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[45877]  Tear 投稿日:2009/09/18 (金) 06:17

『また暴走族か。。。。うるさいな。。。』

去年の暮れ、深夜1時を過ぎたころにバイクの排気音を響かせながら近くの国道を
走り回る若者共にうんざりして目を覚ました。

妻は会社の忘年会からまだ帰ってきてはいなかった。

暫く眠ろうと試みたが、バイクは近くを徘徊しているようで、その音にいらついて
なかなか寝付けそうになかった。

『あのバカ達(バイク)はどこを走ってるんだろ』

ベッドから起き上ってカーテンを少しめくってみると、大量の水滴が窓ガラスにこび
りついていた。
ロックを外してサッシを少しばかりずらすと、外からの寒気がスーッと入りこんできた。

私はサッシに手をかけたまま顔だけ外に出し、マンションの8階からバイクの音が
聞こえる方向へと目を向けた。
どの辺りを走っているかは分かっても、そのバイクは見つけられなかった。

まあ見つけてもどうこうする訳でもないので、外の冷たい空気に顔が冷やされる感覚
を心地よく感じながら、深夜の新鮮な冷たい空気を吸い込んで、もう一度寝るか、と
サッシを閉めようとしたその時だった。

自宅マンションへと続く路地を走ってくる車のライトに目がとまった。
妻がタクシーで帰ってきたのかなと思って目でその車を追いかけていると、自宅近く
の公園の横に止まって、ヘッドライトが消えた様子までは分かったが植え込みが邪魔
でそれ以上は見えなかった。

30秒ほどで植え込みの影から走り出したその車が公園の街灯で照らされた姿は、
タクシーではなく黒いハッチバックだったことがわかった。

そのすぐあとを追いかけるように白いコートを来た女性が、歩きながら車の背後に
小さく何度か手を振っていた。

公園の街灯はそれが誰であるかを教えてくれた。

その女性がマンションの玄関に向かって歩いている様子を見ながら、静かにサッシを
閉じた。

私はベッドに横たわって大きく息を吐きだした。

[Res: 45877] Re: 器 hiro 投稿日:2009/09/18 (金) 11:10
続きをまってます。

[Res: 45877] Re: 器 ぽち 投稿日:2009/09/18 (金) 11:18
期待しています。
完走までよろしく。

[Res: 45877] Re: 器 Mark 投稿日:2009/09/18 (金) 15:30
すばらしい文章力。続きを楽しみにしています。

[Res: 45877] Re: 器 maru 投稿日:2009/09/19 (土) 01:38
女性=奥さんですか?続きが楽しみですね。

[Res: 45877] 器2 Tear 投稿日:2009/09/19 (土) 06:16
天井を見つめながら考えていた。

以前から妻は会社の飲み会で帰宅が1時を過ぎるという事は稀にあった。
その時間に対して特に疑念は持っていなかったが、黒いハッチバックというのにひっかかった。
勿論、飲まなかった人がいて、車で送ってくれたということも考えられる。

しかし、マンション前ではなく、わざわざ少し離れた公園の人目につかないところで降りた。。。

普通に考えると、時間帯からしても女性を送ってきたのであればマンション前まで来るだろう。
しかも光のない植え込み横にではなく、数メートル先の公園の入り口近くにある街灯付近で、
足元の見えやすい場所に停車するものではないのか。
車が植え込みの所で止まったのは、マンションから影に見えないようにしたのかも。。。

だが、遅い時間帯に帰宅したこと自体を近所の人にわざわざ見られたくなくて、この位置を
選んだのかもしれない。
マンション前まで来るより、公園位置の方がこの車の進行方向に合っていたのかもしれない。
まだ車内に数人乗っていたということも考えられる。

車が停車しライトを消してから次に動き出すまでの30秒。。。
何か話していたのか。。。探し物でもあったのか。。。


頭の中で真偽が交錯していると、静かに玄関が開いてから、何やらもたもたしている妻の様子
がうかがえた。

私も寝たふりする必要もなかったので、すぐに寝室から出て妻を出迎えた。

白いコートを着たまま玄関先に座り込んでブーツを脱いでいた妻の背中越しに、
「飲み過ぎたんじゃないのか?」
と少し嫌味まじりに声をかけながら近づいた。

「あら、起きてたの、足が抜けなくて。」

少し笑った様子でチカラを込めてブーツを脱ぐと、妻はすっと立ち上がって私の横を素通り
してリビングに入り、コートを椅子にかけた。

私は妻の後からリビングに入ったが、妻の仕草からはそんなに酒に酔った感じはしなかった。

「お前、顔あまり赤くなってないのかな。ちょっとこっち向いてよ。」

両手を自分の首の後ろに回してネックレスを外しながら、少しうつむき加減に私の正面に顔を
向けた妻は、ちらっと私と視点をあわせただけで
「いい?お風呂に入りたいから」
と言い残してクローゼットに服を掛けに行き、風呂場の脱衣所に入ってしまった。

