挿入捜査官・夏海
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カカオカ
2020/01/16 (木) 21:58
No.27379

 今回の潜入捜査に不満は無い。……しかし疑問が残っている。

 日夜、交通整理と地元の治安維持に明け暮れる海原 夏海(うみはら・なつみ)は、45歳になる人妻婦警である。
 そんな一介の婦人警官であるはずの自分がいつもの任務とは毛色の違う『潜入捜査』へ配属されることに、僅かながらも夏海は戸惑いを感じずにはいられなかった。

 しかしながらそこは、人一倍強い責任感と正義感とがすぐにこの任務への後ろ押しをした。これもまた平和活動への一歩であるのだと割り切ると、途端に夏海はこの任務への情熱を滾らせるのであった。
 と、ここまでは良かった。

 問題はその捜査における『役割』である。

『君の役割は、この捜査界隈では知らぬ者はいない『淫乱痴女』だ。そのように振舞ってくれたまえ』
「は……はい?」

 今回の任務にあたり、担当である上司から告げられた役割がそれであった。

『淫乱痴女』――事の始まりは、その本物の彼女が逮捕されたことに端を発している。

 もとは単なる公然わいせつ罪による補導ではあったのだが、その後にかの界隈がとある組織の潜伏先である可能性が浮上した。
 港にほどなく近いそこには週替わりで長距離航海のタンカーや客船等が着船しており、それに紛れては組織の人間が身分偽装の密入国を繰り返しているということが分かったのだ。

 その報告を受けて公安部も一計を案じる――それこそが、かの『潜入捜査』であった。

 件の捕らえた痴女を夏海が偽装することで、そこでの情報収集と組織への探りを入れるというものであった。
 幸いにも例の痴女の住処はほぼ港の敷地内といった立地ゆえ、近隣に彼女以外の住人は居なかった――すなわちは昨日今日で夏海が彼女と入れ替わっても、誰もその異変に気付かないのだ。

 そして何よりその痴女と年齢や、さらには目鼻立ちが良く似通っていたことから、今回の捜査において夏海に白羽の矢が立ったという訳である。
 
『無理に捜査へ深入りする必要はない。あくまで向こうから接触してきた者とのみ情報収集を行うようにしてくれ』

 そう言って捜査の説明を終わらせようとする上司に、夏海は当惑するように口ごもってはおずおずと質問の手を上げる。

「あの……向こうからの接触ということは、その……性的な行為に及ぶということでしょうか?」

 当然の疑問であった。
 もし上司の言う『淫乱痴女』の設定が正しいとするならば、そんな彼女に接触してくる者の目的は一つしかないからだ。
 そんな夏海からの質問に、上司もまた小さくため息をついた。

『……『淫乱痴女』という設定だ』

 そしてミッションの説明と同じ答えを繰り返す。

『……君がこの捜査に参加していること、そしてそこで起こったことに関する一切の情報は外部に漏らさないと約束しよう。同時に避妊や性病対策といったケアも充実させる』

 以上だ――そう上司は締めくくった。