魅力が目の前で溢れ出し始めている

「あの・・・」
「なあに?」
やっぱり今夜の主任は今までとは違う
仕事中なら「なに?」と短く鋭く返してくるのに「なあに?」と少し伸ばした言葉が丸く優しく感じる
「本当なんですか?働き始めてから彼氏いた事ないって」
「ええ、嘘言って何になるの?」
「口説かれた事も無いんですか?」
「あったかもしれないけど忘れたわ」
「え、忘れたって・・・」
「仕事の事しか頭になかったから 仕事と恋愛を両立する自信が無かったのよ」
「主任なら何でもできそうですけど」
「そうでもないわよ 先ずは仕事ができるようになる、それから恋愛しようって思ってたけど この歳になっちゃった・・・」
「じゃぁ、今から彼氏探しですか?」
「んー・・・ どう思う?」
「どおって?」
「まだ間に合うと思う?」
「はい、ぜんぜん」
「本当に?」
「はい、主任が彼氏募集するなら僕もエントリーしますよ」
「そう・・・ 冗談でも嬉しいわ」
 (ん?)
「もし、僕がエントリーしたらどこまで残れますか?ベスト8ぐらいまで行けますかね?」
「優勝よ」
「ははっ、僕は主任の彼氏になれるってことですか」
「うん」
 (んん!?今「うん」って言った?)

主任と並んで歩くと自然と背筋が伸びる
緊張している訳ではない、姿勢が悪いと隣を歩く長身の女性より頭が低くなってしまうからだ
今までは恐怖のオーラを肌に感じないところまで離れるという自分ルールを貫いてきたが
今は時々お互いの手の甲が触れるほどに接近して歩いている
目から鱗が落ちるとはこの事か
職場の男どもは目を合わせないように努めるが、仕事から離れると容姿端麗ですれ違う男どもの視線を集める
嗚呼、駅に着いてしまった・・・
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「あ、いえ」
 (このまま別れたくない、何か言わないと)
「主任は競馬とか興味ありますか?」
「ないけど、それがどうかしたの?」
「はは・・・ いえ、別に・・・」
 (う〜ん、いつもの主任だ 興味無くてもフリぐらいしてくださいよ、それが女の愛嬌ってもんでしょ・・・)
「もしかして誘ってくれたの?」
「まぁ、そんなところですけど・・・」
「そういう事ならハッキリ言いなさい いいわ、付き合ってあげる」
「ありがとうございます」
 (これでいいのか?本当にいいのか?)


[43] Re: 色は思案の外  でく :2017/10/02 (月) 20:49 ID:L7XBD4vQ No.25075
一気に読ませていただきました。お疲れさまでした。凛子さんに惚れました。次回作、楽しみにしてます。

[44] Re: 色は思案の外  abu :2017/10/04 (水) 10:35 ID:brSXk0Pg No.25081
更新、そして完結ありがとうございました。
短期間での一挙集中完結すばらしすぎますよ。
もう宗太くんの心の声が大好きで思わず笑うことがしばしば。
取り敢えず第1部完でしょうか。
また師匠との掛け合いを楽しみにお待ちします。

ほんと面白かったです。(^_^)v


[45] Re: 色は思案の外  最後のティッシュ :2017/10/06 (金) 06:42 ID:M3yrFNaY No.25092
ふぐり太様、でく様、abu様 レスありがとうございます

書いた自分自身も好きな作品で今は頭の切り替えに苦労しています
少し先になるかもしれませんが、このスレッドに投稿しますので
よければまた感想をお聞かせください


[46] Re: 色は思案の外  たのむよ :2017/10/19 (木) 17:04 ID:4pjgu/5c No.25157
次を期待してます。

[47] Re: 色は思案の外  最後のティッシュ :2017/10/25 (水) 22:09 ID:GRTln.F6 No.25211
競馬はGIの季節に入りましたね
次は天皇賞(秋)、エリザベス・マイル・ジャパン・チャンピオンズと続き年末には有馬記念
そして年が明ければ金杯と馬に思いを馳せる季節です
そんな日々を送っていますが、ようやく次回作に着手しました
というか、短編を挟むつもりで書いていたモノが思うように書けずに破棄しちゃったんで間が空いてしまったんですけどねw
ということですので、もうしばらくお待ちください


