色は思案の外
15 Re: 色は思案の外
最後のティッシュ
2017/08/29 (火) 07:43
No.24925
少々肌寒さを感じるけど空は晴れ渡っている気持ちのいい午後
「日曜は秋の天皇賞ね」
凛子さんが僕に何かを思い出させようとしているかのように語りかけてきた
「そうだね、初めてのデートは天皇賞の日だったよね」
「普通のデートプランは考えてなかったの?」
「別れ際だったから焦って思い付かなかったんだよ それに競馬場に着くまでは付き合ってなかったからね、当たり障りのない所だろ?」
「ふふっ そうね」
普段はしないような会話が、普段の生活から離れた気分を高めてくれる
今日はまだ金曜日 しかし、ここは会社でも客先でもなく
僕らは温泉地に程近い駅で旅館の送迎バスを待っている
恋人だった時を含めても凛子さんとは初めての旅行だ
僕が楽しみにしているのは温泉もだけど、やっぱり凛子さんの浴衣姿が一番の楽しみだね
もう既に僕の心は凛子さんのことを惚れ直す準備はできている

 そんな気分が上がりっぱなしの旅行だというのに
 何故この二人が・・・

一応は僕らに気を使っているのか、少し離れた所で恵美さんと加奈さんも送迎のバスを待っている
恵美さんは安達さんの奥さんで、加奈さんは吉崎さんの奥さんだが
どうやら僕らの温泉旅行が、彼女達の骨休めのダシに使われてしまったようだ
当然、現地では彼女達とは別行動なんだけど

 僕らにとっては新婚旅行なのに・・・
 家を出てから帰るまでが旅行だろ、なんで家を出た瞬間から四人旅になるんだよ
 仲が良いのは結構だけど、程々にしてほしいよ

それでも送迎バスに揺られながら僕の気分は高まり、心なしか隣の凛子さんの声も弾んでいる
しかし、一番気分を高めているのは加奈さんのようだ
「凛ちゃん」「恵美ちゃん」と何かと同調を求めながら、年甲斐もなく子供の様にはしゃいでいる

 吉崎さんは鬼嫁だなんて言ってるけど、なかなか可愛い奥さんじゃないか

そんな加奈さんの隣で微笑んでいる恵美さんは、目尻が垂れ気味の顔立ちも手伝っておっとりした印象を受ける
これは初めて会った時から今まで変わっていない

 凛子さんと加奈さんの二人と一緒にいる時の恵美さんは、まるで肉食獣に囲まれた草食動物みたいだね
 こんなこと口が裂けても言えないけど・・・

バスが旅館に到着すると僕ら四人のテンションは更に上がった
重厚で如何にも温泉旅館だという佇まいの玄関
もう、僕の頭の中にはこの玄関の奥にある温泉と浴衣姿の凛子さんしか映っていない
「もう温泉に入れるんだって 凛ちゃんも一緒に入る?」
 (おいおい・・・)
「宗太さんに悪いわよ、夫婦の旅行なんだから」
 (恵美さん、いつもありがとうございます)
「そんなに気を使わなくてもいいわよ 私も入りたいわ、一緒に入りましょ」
 (凛子さん・・・ 気を使ってもらいましょうよ・・・)
この温泉が看板にしている美肌という効能が彼女達をそうさせるのか
部屋に案内される前に僕は添乗員的な立場にされてしまった
まぁ、それは仕方がない
凛子さんと加奈さんが同い年で、その一つ下が恵美さん
僕が一番年下なんだけど、この歳の二歳や三歳差なんて在って無いに等しいはずだが
どうも僕の事は軽く見られているようだ
これが、この一年で出来てしまった僕らの関係だ
「ごめんなさいね、折角の夫婦の旅行なのに」
僕に気を使ってくれる恵美さんの言葉が心に染みる
「いえ、いいですよ 三人で美肌に磨きをかけちゃってください」
「うふふっ じゃぁ、お言葉に甘えて」
恵美さんは近所でも評判の癒しの笑顔を向けてくれた
これでいい 元々は凛子さんに家事の休日を作ってもらおうと思って計画した旅行だからね

前を歩く三人の後姿は凛子さんが頭一つ分ぐらい背が高く、見様によっては良い歳の娘と並んで歩いているようにも見える
凛子さんは33歳になった この旅行の間に凛子さんとこれからの事について話し合おうと考えているけど
僕の気持ちとしては、妊活とかじゃなくて普段の夫婦の営みの中で子を授かる事ができればと思っている
凛子さんはどう考えているんだろう

