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過去ログ[14]

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[9874] (妻)洋子 裕次郎 投稿日:2008/11/06 (木) 21:16
 畳の水練の手紙を、私も洋子も交互に3度も繰り返し読んだ。
1度目はただ字面を目がたどっているだけ、2度目はようやく
文字を読み、文章の意味がわかった。3度目にやっと文意が心
にも映ってきた。

”あなた、申し込んだのは私達、ご返事をいただいたのだから”
”もう、後ろには戻れない”
 洋子が心配したのは私の性格らしい。頼りになるのはこの場
合、夫しかいない。その夫が、頭を下げられても世辞を言った
りするのが、苦手なことを洋子も知っている。

”あなた、ちゃんと人前でもの言えるの”
”知るもんか” 
 邪険に答えたが、自然笑みがこぼれる。すかさず洋子が
”あなた何を考えているの。口元が緩んでいる。礼子さんのこと
を考えているのでしょ。、ほらまた緩んだ”
 からかうように言う洋子に、ビールを出させ祝杯を上げた。1
口呑むごとに選ばれた喜びが、じわじわと込み上げて来る。

 打ち合わせはその日の内に電話をした。ご主人が出られた。番
号非通知で掛けたにもかかわらず、明るい声が返ってきた。

”ご返事いただいた福田です。今お話してもよろしいでしょうか”
 と断ってからいろいろ尋ねた。大田黒さんは笑いながら
”お世話をするのは、経験者である私達夫婦です。福田さんは安
心してお任せください。ところで奥様の生理はいつですか”
”もうまもなくですので、1週間後なら大丈夫です”
”そうですか。手配付き次第連絡します”
 と言って電話を切られた。この言葉が耳に残った。

 だがすぐに手紙で返事が届いた。今度も奥さんからだった。

(大切ことは間違いの無いよう、手紙で用件のみ記します。7月
1日、西新宿のセンタービル最上階にあるレストラン、ストーン、
Hで東京の景色を見ながら、食事を共にしましょう。その後は京
王ブラザーホテルに、主人がお部屋を2つ、予約を入れたと言っ
ています。奥様が初めてだからと、心配なさっておいでのようで
すが、心配なさらないで下さい。心配とは心を配ると書きます。
心を配ってお迎えするのが経験者の私達なのですから。主人はそ
の日を楽しみながら、ホテルの手配をしていましたので、安心し
てお出かけください。ただ心痛はなさらないで下さいね。心痛は
心を痛めることですから、益のないことです。当日は女ならでは
の、気をこまかく配ってお互い、ご主人をもてなしてあげましょ
うね。)

 読み終えた私の顔に、自然に微笑が込みあがってきた。私は大
いに勉強になった。文章の一行一行に意味があり、無駄がない。
それまで半信半疑だったものが、七信三疑ほどのものになった。

”やはりその道のベテランは、ひと味もふた味も違う。(道によ
って賢し)とはよく言ったものだ。と言いながら洋子に手紙を渡
した。

 7月1日に向かって、カウントダウンが始まったのです。

 言うやすし行うは難し、申し込んだその日から、夜も眠れず、
朝の暗いうちから自宅近くの川添を歩くのが、日課になってしま
いました。朝日に手を合わせ(もし神様が何かひとつ、夫婦交換
に対する考えなり、対処の仕方の素養を与えてくださるとしたら、
私はどんなプレッシャーがかかった時でも、平常心でいられる精
神力をお願いしたい)と祈った。
 
 職場では、ぼーッとして過ごす時間が多くなりました。ボーッ
とすると意識が自由になり、いろんなことが頭に浮かんできます。
ふと今、洋子は何を考えているだろうかと考えたり、夫婦交換相
手の奥さんの礼子さんは、今どうしていられるだろうかと思い込
んだり、こんな経過を通して始めて、夫婦交換の果実を味わうこ
とが出来るのだと思った。こんな心境になったのは初めてのこと
です。

 酒に弱い洋子も、酒がまだ身体の隅に残っているような、2日
酔いみたいな感覚だと言う。トイレにいったり、水を飲んだり、
テレビをチョッとつけて消してみたり、食事を作るのも忘れるほ
ど、まるで落ち着きと言うものがなくなってしまった。