[48] Re: 色は思案の外  最後のティッシュ :2017/12/26 (火) 22:49 ID:KaDFHXQ. No.25423
お久しぶりです

随分間が空いてしまいましたが、一応少しずつですが新作を書いていました
とりあえず年内に一度投稿しようと思っていましたので
短めですが投稿します


[49] 色は思案の外  最後のティッシュ :2017/12/26 (火) 22:51 ID:KaDFHXQ. No.25424
大学最後の年末、珍しく雪が降ったクリスマスは友人と過ごした
彼氏という存在を避けるようになったのは高校一年生の夏
お互い好意を持って付き合っていたハズなのに、キスという肉体的な接触が目の前に迫った時
その行為が堪え難いほどに汚らわしく感じ拒んでしまった
恋人の関係になれても男女の関係にはなれないと分かってからは、お付き合いの申し出があっても断っている

 恋愛だけが人生じゃないって割り切ったつもりだけど
 やっぱり、友達から聞かされる恋愛話は耳が痛くなるのよね・・・

両親と年を越すために実家へ向かう足が重い
セックスに対する嫌悪感を私に植え付けた二人と顔を合わせる事になるから・・・


駅に着くと一台の見慣れた車が目に入り、ドアが開いて母さんが降りてきた
34歳の時に私を産み今は56歳のはずなんだけど、その容姿は四十代前半ぐらいに見える
一緒に暮らし、毎日当たり前のように顔を合わせていた時は意識する事はなかったけど
離れて暮らし顔を見るのは年に一度か二度になると、他の五十代の女性とは一線を画している事に気付かされた

『私の美貌に余計な装飾はいらない』

そう言い放っているかのような薄化粧にラフな衣服
厚手の冬服を着ていても分かる、私が子供だった頃から変わらないプロポーション
それを一層輝かせているのは180近い身長
この女帝のようなオーラを纏った女性が私の母で実家の近所の有名人

「一年振りね」
「うん・・・」
「少し前にこの近くに喫茶店ができたの レトロな雰囲気で良いお店よ」
「そう・・・」
「家に帰る前に寄るから付き合って」
「うん」
母さんは居心地の良い空間を見つける事が得意な人
私と弟が小さな頃から雰囲気の良いお店を見つけては連れて行ってくれて
その甲斐あっての事か、大学を卒業した後は建築設計の会社に就職する事が決まっている

母さんが「良い」と言ったお店は、本当に良い雰囲気のお店で心が安らぐ

 私の気持ちが見透かされているみたい・・・

そして目の前にした実家の玄関
この中で父さんが私を待っている
父さんと母さん、別々に顔を合わせるのは大丈夫だけど
二人が揃っているところを見ると、中学二年生の時に覗き見てしまった二人の寝室を思い出してしまう

「ただいま」
「あ、おかえり あれ?背伸びた?」
「伸びてない! 178のままよ」
 (気にしてるのに・・・)
「はは・・・ そうか・・・ でも、そんなに怒る事ないのに・・・」
「その話は、もう止めて」
 (そんな事より気にならないの?)
「そういえば就職先決まったんだって?」
「うん」
 (そうよ、私が父さんと話したいのはその事よ)
父さんは家では仕事の話しなんてしない、勤め先の話しなんて聞いた記憶がない
でも、建築関係の仕事をしている事ぐらい知っている
 (何かアドバイスのような事を・・・)
「卒業旅行とか行くのか?」
「行かない」
「そうか 父さんも単位取ってからは入社するまでフルでバイトしてたからな」
 (そうじゃない!母さんから私が何の会社に入るのか聞いてないの!?)
「それより父さんの仕事の事・・・」
「仕事?家にいる時ぐらい仕事の事は忘れたいな・・・」
「そう・・・」
 (役に立たないわね!娘の話しも聞けないの!?)