仲居さんが部屋から出て行くと、ようやく二人の時間ができた
「広いお部屋ね」
「そうだね」
「あまり散らかさないでよ 仲居さんが食事の用意やお布団を敷きにくるんだから」
「うん・・・」
僕の気分が浮かれてきた時に気を引き締めてくれる凛子さんの言葉はいつものことで
ご近所さんから「一年目でも十年目の貫録」と言われる所以だ
僕が会社に入った時からの関係だから当たらずとも遠からずなんだけどね
「宗太くんはどうするの?」
「僕も温泉に浸かってこようかな」
「メイク落としてくるから待ってて」
「うん」
いよいよだ 僕の理想は浴衣の下はノーブラだが予想はスポーツブラ的な物だ、これは間違いないだろう
ノーブラ浴衣は夕食の後でいい、凛子さんはナイトブラを用意していると思われるが
僕は強い意志をもってブラ着用を拒否する構えだ

すっぴんになった凛子さんが戻ってきた、普段から薄化粧なので大変わりしないけど
そんな見慣れた凛子さんのすっぴんも、この時だけは密かに僕のテンションを上げた
「おまたせ、行きましょ」
「行くって何所に?」
「何言ってるの、浴場に決まってるじゃない」
「え?浴衣は?」
「夕食まで時間があるから出かけるでしょ?」
「うん・・・ そうだけど・・・」
 (確かに外は肌寒いけど旅館の中ぐらいは・・・)
「そんなに私が浴衣を着たところを見たいの?」
「うん 三日前から言ってただろ」
「先週から言われてたわよ」
「まぁ、それぐらい見たいということで・・・」
「夜になれば嫌でも見れるわよ」
微笑みながらそう言われると夜まで我慢するのも一つの楽しみだと思える
 (まったく・・・ 僕を焦らすのが上手過ぎますよ)

大浴場に向かう前に恵美さんと加奈さんに声を掛けると二人は浴衣に着替えていた
今日はもう出かけるつもりは無いということで、二人は観光というよりも完全に休養目的の旅行のようだが
普段とは違う二人の浴衣姿は新鮮で、手に待ったタオルにこの後の入浴を連想させられると
すっぴんになった顔が中々にエロい

 凛子さん 二人を見てください、これが温泉宿の醍醐味ですよ

「凛ちゃんの浴衣姿楽しみにしてたのに残念」
 (そうですよね、僕も楽しみにしてましたよ やっぱり女性の加奈さんから見てもそう思いますか)
「楽しみにするほどの物じゃないわよ 大体の想像はできるでしょ?」
「そうね、凛子さんなら浴衣の柄も引き立ちそう」
 (おお、さすが恵美さん 攻め方が加奈さんとは一味違う)
「浴衣の柄?」
「背の高い人が着ると大きな柄のデザインでも映えるのよ」
「そうなの?」
「ええ、私が着ても只の模様になっちゃうけど、凛子さんなら大きな柄でも着こなせそうね 羨ましいわ」
「決まりね、来年の夏は凛ちゃんも浴衣買って一緒に花火観に行こうね」
「大丈夫かしら 浴衣で花火を観るなんて中学以来よ」
 (何で来年の夏の話になってるんだ・・・ するなら今の話しだろ・・・)

次の旅行は温泉が無い観光地にしよう。と反省しながら男湯の暖簾をくぐったけど
三人は話に夢中になっているのか僕の事を気に掛ける様子は無かった

 これでいい、今回の事は良い勉強になった・・・

浴場に足を踏み入れると二人の年配の方が目に入った
とりあえず体を洗って温泉の湯に浸かると思いの外気持ちがいい
効能の美肌になんて興味はないけど、いつ振りかの大きな風呂に思いっきり脚を伸ばして浸かる解放感
今日のところは奥様方の旅行に付き添ってきたと考えれば、付いてきた二人の事は気にする程の事じゃない
それに、明日は家族風呂を予約してあるからね 今日はこれでいい

 う〜ん、気持ちがいいいね 実は温泉って初めてなんだよね
 そうだ、ビジネスホテルの大浴場に入った時がこんな感じだったな

体に溜まっていた疲れがお湯に染み出していくような感覚は、気を抜けば長湯になってしまいそうなほど気持ちがいい
この後は湯上りの火照った身体を冷ましてから、温泉街を凛子さんと散策するといった感じになるのかな

 そうだ! タイミングが合えば湯上り姿の加奈さんと恵美さんを見る事ができる
 これは浮気心じゃない 純粋な男心だ

先ずは普段の凛子さんの入浴時間を思い出す
 (そこに女三人の長話をプラスすれば・・・ まだ少し早いか・・・)
しかし直ぐに気付いた、どうやら僕は無駄な計算をしていたようだ
答えは簡単、先に上がって待てばいい
新たな目的ができれば温泉に未練はない
さっそく脱衣所に向かったが、けっこうな時間温泉に浸かっていた気がする 
何かの間違いで彼女達が先に上がって部屋に戻ってなければいいのだが