私は些細なことにも気がつく性分のため、普段から何かと妻は気を使っているだろう。
疲れているので早く休みたい気持ちもあるのだろうが、私が起きていたことが想定外であった
のなら、今ここで下手に会話をして矛盾が生じてしまうことを避けた意味の方が強かったのか
もしれない。

だがすでに、妻が正面を向いたほんのわずかの間に、私はすでに違和感を覚えていた。
きっと妻自身も私に顔を向けながら、はっとしたのではないかと思う。

私が目を向けた妻の唇には、口紅が付いていなかった。
食事をしてきたのだから当然かもしれない。

しかし、妻の口の周りは薄っすらと赤みを帯びていた。
特に上唇の周り。
妻の口紅が付着しているものに間違いはなかった。

それは食事だけではけっして起こることのない。。。

[Res: 45877] Re: 器 maru 投稿日:2009/09/19 (土) 17:00
いいですね…ドキドキします。
車が止まってからの三十秒…濃厚なお別れのキスですね…

[Res: 45877] Re: 器 クロスビー 投稿日:2009/09/19 (土) 17:12
何か相手は、1人でなく複数の男達のような気もします。だとするとご主人の驚愕の事実が!?ではないでしょうか。続き宜しくお願いします。

[Res: 45877] Re: 器 銭田 擦男 投稿日:2009/09/19 (土) 18:36
良いね! 早く続きを。

[Res: 45877] 器3 Tear 投稿日:2009/09/20 (日) 06:58

その日は「気にし過ぎかな」とも思いましたが、とりあえず妻が風呂から上がってくるのを
ベッドで待っているうちに、いつの間にか寝入ってしまいました。

私が次に目を覚ますとすでに翌朝でした。

昨夜のことを少し考えたのですが、朝になってしまうと気持ちが落ち着き、昨夜の現実感も
薄れてしまってました。

なんとなく『夜』が、このちょっとした出来事に勝手な事件性を含ませ、私の気持ちを昂ぶら
せたかの様な気さえしていました。

この日は私も妻も休みでしたから、私は妻を寝かせたままリビングのパソコンに向かって、
ゆっくりとニュースなんかの記事を読んでいました。

あとから起きてきた妻は、私が沸かしておいたコーヒーメーカーからポットを取って、自分専
用のマグカップにコーヒーを注ぐと、ひと口だけ口をつけてから言いました。

「おはよー 車取りに行きたいから(会社まで)乗せて行ってくれる?」

「うん いいよ タクシーで帰って来たの?」

不意に出た言葉でした。
車を置いてきたということに対して、何も考えず反射的に『タクシー』という言葉が飛び出し
ただけでした。

私は「あっ」と思って、パソコンから目を離して妻の方を向くと、妻は私の顔を一瞥してから、
「そうよ」
と答えたのです。

妻はそのままマグカップをテーブルに置いて、
「パン 焼くね」
と背中を向けてキッチンへと入って行きました。


妻の返事、妻の声が耳に残り、ツキンとした痛みが胸に走りました。
何事もなかったような朝でしたが、私の心に雲がかかりました。

簡単な朝食を済ませると、妻を乗せて妻の会社へと向かいました。
言葉少ない私に妻は
「何か機嫌悪い?」
と聞いてきましたが
「べつに」
というだけでした。

現場をはっきりと見たのなら、はっきりと妻に言えるのでしょう。
でも疑いだけでいったん聞いてしまうと、浮気をしているのならば、その行動はより慎重に、
証拠は跡形もなく、そして私だけでは手に負えなくなるかもしれません。

ハンドルを握って正面を向いたまま、妻に言いました。
「飲みごとでもあまり遅くなるなよ」

助手席の妻がちらっと私の方を向いたのが分かりました。
「・・・は〜い」


後先を考えると、この時の私から言える精一杯の言葉だったのです。

まだ結婚して2年。
私はようやく30代になり、妻はまだ20代後半。
そろそろ子供でも欲しいなと思っていた矢先での妻に対する不安。

妻の言動の矛盾がこの不安をかき消す事を許さなかった。

不意に出た『タクシー』という言葉。
あの時に聞かなければ、恐らくずっと聞くことはなかったはずだった。