「荷物を部屋に置いてきなさい」
「はーい」
「返事は伸ばさない!」
「はい」
母さんに言われてリビングを出た
一年振りの実家は相変わらずで、いつもの父さんと母さん
でも、あの二人には秘密があり その秘密の行為を私は知っている

料理が上手で聡明で、それでいて更に美人の母さん
小学校に上がった時は、クラスの半分の男子の初恋の相手は母さんだったわ
いつも母さんに叱られてばかりで、どこか頼りない所はあるけど優しい父さん
何人か人が集まれば、いつの間にか輪の中心にいる不思議な一面を持っているのよね

他の人から見れば仲の良い普通の夫婦なんだけど・・・


今日は大晦日 リビングでは父さんと日課のヨガを終えた母さんが並んで座り、テレビを観ながら年越しを待っているけど
寝る前のひと時に二人が並んで座る こんな夜は・・・
「もう寝るね」
「あら、寝ちゃうの? 後二時間ほどで年が明けるのよ」
「うん でも、もう寝る」
「そう あ、そうそう 父さんね、少し先の話しだけど役員になるのよ」
 (え?)
「言わないでくれよ・・・ 忘れてたのに・・・」
 (どういうこと?出世する事が嬉しくないの?)
「なに言ってるの、経営側に立つのよ 覚悟を決めてしっかりしなさい」
「はい・・・」
相変わらず父さんは母さんに叱られている
 (こんな父さんでも重役になれる会社って・・・ どんな会社に勤めてるのよ・・・)

本当は「おめでとう」の一言でも言えばよかったかもしれないけど
二人の様子に呆れて言いそびれてしまった
階段を上がり入った部屋は私が高校を卒業するまで使っていた部屋で
母さんが掃除してくれているのか一年振りでも隅々まで綺麗にしてある
私がお風呂に入っている間に暖房を入れてくれたらしく温かい
ベッドに寝転んで見る部屋の風景も懐かしく居心地が良い
弟が隣の部屋を使っていた時は壁越しに物音が聞こえてきていたけど、今は何も聞こえてこない
両親は私達の好きなようにさせてくれて、弟は中学を卒業すると同時に家を出て料理人の道を歩み始めた

静かで心地の良い気分の中で眠気を覚え始めた時、部屋に近付いてくる足音が耳に入ってきた
 (これは母さんの足音・・・)
「入るわよ」
「うん」
私が身体を起こすと、部屋に入ってきた母さんがベッドに腰を下ろす
「この家が嫌い?」
 (母さんらしい真っ直ぐな質問ね・・・)
「別に・・・」
「そう、それならいいけど 近くに住んでいるんだから時々帰ってきなさい」
「うん・・・」
「父さんに何か聞きたい事があったんじゃないの?」
「うん・・・」
「不安なんでしょ?」
「うん・・・ 少しだけ・・・」
「ふふっ 考え過ぎて悪い方に考えてしまうところは私に似ちゃったわね」
「母さんはそんな事ないでしょ」
「あるわよ せっかく頭の良い所は父さんに似たのに、心臓の強い所も似ればよかったわね」
「え・・・ 父さんが頭が良いって・・・」
「ふふっ 本当よ」
「そんなウソ言って誰が得するのよ・・・」
「本当よ、高校は偏差値70台の進学校を出てるのよ」
「そうは見えないんだけど・・・」
「信じられないのなら田舎のおじいちゃんに聞いてみなさい」
「じゃぁ、大学も?」
「ううん、自分の名前が書ければ入れるような大学よ」
「え・・・ 意味分からないんだけど・・・」
「ちょっとした反抗だったらしいわよ 中学を卒業したら大工になるつもりでいたらしいけど、おじいちゃんに反対されたって言ってたわ」
「そうなんだ・・・」
 (全然頭良くないじゃない!頭悪過ぎでしょ!)
「だからよ、あなた達の進路の事には何も口出さなかったのは やりたいようにやってきたでしょ?」
「うん・・・」
「聞きたい事があるなら何でも聞きいてみなさい 何でも答えてくれると思うわ」
「うん」
 (競馬の事なら何でも答えてくれそうだけど・・・)
初めて聞いた父さんが父さんになる前の話し
母さんの事なら、高校の時はバスケ部の主将でインターハイの準決勝まで行ったという事ぐらいは聞いた事あるけど
父さんも学生だった事があるのよね 想像できないけど・・・