暖簾を潜り廊下に出たけど誰もいない、少し先には女湯の暖簾が見える
 (まさか、もう先に上がっていて部屋に戻ってるって事はないだろうな・・・)
期待が大きいほど不安も膨らんでくる
喉の渇きを覚えた僕は、とりあえず「自販機コーナー」と案内の札が出ている方に向かった
大浴場に接した廊下のちょっと入り組んだところに向かうが
これだけの事でも、僕が飲み物を買っている間に三人とすれ違いになってしまうんじゃないかと心配になる
手には小銭入れを握っている 買う飲み物はお茶と決めている
さっさとお茶を買って早く男湯の前に戻りたい
しかし、早足になっていた僕は角を曲がって足を止めた
目に映った光景は自販機の前で抱き合っている浴衣を着たカップルだ
 (おいおい・・・ 公共の場でキスなんかしちゃって羨ましいな、部屋に戻ってからやれよ・・・)

羨ましいが迷惑だと感じたのは僅かな間だった
僕の先入観から抱き合ってキスをしているは男女だと思っていたが、抱き合う二人の姿には何か違和感がある
そして、違和感の次にきたのが何とも言えない迷走する思考だ
 (もしかして・・・ 恵美さんと加奈さん? いや・・・ そんな事はないだろ・・・)
ゆっくり後退りして男湯の前に戻った時には、喉の渇きなんて小さな事は忘れていた

「待っててくれたの?」
「うん」
目の前には、いかにも湯上りといった感じの凛子さんの姿があるが他の二人はいない
「あの・・・ 恵美さんと加奈さんは?」
「先に上がったけど会わなかったの?」
「うん・・・」
 (もしかすると見てしまったかもしれないんです・・・)
そのとき加奈さんの声が耳に入ってきた
「凛ちゃん、あっちに冷たい飲み物売ってるよ」
例の方向に目を向けると加奈さんと並んで恵美さんも歩いてくる
「そうね、冷たいもの欲しいわね 宗太くんお財布持ってる?」
「うん、何か買ってから部屋に戻ろうか」
 (僕はずっと前から冷たいお茶を飲みたいと思ってたんですよ・・・)
湯上り姿を見ようと思ってたけど、抱き合ってキスしてる姿を見てしまった

 仲が良いとは思っていたけど、好い仲だったなんて・・・

混乱しかけていた頭が落ち着くと、妙な興奮を覚えてしまった
レズなんて僕にとっては動画の世界の話しだったし、それが顔見知りのご近所さん同士だなんて
「どうしたの?」
「え?」
部屋に戻っても見てしまった二人の事でイッパイになっていた頭の中に凛子さんの声が入ってきた
「ずっとボーっとしてるわね のぼせたの?」
「あ、いや 別に」
 (あんなもの見てしまったら、今頃二人は何してるのか気になって・・・)
「そう・・・ やっぱり浴衣に着替えた方が良かったの?」
「ん? それは後でも」
「でも・・・」
「ん?」
 (あ、この感じ もしかしてネガティブな方にいっちゃってる?)
「恵美さんと加奈さん、浴衣似合ってたわね」
「うん」
「ずっと二人の事気にしてたでしょ・・・」
「あ・・・ いや」
 (たぶん誤解です たぶん凛子さんが思っているような事じゃないんです)

次に来ると思われる凛子さんの言葉が怖い
でも、僕を悩ませている原因を話してしまっていいのか分からない
たぶん話さない方がいいと思う
凛子さんとは仲の良いご近所さんで、彼女達のおかげで他の方との付き合いも広がり二人には感謝している
そんな彼女達の秘密を話すという事は気が咎めるが
しかし、僕らは夫婦だ 凛子さんは、これからも同じ方向を向いて一緒に歩いていく伴侶だ

「その二人の事なんだけど、落ち着いて聞いてほしい」
「ええ・・・」
「見たんだ」
「見た?何を?」
「うん・・・ なんか抱き合ってキスしてた・・・」
少し間があった 凛子さんは僕の事を口の軽い男だと思ったんじゃないのかと変な心配をしたが
「ふふっ」
 (え?笑った?)
「あの・・・」
「もしかして、ずっとその事を考えてたの?」
「うん、そうだけど・・・」
「ふふっ」
「いや、笑うような事じゃ・・・」
「知ってたわよ、あの二人の事は」
「ええっ!」
「何となくね 宗太くんみたいに見たわけじゃないけど」
「いつから?」
「いつからというのは無いけど、なんとなくよ」
「そうだったんだ・・・」
「ふ〜ん、宗太くんは見ちゃったんだ」
「うん・・・」
「誰にも言っちゃダメよ」
「うん、こんなこと誰にも話せないよ」

夕食まで時間があり僕らは温泉街の散策に出たけど、旅館から出かける様子が無かった二人は何をしていたのだろう
僕が見た濃厚なキスの様子から、二人は百合と呼ばれるソフトな関係ではなさそうだ
レズビアンと呼ばれる肉体の関係を持っていると思われる
一度想像してしまったご近所の奥さん同士が裸で抱き合う姿が邪魔をして、目に映っているはずの街並みが頭に入ってこなかったけど
それは旅館に戻り、凛子さんの浴衣姿を目に入れるまでの間だけだった