絆のあとさき 4
101 Re: 絆のあとさき 4
小田
2024/04/29 (月) 11:56
No.191507



9月三週目の月曜日、タクマさんとの約束の日になります。

その日は、馴染みの製作会社と打ち合わせの予定が、既に決まっていたのです。
それを利用して、タクマさんと約束したのですが、その後、石黒さんとも会う予定ですから、
私なりにはかなりハードな時間を過ごすことになりそうです。

ホテルには午後6時過ぎに着きます。
制作会社の社長がホテルまで送ってくれたのです。

「会長がいずみさんを見かけたと言ってるんですけど、こちらに来ているのですか?」
「いつのことかな?」
「一ヶ月くらい前でしたか、濃紺のスーツ姿だったので、人違いかと思ったそうです。
小田さんが泊るホテルのロビーで、何でも男性と女性、いずみさんと三人で立ち話してるよう
だったとか」

その男性と女性は、楊社長と石黒さんだろうと推測できるのですが、確かなことは分かりません。

「内緒なんだが、まぁ、何時か分かるだろうから話そうか?」
「えぇ、是非。キャリアウーマンそのものだと言ってましたよ」
「羽田の会社から派遣されてね、あるIT関係の会社のプロジェクトに参加してるんだよ。
今年末までの予定でね」
「そうですか、大変ですね?」
「はははっ、いずみ?僕?どっちだい?」
「あっ?いずみさんだと。小田さんも大変ですね?」
「付け足しかい?あれだよ、週末は帰って来るからね。行きっぱなしじゃないよ」
「そうですか、それにしても大変じゃないですか?」
「はははっ、もう少しの辛抱だね。まぁ、辛抱強いのはいずみだろうね?」
「慣れない環境なら尚更ですね?」
「姿を見かけたら声を掛けてもいいからね?」
「えぇ、その時は躊躇せずに。小田さんのお墨付きをもらったから勇気百倍ですね」

今までも何度か、会長が見掛けたと言う情報を曖昧に否定していたのですが、現状なら何も隠す
ことはありません。
正面切って対処できるのですから、有難いものです。


予想に反して、フロントでの待ち時間も殆どありません。
チェックインを済ませ、部屋で少し時間を潰してから、約束の10分前にロビーに着く様に部屋を
出ます。
広いロビーですし、多くの宿泊客等が行き交うのですから、目を凝らしていないとタクマさんを
見逃すかもしれないと思いながら、エレベーターに乗ります。
10分前を茶化しながら、いずみが”セオリーね?”と笑顔で駆け寄って来る姿が目に浮かびます。

いずみは出張と理解していますから、タクマさんと会うことは話していません。
彼が内緒だと言っていたのですから、それに合わすことにしたのです。
いずみに話せば、不確かな疑問で悩ますことにもなり兼ねません。
何も見えない事象程、心を揺さぶられるものはないと思うのですが、当然いずみも心穏やかとは
言えないでしょうから、妥当な判断だと思えるのです。

彼とは2時間もあれば十分だろうと判断して、石黒さんには9時過ぎに連絡するつもりです。
石黒さんと会うことは、いずみも知っていますし、遅い時間になる事も承知しています。


エレベーターホールに出たところで、タクマさんが待っています。

「驚いたよ。ロビーで待ち合わせだろ?」
「玄関を入って行く戸田さんを見かけたものですから」
「かなり早く来ていたのかい?」
「あっ?それが・・・ここのレストランですね?」

口籠る理由は、食事しながら話すのだと理解します。