中学の二年の頃から両親とは向い合って話をしなくなった事もあり、目に映る二人しか見ていなかった
どんな恋愛をして結ばれたのかなんて、そんな話は一度もしてくれた事が無い
母さんが部屋から出て行って一時間ほど経った頃、私の心臓は少し鼓動を速める
思い出しているのは二人並んで寛ぐ両親の様子で、今頃あの二人は・・・
そっとドアを開けて耳を澄ませてみても階段の下からは何も聞こえてこない
息を殺して階段を一段一段確かめるように降り、二段ほど残して足を止めて耳を澄ませてみる

中学の二年生だったあの夜、私は喉の渇きを覚え部屋を出た
一階の廊下を目前にして私の足を止めさせたのは、耳に入ってきた聞きなれない声で
その声は両親の寝室から聞こえてくる
恐る恐る足を進め寝室の前に立った時、ハッキリと聞こえたのは母さんが許しを請う声
その声を拒否するかのように父さんが叱咤している
理解できなかった どちらも私が知る父さんと母さんの声じゃない
見たくない気持ちはあったけど、二人の事を心配する気持ちが勝り
そっとドアを開けた私の目に飛び込んできたのは狂気の世界だった
手足の自由を奪われた母さんは許しを請い
そんな母さんを責め立てる父さん
そして二人は裸のあられもない姿で、ドアを開けてしまった私には気付かない程に陶酔していた


男女の関係から私を遠ざけるきっかけとなった中学二年の初夏
あの日から私は何度も両親の寝室を覗き見て
そして、今夜も・・・

リビングには明かりは無い
息を殺して寝室の前に立ち、耳を澄ませてどんなに小さな音でも拾い聞こうと努めてみると
ドアの向こうから母さんの声が聞こえてきた
 (もう始まってるの?)
「どういうことですか?私はこんなつもりで来たわけじゃありません」
 (え?なに?どういうこと?)
「僕はそのつもりだったよ、野上主任」
 (う〜ん・・・ 父さん、母さんと何の話をしてるの?「野上主任」って何の事?)
「帰ります」
「待ちなさい!」
「あッ!手を放してください!取締役!」
 (取締役??)
「放さないよ 今夜、君は僕のモノになるんだ」
「いい加減にしてください」
「よく考えたまえ、僕が持つ権力で君を本社から追い出す事もできるんだぞ」
「あなたに弄ばれるぐらいなら、こんな会社・・・」
「君は僕の事を甘く見ているようだね 僕が一声かければ、この業界に君の再就職先は無くなるんだぞ」
「そんな・・・」
 (え・・・ これって・・・)
「安心しろ、夜が明けるころには君は僕のチンポの虜になっている」
「そんな事にはなりません!」
「どうかな その答えは数時間後には出ているだろう」
「あっ!いやっ!」
「野上主任!諦めて僕の女になるんだ!」
「取締役!やめてください!嫌です!」
 (なんなの・・・ この寸劇は・・・)

 こんなパターンもあったなんて・・・
 いい歳して恥かしくないの!? バカ過ぎるわ! マックスバカ夫婦よ!
 それと 父さん! 家にいる時は仕事の事は忘れたいって私に言ったわよね!
 これはどういうことなの!!


