空白の日々に
94
Re: 空白の日々に
小田
2026/08/02 (日) 11:26
No.210949
車の傍に立っていること自体、不自然極まりないとの思いから、その歩道を檻に入れられた動物
のように、その車を中心に、前後に停車している車の中間地点と思えるところまで、ゆっくりと
歩いては引き返すことを何度か繰り返しながら、思い出に浸っていたのです。
何分経ったのか特に気にもならなかったのですが、10分近くも”檻”に居る訳にもいきません。
誰かに観られていたとしたら、不審者と断定されてもおかしくないかもしれません。
「小田様!」
少し大きな声が背中に突き刺さります。
意識していると尚更大きく聞こえるものです。
折り返し途中で戻るには何かが足りない様に思えて、立ち止まって振り返るのですが、一歩も
歩きたくありません。
車の傍でこちらを見ている二人が、感情が見られない無機質で冷ややかな人間のように感じられ
ます。性行為以外では何ら繋がりのない二人の関係性を、如実に表していると言えそうです。
ここまで待たせた理由と謝罪がなければ、この後の展開に付き合うことはないと抵抗したくなり
ます。ところが、ここまで足を踏み入れたのですから、問答無用と突っぱねられたら返す言葉に
苦慮しそうです。
動かない私に不信感を抱いたのか、迎えに行くように彼女の背中を押したように見えます。
駆け寄って来て、
「ごめんなさい。待たせ過ぎて・・・怒ってるの?」
「本音で話せるのか?」
「ごめんなさい・・・今は無理かな?菊ちゃんには聞こえないけど・・・ほんとにごめんなさい」
「もう終わりにしないか?」
「えっ?・・・まだ日にちがあるでしょ?」
「それもそうだが、付き合う意味が見い出せないからね」
「分るの、分かるから、それ迄は・・・今夜はイレギュラーだけど、私はホントに嬉しいの。
これは本音よ、あなたに私の日常を観て欲しいし、知ってもらえる絶好の機会だもの。
もしね、上手くいけば、これからも立ち会ってもらえると思うの」
「越智が了承すると思えないが」
「反対よ、喜んで招待すると思うわ。今夜の事も驚いていたけど、”全て見てもらえ”、なのよ。
分るでしょ?」
「そうだね・・・彼の自信の程は、いずみを飼いならしていると自負してるからだろ?」
「うん・・・それに嘘はないわ。あなたに話すことじゃないけど、今はご主人様が私の生き甲斐
なの。でも、今は・・・今は、なの。未来は今じゃないかもしれないわ。これ以上話させないで
欲しいの。今なの、今が私なの。今は明日も未来も見えないから今なの。今の私を分かって
欲しいの」
「今か・・・分ったよ。今からを聞こうか?」
「うん・・・ありがとうございます、うふっ・・・」
先程と同じように、私の左腕に両手を巻き付けて、
「・・・キスしなくてごめんね?お化粧も少し濃いでしょ?夜だからなの」
「難しくないだろ?」
「口紅?・・・そうなんだけど、菊ちゃんともしていないのよ。今から会うお客様を大事にしない
といけないの。お化粧が崩れていたらイヤでしょ?会ってからなら、いいんだけど・・・」
「まぁ、そうなら・・・それにしても・・・」
歩きながら話していたのですから、直ぐに菊本さんの前まで戻って来ます。
彼の顔を見て、
「・・・濡れていないオメコって嫌われるでしょ?菊ちゃんがユビマンを・・・それとね、
打合せを・・・そうでしょ?」
「そうだな、行くか?」