覗き見る気も失せて部屋に戻った私は、何とも言えない腹立たしさで中々眠りに付けなかった


[50] 色は思案の外  最後のティッシュ :2017/12/26 (火) 22:51 ID:KaDFHXQ. No.25425
少々寝不足の朝、年が明けた事を思い出したのは正月番組を映し出すテレビに目を向けた時
 (変なことに聞き耳を立てたせいで大事な事を忘れてた・・・ 最低の年越しだったわ・・・)
そんな朝でも両親は何もなかったかのように振る舞っている

 (もしかして、今朝の母さんは少し機嫌が良い?)

「凛華、何のんびりしてるの 初詣に行くわよ、仕度しなさい」
「はーい・・・」
「返事は伸ばさない!」
「はい」
 (もぉ・・・ 何か言ってやりたいけど言えない 昨日のアレは何だったのよ・・・)

寒空の下、神社に近い交差点で5分ほど待っていると聞き覚えのある声が聞こえてきた
「おう、待ったか?」
 (相変わらずね・・・ 「あけまして」より先に「おう」なんて・・・)
「待たせないでくださいよ、寒いんですから」
 (父さんも普通に答えてるし・・・)
でも母さんは、この二人には流されない
「明けましておめでとうございます」
「おう、おめでとう」
私が物心ついたころから時々家に遊びに来ていた「競馬のオジサン」
乱暴な言葉に雑な性格、たぶん歳は70近いと思うんだけど
 (この性格は死ぬまで変わらないんでしょうね・・・)
その隣で佇む女性はオジサンの奥さんで「ノリちゃん」と呼ばれている可愛いおばあちゃん
いつもニコニコしていて時々競馬のオジサンをたしなめる
 (何故この可愛らしい女性が競馬のオジサンと一緒になったの?理解できないわ・・・)
「凛華ちゃんは相変わらずデカイな」
 (無神経!)
「オジサン!私の事はどうでもいいでしょ」
「まだデカイ事を気にしてるのか?」
「もぉ・・・ ほっといてよ・・・」
 (デカイって言わないでよ・・・)
「はっはっは、デカイ事を気にするところまで母親似か 気にするほどの事じゃねぇだろ まだ子供だな」
 (この男は・・・)
「師匠、その辺で止めた方が・・・」
 (いつまで師弟ごっこしてるのよ! 子供みたいで恥ずかしいでしょ)
「なんだよ、せっかく美人に生まれたんだから自信持てって言ってるだけだろ」
「言いたい事は分かりますが、凛華の機嫌が悪くなってきてるし・・・」
「おう・・・ そうだな・・・」
「それに、背後からの威圧のオーラがハンパないです・・・ 僕の後ろで何が起こってるんですか・・・」
「何って・・・ お前の嫁が怖い顔になってきてるぞ・・・」
 (いい気味だわ 母さんの事が苦手なところも相変わらずね)
「凛華は怒った時の顔まで母親似でしょ、仁王門の前に立たされてる気分ですよ 僕の身になって言葉に気を付けてください」
 (なにが仁王門よ!)
「まぁ・・・ 怒りの持続なんて、せいぜい30分だ」
「そうなんですけどね・・・ でも、二人揃って機嫌が悪くなると2倍の威力なんですよ・・・」
「お前も大変だな」
 (なにが「大変」よ 機嫌が悪くなる母さんの気持ち、良く分かるわ 二人揃うとバカが一層バカになるのよね)

「そういえば、お前」
「なんです?」
「役員になるんだってな」
「え?なんで知ってるんですか?」
「清志に聞いたんだよ」
 (キヨシ?誰の事なの?)
「ああ、社長に聞いたんですか」
「おう、飲みに行った時にな」
 (え?競馬のオジサンと父さんの会社の社長さんって、どういう関係なの?)
「次に会ったら考え直すように言ってくださいよ 僕は部長のままでいいんですから」
「俺が口出す事じゃねぇよ」
「社長とは友達でしょ」
 (へー 友達なんだ)
「会社の事は俺とは関係無ぇだろ」
「去年まで相談役やってたでしょ」
 (え・・・)
「やらされてたんだ、専務を辞めたら悠々自適に暮らすつもりだったのによ お前は何でそんなに嫌がるんだ?出世するんだぞ」
 (うそっ 競馬のオジサンって父さんの会社の役員だったの!?競馬友達じゃなかったの!?)
「師匠も専務になった時はスネてたじゃないですか」
「まあ、そうだったかな・・・」
「それと同じですよ」
 (なんなの、この人たちは・・・ 嫌だとかスネるとか・・・ あなた達は大人でしょ! こんな二人でも重役になれる会社って一体・・・)
「でもな、清志も息子に会社を譲る準備をしてるみたいだからな」
「その事と僕とは関係ないでしょ・・・」
「関係あるだろ 四代目の面倒見てきたのはお前だ、地盤固めみたいなもんだよ」
「僕みたいな緩い地盤じゃ会社が傾きますよ」
「自分で言うなよ・・・」
 (ほんと 自分で言わないでよ・・・)

年明け早々不安にさせられた二人の会話
もし、父さんの会社が潰れたら実家の収入は母さんのパート頼りになる
弟は料理の修行中で私は未だ社会人にもなっていない

 私達じゃ実家の助けにはなれないわ・・・
 考え過ぎるところが私の悪いところって母さんに言われたけど・・・
 やっぱり心配

 (でも、なんで母さんはそんなに笑ってられるの?二人の会話を聞いて不安にならないの?)
父さんと競馬のオジサンの会話を聞いて不安を覚えた私だけど、母さんは違ってた
真っ直ぐに立った美しい姿勢に揺らぎは無く、隣のノリちゃんと男二人の会話に耳を傾けながら笑顔を見せている
その姿は大樹の様に頼りがいがあり、私が子供の頃に憧れた大人の女性

 その母さんが夜になると・・・

「昨日、イッパイしたでしょ」
「うん・・・ でも、今日もしたい気分なんだけど・・・」

見たくないのに覗き見たくなる不思議な感覚に誘われ
夜の廊下、冷たい空気の中で今日も聞き耳を立ててしまっている
私が自分の部屋に上がる前、父さんと母さんはリビングで向い合って座っていたけど
父さんは断る母さんを何度も隣に誘っていた
「今日は大人しく寝なさい」
「うん・・・ でも・・・」
「早く布団に入って目を瞑って」
「うん・・・」
 (子供じゃないんだから・・・)

「凛子さん、寝た?」
「もぉ・・・ 話しかけないでよ・・・ 目が覚めちゃったじゃない」
「ごめん・・・ そっちに行ってもいい?」
「だめ 目と口を閉じで大人しくしてなさい 直ぐに眠れるから」
「行くよ」
「だめって言ったでしょ!」
 (こういう時の父さんは強引になるのよね・・・)
「お邪魔します」
「もぉ・・・ 添い寝するだけよ」
「うん」
 (どうなの?今夜はどうなるの?)
「ちょ・・・ ちょっと・・・ 宗太くん・・・」
「ん?どうかした?」
「してるでしょ! 昨日はあんなに頑張ったのに疲れてないの?」
「うん、凛子さんを見てると元気になれるから」
「もぉ・・・」
「凛子さんの怒った顔も不機嫌な時の顔も好きだよ 笑顔はもっと好き」
「何言ってるのよ・・・」
「こっち向いて」
「うん・・・」
「あ、可愛い」
「ふふっ 変なこと言わないでよ」
「変じゃないだろ」
「もう五十半ばのオバサンよ からかわれてるみたいで面白くないわ」
 (ウソつき 本当は父さんからの褒め言葉を待ってるんでしょ・・・)
「あれ?僕より年上だった?年下だと思ってた」
「もぉ・・・ バカなこと言って・・・」
「ははっ でも、そんな気になっちゃうよ 年末は凛子さんの事ばっかり聞かれて」
「私の事?」
「うん、忘年会の時に迎えに来てくれただろ 若い連中は凛子さんの事知らないから次の日から「若くて綺麗な奥さんですね」って」
「え?そんな事言われてたの?」
「うん、だから僕が30の時に新入社員の凛子さんに手を出したって事にしてる」
 (え?母さんって父さんと同じ会社に勤めてたの?初耳だわ・・・)
「ふふっ バカね、早く本当のことを教えてあげなさい」
「えーっ 伊藤とかとも口裏合わせて楽しんでるんだけど・・・」
 (ほんと、バカね 父さんの会社ってどんな会社なのよ・・・)
「そんなウソ続かないわよ」
「ははっ 本当の事を知った時のあいつらの顔が楽しみだな 凛子さんが僕とか村上の上司だったなんて」
 (ええっ!?母さんって父さんの上司だったの!? そうよね・・・母さんって父さんより年上だものね・・・)
「ふふっ みんな手の掛る部下だったわね」
「凛子さん」
「なあに?」
「僕が一番好きな凛子さんの表情を見せて」
「え?どんな顔すればいいの?」
「キスを待つ顔」
「うん」

今夜も母さんが負けた・・・

そして二人の声の様子が変わってくる
「凛子さん」「宗太くん」と呼び合っていた二人はいつしか「凛子」「宗太さん」と呼び合うようになり
そっと寝室のドアを開けた時、指が二本入る程の隙間から片目に飛び込んできた光景は
うつ伏せに寝かされた母さんのお尻の上で、ゆっくり腰を動かす父さんの姿だった
「どうだ、凛子 年明け一発目のアナルセックスだぞ 気持ちいいか?」
「はあぁ いい いいわぁ」
 (アナル・・・ お尻の穴でセックスなんて・・・ 汚い・・・)
「いいのか?じゃぁ、何点だ?」
「ろく・・・ 60点・・・」
「これならどうだ!」
「はあぁん!70点!70点よ!」
「今から本気出すぞ!」
「あッ!あッ!ダメッ!変になっちゃうっ いやぁ!」
「凛子! 愛してるよ!」
「宗太さん!! 100点!満点よ! 満点ッ!イクーッ!」
 (点数をつける意味が分からないんだけど・・・ やっぱりバカ夫婦ね・・・)

そして二人は事が終わるとお互い強く抱き合って愛の言葉を交わす
汚いセックス、酷いセックスを見せられ、私までも汚された気分にされても
その瞬間だけは少しホッとできる

 (二人が愛し合っている事は伝わってくるけど そこに至るまでの行為が問題なのよ!)


[51] Re: 色は思案の外  ふぐり太 :2018/01/03 (水) 20:04 ID:8FCmsCoE No.25453
明けましておめでとうございます

新作と書いてあったので全く新しい作品のつもりで読みましたが
見覚えがある名前が出てきましたねw
宗太くんと凛子さんは変わらず仲の良い夫婦のようですが
娘から見れば「バカ夫婦」ですねw
どのように展開していくのか楽しみにしてます

[52] Re: 色は思案の外  abu :2018/01/04 (木) 13:56 ID:brSXk0Pg No.25456
明けましておめでとうございます。
私も最初は、『ん??』てなっちゃいました。
で、読んでいくうちに『おぉ』となり、それからは『最後のティッシュさんワールド』へ突入しましたよ。
夫婦ふたりの掛け合いの台詞や登場人物の心の叫びが絶妙で、読んでいる目の速度が終盤には最高速を記録する始末でした。
面白い台詞は読み直ししますしね。
ほんと、私のツボに嵌りまくってます。
やっぱり、宗太くんと凛子さんの話の続編を希望してやみません。
新年を迎えお忙しいとは思いますが、また新作が投稿されることを期待してよろしくお願い申し上げます。



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